129 幼女、衣装に着替える
『お疲れの様じゃの』
(ユラ、ありがとうね。おかえり)
ぐったりと控室のテーブルに突っ伏した穂乃香が、その体勢のまま戻ってきたユラにねぎらいの言葉を掛けた。
『ふむふむ、なんというか、慕われるというのも難儀なものよの』
「あはははは」
穂乃香の記憶をたどったであろうユラの感想に、穂乃香は乾いた笑いを零す。
対してユラは一拍間を置いてから、素直な思いを穂乃香に告げた。
『まあ、されど、皆に愛される方が主人となれば、私も鼻が高いがの』
脳内で穂乃香にそう告げたユラの表情が如何様だったかを知ることはできない。
だが、思わず穂乃香が赤面する程度には誇らしく笑っていたのだろうと思うと、嬉しいようなくすぐったいような感覚に襲われた。
(それで、どうだった?)
穂乃香の問いかけに、ユラは『ほぼ主殿の読み通りだの』と端的に答える。
(じゃあ、この建物にたまり込んでいる魔力が、何かに反応して、一時的に現象を起こしているのね?)
『うむ、生霊か、死霊か、はたまた精霊や神使の類かはわからぬが、主殿の言う魔力の澱みに方向性を与えてことをなしておるようだったの』
ユラの報告に、穂乃香は真剣な顔で首をかしげた。
(つまり……引き起こしてるのは、人間じゃない?)
『少なくとも、ナマの人間ではないと思うの』
(そう……)
穂乃香は状況を引き起こしたカラクリには到達するも、その原因を今一つ特定できないまま、メイクの女性に呼び込まれる。
「穂乃香ちゃん、メイクするから、来て貰える?」
メイク室の扉を自分の体で閉まらないように抑えながら、穂乃香に向かって大きく手を振るメイクさんに、穂乃香は「今行きます~」と手を振り返して答えた。
それから、ユラに(千穂お姉ちゃんたちの周りで、待機してもらっていい?)と問いかける。
『ふむ、護衛じゃな、任された』
言うなり穂乃香の元から気配が一つ遠ざかっていった。
一方、穂乃香もメイクさんの案内で、メイク室内へと姿を消す。
そんな二人が去った廊下に、わずかに黒い靄が現れ、すぐさま霧散した。
「精霊の姫だ、私にも、力をくださいませー」
撮影スタジオに移動してくるなり、穂乃香の姿を見つけたクルミがふざけてそう告げた。
対して、穂乃香はすまし顔で「試練を乗り越えねば、与えるわけにはいかぬ」と言い放つ。
「あはははははは、さすが精霊の姫!」
お腹を押さえながらバカ笑いを見せたクルミは、そのまま穂乃香のすぐそばまで近づくと柔らかな表情を浮かべた。
「大丈夫そうだね、少し心配してた」
本心はなかなか口にしないクルミだが、穂乃香はその言葉の言い回しと抑揚に、すぐさま心から心配してくれたのだと察して嬉しくなる。
「ありがとう、クルミお姉ちゃん」
「いやいや、撮影は仲良く楽しく、でも真剣にがもっとうなのだよ~」
ニヤリと笑って言うクルミは、すぐに穂乃香と距離を取った。
そこへ、まだ言葉を交わしていなかった彩花がやってくる。
クルミが身を引いたのはそれを察してなのだろうと、穂乃香は胸中で感心した。
「穂乃香ちゃん、聞きました、心配しました」
抱きこうとして、穂乃香が衣装姿なのに気付き、根強く染み込ませた俳優魂で、彩花は抱き付きを一歩手前で止め切ったが、その代償として犠牲になったセリフはズタボロである。
とはいえ、彩花の葛藤は別にしても、心配してくれたことが嬉しい穂乃香は深く頭を下げた。
「心配してくれてありがとう、彩花お姉ちゃん」
「ほのかちゃ……」
もはや条件反射、心の高まりに、ほんの直前、寸前で耐えた抱き付き衝動が彩花の体を突き動かす。
しかし、精霊の姫の衣装を纏った穂乃香に抱き付いては、メイクさんや衣装さんの努力が失われてしまうかもしれないと、すべてを察した救世主が降臨した。
「……じゃなく、クルミさん」
「よかったね、穂乃香ちゃんの衣装崩さなくて」
気付けば自分の腕の中にいたクルミをきつく抱擁しながら、彩花は目を丸くする。
対して抱きしめられたクルミは、苦笑に皮肉を混ぜて送りつけた。
そうして、状況を理解した彩花はしずしずと腕を解くと、少しバツが悪そうに頭を下げる。
「助かりました、クルミさん」
「気にしないでちょうだい、彩花さん」
彩花とクルミのどこかよそよそしい言葉の投げ合いに、穂乃香はクスリと声を出して笑った。
それから、少し真剣な表情で二人を見る。
「えーと、事故のことはアリサお姉ちゃんから聞きました。ちょっと怖いけど、気を付けていれば大丈夫だと思うし、皆もいるから、安心しきるのは駄目だけど、楽しい気持ちで撮影頑張ります!」
穂乃香の所信表明に、クルミと彩花は顔を見合わせてから、笑顔で頷いた。
「さすが、穂乃香ちゃん、しっかりしてますね」
「一流の女優さんは、言うこと違うなー、勉強になります」
真面目な口調で返す彩花と、おどけた態度で返すクルミに、穂乃香は少しだけ恥ずかしそうに頬を染め「よろしくお願いします」と頭を下げる。
問題は、その直後に起きた。
頭を下げたことで視線が下がった穂乃香の目に、手のひら大の人形の様な姿が三つ映る。
そして、その三体がものすごい勢いで穂乃香に向けて走り寄ってきた。
思わず身構えそうになる穂乃香の脳裏に響いたのは『助けてください、精霊の姫様!』という嘆願である。
想像の外側のセリフに、穂乃香は思わず間抜けな声を漏らした。
「へ?」




