137 幼女、庇護欲を刺激する
『そんな言われ方をしたら、我の立場がないの』
不服そうに言いながら、ユラが見せるのは苦笑だった。
『主殿に惚れ込んだのも我であるし、主殿の型破りも今に始まったことでないしの……それになんといっても、我が完璧な技の冴えで、主殿に危害を加えなければいいだけの話だからの』
ニヤリと笑うユラの表情には自信があふれている。
(ユラ……じゃあ、一緒にいてくれる?)
『上目遣いは卑怯である上に、目を潤ませるのは卑劣だと抗議しておくがの……実に効果的な武器の運用方法だと恐れ入る……さすが役者だの』
呆れたような、感心するような、愛おしそうな、様々な思いが混じった複雑な表情で、上目遣いでの様子伺いを実践している穂乃香にユラは抗議した。
(や、役者って、別に演じてないよ!)
ユラの指摘に思わず立ち上がりかけた穂乃香を、チャイルドシート経由のシートベルトが押し留める。
その音に、ゆかりが即応した。
「穂乃香お嬢様、大丈夫ですかって、涙!?」
そしてタイミングの悪いことに穂乃香の潤む涙に、ゆかりが過剰反応をし始める。
「え!? あ、え、これは!!」
ゆかりの暴走よりの反応に、穂乃香は慌てるが、横に浮くユラはおかしそうに笑っていた。
「や、やはり、あの事故の事ですか!? 穂乃香お嬢様の事ですから、周囲に心配を掛けまいと……」
あわあわと狼狽を見せるゆかりに、穂乃香は必死で掛ける言葉を模索する。
「いや、違うの、これは目が乾いただけなの!」
「そうなのですか?」
ゆかりは眉を寄せて穂乃香の返しを疑わしげに受け止めてから「島村!」と指示を出すため、老運転手の名を呼んだ。
だが、榊原家の使用人であれば、皆まで言われずとも先読みして動くのが当たり前であり、指示よりも先に動く。
「心得ております」
老運転手は、カーナビに手を伸ばすと、素早い手つきで操作を行い即座に目的地を定めた。
「よろしいですか?」
後部座席から設定先を確認したゆかりが「お願いします」と同意を示すや、島村はハンドルを強く握り直す。
「最速でお連れします」
島村とゆかりに何処へ行くのかと、穂乃香が問いかけるよりも早く、灯りの消えていた眼科の駐車場へと島村の運転する送迎車は滑り込んだ。
「大丈夫です、異常はありませんでした。本日は撮影をされていたようですし、おそらく目が乾燥したのが原因でしょう。保湿用の目薬を処方しておきますね」
時間外訪問にもかかわらず、榊原の名前を聞くなり穂乃香を診察してくれたのは、若い男性医師だった。
そもそものきっかけがいいわけだったこともあり、穂乃香としてはだいぶ居心地が悪いのだが、同席しているゆかりも島村もホッと胸を撫で下ろしている。
その様子にも、穂乃香は居たたまれなくなり、知らず謝罪の言葉を口にしていた。
「その……ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
ちょこんと足の届かない患者用の丸椅子に座り、頭を下げる穂乃香は、男性医師を含めたその場の大人三人に、庇護欲を掻き立てさせるには十分である。
気にしなくていいと、穂乃香様の無事が何よりと、そして、自分の事を置いておいて周りに気を配れる出来た子だと、三人が褒めちぎれば、いよいよ居心地は悪化の極致に到達してしまった。
「あぅ……」
言葉を失う穂乃香に対して、今度は、気にしないで、大丈夫と励まし攻勢を始める大人たちに、穂乃香は申し訳なさと居心地の悪さの中で眼科医院のひと時を味わうことを余儀なくされる。
結果、撮影以上の疲労を覚えながら、時間を理由にして穂乃香はどうにか自宅への撤収を全員に頷かせた。
『さすがの主殿も形無しだったの』
(もとはと言えば……)
『なんだの?』
随分と余裕を取り戻したユラは、クククと笑いながら穂乃香に問う。
問われた穂乃香は少し言葉に迷ってから(私のせいだから、受け入れます)と返した。
そんな返答に、どこか興味深そうに穂乃香の表情の変化をユラは見つめつつ呟く。
『……てっきり、我のせいだと言い出すかと思ったのだがの』
穂乃香は軽く息を吐きだしてから苦笑して見せた。
(ユラがきっかけと言ってもよかったけど、でもその根本は、ユラに頼りすぎて、私がユラの負担になるお願いをしたのがきっかけだからね)
『そういうところだの』
(ん?)
『そういう視野の広さ、そういう周りを気遣う心根、そういう平然と自分を悪いと言える芯の強さ、どれもが主殿の美徳であり、力になりたいと、護りたいと思わせてくれるのよ』
(え? あ、その……ありがとう)
俯きつつ顔を赤く染めた穂乃香に、ユラは目を丸くしたが、そのあと豪快に笑い始める。
(な、何よ、笑うことないじゃない!)
『いやな、自然とそんな素振りを見せれる主殿を、周りの人間がもてはやすわけよの。人でなくなって久しい我が、庇護欲を強く刺激されたわ』
(ちょ……)
ますます顔を赤らめる穂乃香に、ユラは至極真面目な顔を作ってから言い放った。
『主殿の自然と取っていた上目遣いを、役者だなどと揶揄して申し訳ありませなんだ。主殿は心の根から姿カタチに至るまで、まごうことなく愛らしく麗しい姫君でありますれば、自然とその所作も可愛らしく目を引くものとなるのは道理でありました。己の思慮の蒙昧さに恥ずかしさがこみ上げるばかりです』
淡々と、だが、はっきりとした言葉で紡がれたユラの謝罪に、穂乃香の羞恥が限界を突破した。
「やめてえええええええ!」
思わず声を上げてしまった穂乃香に、ゆかりと島村が過敏に反応を示す。
そして、穂乃香を心配する大人たちによる穂乃香への質疑応答が始まった。




