135 幼女、駆使する
「終わりかの?」
菊乃の……というよりは、ユラの魔法球を避けきったフローラは涼しい顔で問うた。
一方、魔力を振り絞った設定の菊乃は、両膝をついて肩が上下するほどの荒い息をして見せている。
「はぁ……う……はぁ……」
息を切らして、ぽろぽろと涙をこぼしながら、唇をかみしめる菊乃は声を発することができなかった。
「ふむ、やはり終わりの様だの」
ユラの口調を真似て演じられる精霊の姫が、容赦なく菊乃を指さす。
そこへ、彩花演じる沙百合が、魔女服姿で乱入してくるものの、状況はすでに動いた後だった。
ゆっくりと顔を上げるフローラが、ひどく感情の抜け落ちた無表情で「来るのが遅かったの」と言い放つ。
直後、あおいの「カット」がスタジオに響いた。
「なんか、複雑な気分だわ」
掌に乗る黄色の透明な球を弄びながら、クルミはそう呟いた。
カットの声と共に、あの披露した姿も涙もすっきり消してしまったクルミに、穂乃香は少なからず驚かされる。
一方で、自分が同様に、ユラを使った力業の演技で、皆を驚かせたことにはまるで気付いていなかった。
「クルミお姉ちゃん、その球になっちゃいますからね」
穂乃香演じるフローラに敗北したローザは赤、菊乃は黄色の球になるのは、実にわかりやすい演出である。
「私とお揃いですね~」
フラフラとセットに入ってきたアリサは、笑いながらクルミの肩に手を回した。
「はい、それじゃ『クルミ球』を置いて退場しましょ、撮影押しちゃいます」
はははと軽い笑いを添えて言い放つアリサに、クルミは「変な呼称つけないでよ」と苦情を返す。
「仲がいいのは素晴らしいですが、邪魔です」
邪魔を強調して言い放つ彩花に、アリサとクルミは同時に視線を向けてから声を揃えた。
「「邪魔言うな!!」」
そのユニゾンぶりに、穂乃香は思わず笑い声をあげ、彩花は「いいから、退去」と笑いながらセットの外を指さす。
「絶対邪魔にしたことを後悔させてやるからなーオボエテロー」
「彩花さん、酷いデーーース!」
ケラケラと笑いながら、彩花に乗ったクルミとアリサはそのままセットの外に移動した。
「き、菊乃さん?」
驚きの表情を浮かべる沙百合の視線の先には、黄色い球『クルミ球』が転がっていた。
「ま、まさか……」
視線の先に転がっていた球が『何か』を理解した沙百合は視線を赤い球に向ける。
「ローザさん?」
疑問が、じわじわと沙百合の中で確信へと変わった。
「みんなを……みんなを元に戻してください!」
沙百合は強い目でフローラを睨み付ける。
対して、フローラは静かだった。
「それはその者たち次第ゆえ、我には何も出来ぬの」
「貴女がやったことでしょう!」
「いかにも!」
感情のままに繰り出された拳を悠々と受け止めながら、フローラは薄く笑う。
その挑発するような態度に、普段は涼やかな沙百合が熱をもって拳を、魔力球を放った。
もちろん、撮影段階では素手の殺陣なので、魔力球は引き続きユラが担当している。
穂乃香は長年の経験に導かれるままに、回避を繰り返しながら、ふとタイミングよく魔力球を放っているユラを見ながら、段取りを覚えてるのかしらと、どこかとぼけたことを考えた。
『主殿の思考を読んで動いておるの!』
即座にもたらされたユラのネタ晴らしに、穂乃香は(なるほど)と胸中で頷く。
『主を攻撃する身にもなって欲しいのだがの!』
半ばやけくそ気味のユラに申し訳ないものを感じつつも、後日何か埋め合わせをしようと、穂乃香は心に決めた。
「くぅ……はぁ……」
床に両手をつき、菊乃の様に荒い息を繰り返す沙百合を見下ろしながら、フローラは「それで終わりかの?」と問うた。
そこへ新たな声が入り込んでくる。
「沙百合とフローラちゃん!?」
驚きが多分に含まれた声の主は、千穂演じる凛華であった。
「凛ちゃん!」
「大事なかったか、凛華?」
鋭い沙百合の声と実に穏やかなフローラの声が重なり合う。
が、その二つの声の落差に、その片方の主である沙百合は驚きの表情を浮かべた。
「わ、私は元気ですけど……もしかして、フローラさん、沙百合ちゃんと戦ってましたか?」
状況から現状を推測した凛華が、恐る恐るフローラに事実確認をすると、問われた当の本人は澄ました表情でこともなげに答えを返す。
「足るかどうかを試してはおったの」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべてフローラは沙百合を見た。
次いで凛華が釣られるように沙百合を見る。
二人から視線を向けられた沙百合はよろよろとだが立ち上がりフローラを睨んだ。
「試す? 菊乃さんやローザさんをあんな目に合わせて、何を試しているというのですか!」
フローラは強い剣幕で迫ってきた沙百合に静かに答える。
「魔力、体力、技量、胆力、精神性、およそ力を得るに相応しいか否かを……だの」
「え? 力を得る?」
驚きの表情でフローラを、次いで凛華を沙百合は見た。
その間に、フローラは静かに語りだす。
「それは『精霊球』と呼ばれ、取り込まれた対象の根幹に近い精霊の力を宿した試練の場、その内で耐え抜けば、凛華と同じように魔女から精霊の魔女へと羽化することが出来よう」
告げられた言葉に、己の誤解を知るが、だが、沙百合の疑心は晴れなかった。
今耳にした言葉それ自体が、惑わしの言葉でないかという疑念を込めて、強い視線がフローラに向けられる。
「やれやれ、疑り深いの……安心するがよい、そこな凛華も体験したのだぞ『精霊球』を」
苦笑というよりも微笑みに近い表情で、フローラは沙百合を見る目を柔らかく細めた。
すると、沙百合はその穏やかで慈愛に満ち追た表情に、驚きの顔を見せ、凛華は素っ頓狂な声を上げた。
「えええ!!! 私も『精霊球』を体験してたんですか!?」




