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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第五章 幼女とスタジオの怪
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128 幼女、引く

「あれ、穂乃香ちゃん、こんなとこでどうしたの?」

 スタジオの長い廊下を歩きながらやってきた千穂が、穂乃香に尋ねる。

 穂乃香はゆかりの隠したものが気になるあまり、即座に千穂を援軍と判断してしまった。

 それが軽率な行動だったと、気付くのはほんの少し後になるのだが、そのほんの少しの時差が事態を大事に変えてしまう。

「千穂お姉ちゃん、実はゆかりさんが、穂乃香様スタンプなるものを……」

 言い終えていない……穂乃香は言い終えていないのにもかかわらず、千穂は瞬間移動かと思えるほどの速度で、ゆかりにつかみかかっていた。

「ください! 私にもください!! ぜひ、必ず、絶対、とにかく、ください!!!」

 千穂の情熱に満ち満ちた訴えに、まず穂乃香がドン引く。

 何しろ、その穂乃香様スタンプ自体が得体も知れないのに、千穂はそれが何かを確かめもせず欲しいと主張をし始めたのだ。

「千穂さんなら、そう言ってくれると思ってました」

「ゆかりさん」

 目の前で繰り広げられる謎の友情劇場に、穂乃香の目から光が失われていく。

 だが、そんな当人など蚊帳の外にして、二人の盛り上がりは異常加速していた。

「しかし、このスタンプは穂乃香様護衛隊の隊員限定のもの……」

「なります、就職します、履歴書です! デジタルデータですけど、書面が良ければすぐ書きます!!」

 ゆかりの言葉を遮るように目を輝かせた千穂が、スカートのポケットからリップサイズの電子メディアを取り出して差し出す。

「ふっ素晴らしい情熱ですね」

「はい。女優業よりも私に相応しい職業だと思ってます!」

 ゆかりの賞賛に素直に頷く千穂だったが、一方でそれを見る穂乃香の表情は苦笑を通り越えて、口元を痙攣しているかのごとく引くついかせていた。

「しかし、千穂さん、貴女は勘違いしているかもしれません」

「か、勘違いですか?」

 ゆかりの真剣な表情に、千穂はゴクリと喉を鳴らす。

「穂乃香様の護衛隊に入隊するということは、穂乃香様と主従の関係になるということです。つまり!!」

「つ、つまり?」

「お友達関係は職務中ひたすら封じなければなりません……滅私です」

「そ、それは……」

 ゆかりの言葉に衝撃を受けた千穂がその場でよろめきながら後退った。

 それほどの衝撃を受けたのだとわかる反応だが、二人のやり取りに穂乃香の顔はすでに無表情と化している。

「千穂さんのように、穂乃香様愛が勝ってしまうと……残念ですが、入隊は……」

 フルフルと悲し気に首を左右に振るゆかりの言葉に、千穂は愕然としながら膝をつき、そして四つん這いになった。

「そ、そんな……私には……む、無理です」

 千穂の慟哭でも始めそうな状況に歩み寄ったゆかりが、その肩に優しく手を置く。

「千穂さん、嘆かないでください。入隊が出来なくても、特別価格でお譲りします」

「と、特別価格?」

 目を潤ませながら救いの神を見上げる千穂に、ゆかりは慈愛の表情でもって頷いた。

「1セット100万円です」

 さらりととんでもない金額を言い放ったゆかりに、フリーズしていた穂乃香が急速に再起動する。

「ちょ……」

 介入しようと穂乃香が慌てて声を発するが、それよりも千穂の発言が成される方が早かった。

「振込先の口座番号を教えてください。それとも、ダウンロードサイト経由ですか?」

 千穂の迷いのない発言に、穂乃香は留めようと手を差し出した状態で再度フリーズする。

 一方、千穂の迷いのない情熱を受け取ったゆかりは満足そうに微笑んでいた。

「千穂さんの情熱はわかりました。このスタンプは差し上げます」

「そ、それはどういう……」

「ごめんなさい、千穂さん。今お伝えした金額は、千穂さんの気持ちを確かめるためのものだったのです」

「そうだったのですね」

「はい。この穂乃香様スタンプは、私達か、私達の認めた相手にだけ提供する予定で作り上げたものですから」

 ゆかりの言葉に、なぜか頻りに頷いた千穂は「素晴らしい概念です!」と満面の笑みを浮かべる。

「千穂さんなら……いえ、千穂ならそう言ってくれると思っていました」

「ゆかりさん……いえ、隊長!」

 二人は頷き合うと、その手を固くつないだ。

「穂乃香護衛隊の外部メンバーとして歓迎しますよ、千穂!!」

「お世話になります、隊長!!」

「良く、私が隊長だと知っていましたね」

「エリー先輩からお話を聞いていました」

「なるほど……まあ、千穂さんになら構いませんかね」

 目の前で繰り広げられる隊長と新人隊員の会話に、フリーズした穂乃香がツッコミを入れられるわけもなく、和気あいあいと盛り上がっていく。

 護衛される当事者を目の前に、当事者を置き去りにしたまま、盛り上がっていく二人の会話が、今手渡したスタンプの実践の名目で、スマホのアプリによる会話に移ったところで、ようやく穂乃香は我に返った。

 だが、アプリで通信しながら、制服の穂乃香が可愛いと大絶賛したり、精霊の姫姿や水着姿などの新コスチュームや穂乃香に言わせたいセリフなどの新規追加を熱望する千穂と、それを真剣な顔で受け止めて吟味するゆかりの姿に、穂乃香は思わず躊躇う。

「あの……ふたりとも……」

 恐る恐る声をかける穂乃香に対して、千穂とゆかりは同時に振り返った。

 その瞬間、キュッとしまった穂乃香の喉から「ひっ」と声が漏れる。

 が、ぴったりと揃った千穂とゆかりの声に綺麗にかき消された。

「「どうなさいましたか、穂乃香お嬢様!」」

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