132 幼女、叱られる
穂乃香に求められ、青葉は姿勢を正して、状況の説明を始めた。
『先ほども申し上げましたが、我々はこの地に住まう精でした』
青葉の言葉に、穂乃香は頷いて、覚えていると伝える。
穂乃香の頷きに、青葉も頷きを返し手続きを口にした。
『当然住まう土地に何かがあれば、我々も影響を受けてしまうのです』
ふむふむと頷く穂乃香は、いよいよ核心かと、表情を引き締める。
『しかし、主様に名を戴き主様の眷属としていただいたので、我々はもう影響を受けないのです!』
が、終わった。
思わずずっこけなかった自分を褒めてあげたい気持ちになりながら、穂乃香は青葉達三人を見つめる。
そこへガチャリと再びトイレの扉が開かれた音を穂乃香は聞いた。
「大丈夫ですか、穂乃香様」
ゆかりの声が響いたことでタイムリミットを察した穂乃香は、用を足してはいないもののカモフラージュの為に水を流すと、声を張り上げる。
「大丈夫です、今でます!」
穂乃香の返事に、ゆかりは本当に申し訳なさそうに「急かしてしまったようで申し訳ありません」と返し、再びトイレの外へと出て行った。
穂乃香は膝の上の三人を肩の左右に分けて乗せると、便座から降りて個室の扉を開く。
「もう一回後でお話を聞くから、とりあえず今は待機ね」
穂乃香の言葉に、青葉が『了解いたしました』と即座に答えた。
次いで、蜜黄と黒華も同意する。
『了解でし!』
『なのれす!』
騒がしい肩の左右に苦笑しながらも、どこか楽しそうな気配を纏った穂乃香は個室を後にした。
『主殿!!!!』
いつになく怒気を纏った様子で、鼻と鼻が接しそうな至近に顔を寄せたのはユラだった。
(な、何、ユラちゃん)
『何というならば、こ奴等が何ではないかの?』
偉く不機嫌そうに、青葉、蜜黄、黒華と指さしていくユラに、穂乃香は苦笑するしかない。
その隙に記憶を確かめたのであろうユラが嘆いた。
『うかつに、名を与えた……』
普段の語尾が崩れるほどの狼狽ぶりに、自分がしでかしたことが、自分の想定よりもダメだったことに、穂乃香は俯く。
(うかつ……たしかに……)
ユラの言葉に、直前に助けを求めた理由を聞いたら、名付けで自分の眷属とやらにしてしまったせいで、まったく理由に到達しなかったのを思い出した。
弊害というか、問題が発生している以上、穂乃香に反論の余地はない。
(ユラの言う通り、確かにうかつだったわ……ごめんなさい)
殊勝な穂乃香の態度に、ユラは上機嫌で受け入れた。
『わかってくれればよいのじゃ!』
(……うん)
ユラのあまりの変わり様に、若干引っ掛かりを覚えながらも、穂乃香は自分が悪かったのだという思いで素直に受け入れた。
『それで、主殿、この者たちは、木気の精の様だの』
再度三人の様子を窺ったユラがそう結論付ける。
穂乃香はその発言の中にあった言葉に、興味深そうに反応した。
(木気?)
『主殿の分類とは違う考え方だが、この国には古くから五行という考え方があっての。この世の森羅万象の全ては木・火・土・金・水の五種の気に分類されるという考え方だの』
(五行! 見覚えがあるかも!)
ユラの解説に、穂乃香が一気に目を輝かせる。
そもそも研究肌の穂乃香にとって、ユラの解説は興味を引き付けるに十分な内容であった。
さらに、主に格段の興味を向けられたユラが、興が乗ったとばかりに張り切りだす。
『この五行は、人のような肉体に縛られない我らの様な存在にはより顕著に影響があるのだの』
(つまり、この子たちは木気……木の性質を持っているということね)
『うむ、もともとはどういった精だったかはわからぬがの。主殿が植物に由来する名前を付けたことで、木気を強く宿したというところだの』
ユラの言葉に頷くと同時に、穂乃香はその意味するところを深く理解した。
それを察したユラは頷きながら『さよう、主殿が考え至った通り、名付けとはそれほどの大事なのだの』と、先ほど自身が語気を強めた理由はそこにあると、言外に込める。
(名前を付けることが、それほどの一大事だとは思わなかったわ)
シュンと意気消沈してしまった穂乃香に、ユラは心配ないと伝えた。
『名付けとは最も簡潔な呪いだの。そして、呪いとは必ず代償が必要ゆえ、主殿にはその危険性を知っておいて、注意して欲しかったのだの』
ユラの言葉に、穂乃香は真剣な顔で頷く。
(心配してくれてありがとう、ユラ……いえ、ユラヒメノミコト)
真剣な心配の上に感情を発露してくれた従者に、感謝の気持ちを伝えたくて、穂乃香はあえてユラを真名で呼んだ。
『だ、だから、主殿、真名は呪と教えたばかりであろうに、なぜそうためらいもなく口にするのだの!?』
ユラの強めのお叱りに、穂乃香はいじいじと左右の人指し指を突き合わせて口を尖らせる。
(だって、感謝の言葉を伝えたかったし……)
『主殿、真名は急所のようなものゆえ、主殿が真名を口にしたのちに、滅べとでも言おうものなら、我は消滅してしまう程恐ろしいものなのだの』
(そ、それは……)
自分の行動の迂闊さに穂乃香は顔を青くした。
そんな穂乃香の様子に苦笑を浮かべたユラは、気恥しそうに『だから、ユラと呼んでくれればいいのだの』と視線を逸らす。
ユラの態度に優しさを見た穂乃香は心から感謝を言葉にした。
「ありがとうね、ユラ」




