131 幼女、密着する
『はううううう』
青が身を抱きしめながら身悶えると同時に猛烈な光が放たれた。
視界を奪われた穂乃香は予想外の事態に驚くが、更に穂乃香自身のセンサーが捉えた現象に驚きは一気に高まる。
穂乃香は目を腕で覆っているせいで目視では確認できないが、穂乃香の魔力センサーが感じ取ったのは、青がいた場所を中心に猛烈にあふれ出した魔力だった。
突然の事態に、とるべき行動の選択に迫られた穂乃香だったが、何事かを決めるより先に、その手に何かが優しく触れる。
そうして、柔らかくそして可愛らしい声が、穂乃香の耳に届いた。
『主様、大丈夫ですか?』
聞き覚えのない、だが、親しみの籠った声に、穂乃香は警戒しつつもゆっくりと腕を下ろす。
既に視界に溢れた光は消え去っていて、そこには黒髪の少女の姿があった。
いつのまにか現れ、ちょこんと穂乃香の目の前の便座に腰を下ろす少女は、みどりや奈菜、つまりは自分自身と変わらない年齢の少女に見える。
そして、身に纏う白い上衣に青い袴という格好に、穂乃香はそれが誰なのかを悟った。
「……青葉」
『はい、主様!』
嬉しそうに微笑む青葉は、とんと自らの胸に手のひらを置く。
『主様にお名前を戴いたおかげで、斯様に立派な精霊となることが出来ました』
頬を赤く染め、誇らしく笑う青葉の目には、はっきりとわかるほど尊敬の二文字が刻まれていた。
元来、榊原家の孫娘という立場ゆえに、敬いの目線や態度で接せられるのには慣れきっている穂乃香だが、自分自身の行動をきっかけに尊敬の念を向けられるのにはすこぶる弱い。
そして、目の前には瞳を輝かせて自分を見る元人形の少女がいれば、穂乃香が取り乱すのは実に自然の流れだった。
「や、やめて、そんなキラキラの尊敬するような目を私に向けるのはやめて!」
思わず顔を両掌で覆って、イヤイヤとかぶりを振る穂乃香の様子に、青葉は驚愕する。
『尊敬すべき主様を尊敬のまなざしで見てはいけないというのですか!』
「いうのです!!!」
耳まで真っ赤にして、穂乃香は反論してしまうが、それが新たなる混乱を呼び込んだ。
ガチャッとわかりやすいほど大きな音を立てて、トイレ入り口のドアが開かれる。
ついで、緊迫感に包まれたゆかりの声が響いた。
「どうかなさいましたか、穂乃香様!」
「うわあああ、だ、大丈夫、大丈夫だから、ゆかりさん、もう少し待ってて!」
ゆかりの登場に、個室の扉越しに、穂乃香は大丈夫だと必死に訴える。
言いながら反射的に個室の扉を両手で抑えた穂乃香だが、冷静に考えればゆかりはものともしないことに思い至った。
内心でどうしようかと穂乃香が思っていると、忠臣ゆかりは「わかりました。外で待機してますので、何かあればお知らせください」と想像以上に素直に引き下がってくれる。
が、そこで一段落にはならなかった。
扉を抑えたままの姿勢で、安堵のため息を零した穂乃香の左右から伸びてきた幼い手が、穂乃香と同じように個室のドアを抑えるべく添えられる。
次いで、穂乃香の右に伸びた手の主、白上衣に黄袴の少女が『蜜黄も抑えるのでし!』と可愛らしい声で宣言した。
穂乃香は驚きで目を丸くして、気付けば青葉のように大きくなっていた蜜黄を見る。
すると今度は左から『黒華らって頑張るのれすよ』と舌っ足らずな声で、黒い袴の少女が断言した。
「蜜黄に黒華」
急に増えた幼女サイズの存在に、穂乃香の脳裏に耳にしたばかりの青葉の声が蘇る。
『主様にお名前を戴いたおかげで、斯様に立派な精霊となることが出来ました』
思わず個室のドアを抑えていた手を額に当てると、蜜黄、黒華も穂乃香を真似た。
「あー、つまり、そういうことよね……」
いつのまにか増殖した少女で、急にすし詰めに近いほどの密着状態となったトイレの個室で、穂乃香は心の底からのため息を零す。
それを真似る蜜黄と黒華が実に可愛らしかったが、それをめでる余裕は穂乃香にはなかった。
「とりあえず、一安心だわ」
穂乃香は疲れた表情で、閉じたままの便座に腰を下ろしながら、疲れを示すように長い息を吐いた。
その膝の上には元の人形サイズに縮んだ青葉、蜜黄、黒華が何処か誇らしげな顔で立っている。
『早速、主様のお役に立てて嬉しいです』
『でしっ』
『れす!』
三者三様の語尾だが、三人は早速主の役に立てたと嬉しそうだった。
そんな三人を見ながら、穂乃香は微苦笑を浮かべてから、優しい口調で問いかける。
「ところで、三人は何を助けてほしかったの?」
穂乃香の問いかけに、元気よく蜜黄が答えた。
『もう助けて欲しくなくなったのでし!』
「へ?」
思わず目が点になる穂乃香に、黒華が追加情報だとばかりに声を上げる。
『精霊の姫しゃまが、黒華たちの主しゃまになったのれ、十分なのれす』
が、黒華の発言には、穂乃香の疑問を解決するほどの情報が込められていなかった。
ほぼ自動的に、穂乃香の目が一番会話が成立しそうで状況把握をしていそうな青葉へと向かう。
青葉はその目に、大きく頷いて見せると、真剣な表情で口を開いた。




