134 幼女、対策を立てる
「ごめんね、穂乃香ちゃん」
申し訳なさそうに手を合わせて平謝りをするのは、つい熱くなる余り段取りをすっかり忘れていたアリサだ。
穂乃香は必死に謝罪を繰り返すアリサに困り顔で答える。
「大丈夫ですから」
そう言われて顔を上げたアリサは「えっと、それで、できれば武闘家としてお手合わせをお願いできな……」と言いかけたところで、無様なほど間抜けに床に倒れ込んだ。
「うわぁ、アリサお姉ちゃん!」
驚く穂乃香は倒れたアリサを見た後で、それをなした姿を確認するために顔を上げる。
そこには、痛かったのであろう拳を振りながら「たくぅ~」と声を漏らすクルミがいた。
「アンタはどこぞの格ゲーキャラか!」
呆れ顔で言うクルミに、体を起こしたアリサが飛び起きるなり、その小柄な体を揺する。
「何言ってるの、クルミだって、見たでしょ!! 穂乃香ちゃんの身のこなし、あれはまさに天賦の才だよ、鍛えない方がダメだよ、宝の喪失だよ!!」
興奮のまま、訴えるアリサに、クルミはうんざりした顔で「うっさい、黙れ、撮影が進まない!」と容赦なく切り捨てた。
それから、クルミはくるりと首を回転させると、そろりそろりと歩み寄ろうとしていた武術師範を睨み付ける。
「師範も、勧誘は禁止、話が長くなるから!」
ピシャリと言い放ったクルミは、尚も揺さぶり続けるアリサを突き放して抜け出すと、あおいを見た。
「監督次のシーン。行きましょ」
「了解、悪いねクルミちゃん」
「才能を見て、興奮するのは理解できるから……」
あおいの感謝の言葉に手短にそう返すと、次のシーンに登場する予定のクルミはセットである教室の廊下にスタンバイする。
穂乃香は助監督の指示に従って、戦闘が終了した立ち位置に戻り、アリサのいた位置には拳大程の真っ赤で透明な球体が置かれた。
そして、アリサと殺陣監修の師範は、他のスタッフに誘導されてセットの外に移動させられる。
こうして整った次のシーンの準備を確認したあおいは、クルミのハンドサインに気付き歩み寄った。
「ん? どうしたの、クルミちゃん」
「撮影が押すとか言った後にあれですけど、このシーンのカット4、撮り直ししてもらえませんか?」
声を抑えているクルミの表情はセットをじっと見ているため、あおいには見ることができない。
だが、どういう顔をしているかぐらいは察せられるほど付き合いは長かった。
「もちろん、かまわないよ、エース」
「今言われると、嫌味に聞こえるんですけど……」
「発破だよ」
軽口を交わし合ったあおいがクルミから離れる。
クルミの言うカット4は、穂乃香が到着する前に先取りした変身前のクルミが、ローザとフローラの戦いと、その敗北を目撃し、逃げ出す葛藤を抑え変身を決意するシーンだ。
穂乃香とアリサの殺陣は、OKテイクを出していたシーンの撮り直しの影響の大きさを熟知しているクルミに、それでもと思わせる程だったのだと思えば、あおいの顔は自分の手ごたえの確かさを証明されたようで、自然と笑みの形になる。
あおいはそんな感触を味わいながら、モニターの前に陣取り、助監督に撮影開始の指示を下した。
「第32話シーン14、カット6、本番、5.4……」
助監督の撮影開始の合図から数秒遅らせて、教室セットの中にクルミが駆け込んだ。
教室へ踏み込むなり、顔を青くしてクルミは後退る。
怯えているのがわかる演技を見せたところで、脚を止め、震わしながら精霊の姫である穂乃香を見た。
「新たな魔女……か……」
興味なさそうに言う穂乃香に対して、クルミは体をびくつかせながら、今にも泣きそうな顔で問う。
「ロ、ローズさんに、な、何をしたんですか!?」
声を震わせながら無理に出した大声はかすれているが、その分、クルミの演じる菊乃がなけなしの勇気を振り絞っているのが上手に表現されていた。
画面と実際の演技の両方に忙しなく視線を動かしながら、あおいは口元に笑みを浮かべる。
「試練を与えただけだの」
フローラの静かな言葉に、菊乃の戸惑いの色が深まった。
が、続く言葉に、菊乃の意思が定まる。
「……もっとも、無事終えるかは、保証できないがの」
直後、菊乃は泣きながら、それでも前へ、フローラに向かって駆け出した。
「わあああああああ」
叫びと共に菊乃はステッキを振るう。
シーンとしては、菊乃が魔法を乱発し、それをフローラが余裕で避けるシーンであるが、当然それは撮影後にCGで加工されて完成するのだ。
当然、撮影段階では魔法が飛び交うこともなく、穂乃香とクルミがあたかも魔法による攻撃と回避が行われているように振る舞うのである。
魔法を回避する側の穂乃香はここで壁に直面した。
何しろ、魔法を回避する演技などというものが自分にできる自信がまるでなかったのである。
ところが、根が真面目な穂乃香は、素直にできないというのではなく、どうすれば達成できるかと思考した。
結果、穂乃香演じるフローラは優雅に、しかし、衣装をはためかせ回避しているのだとわかる見事なステップを踏んで見せる。
思わず、演技中のクルミすらもスゴイと胸中で喝采を贈ってしまうほどの完成度には、穂乃香ならではの秘密があった。
穂乃香の出した結論は『演技』ができないなら『実際に回避』すればいいである。
『主殿、気を抜かぬようにの!』
クルミと重なるように浮遊するユラは、ステッキの動きに連動して、魔力の球を投げながら、困り顔で強く訴えた。




