120 幼女、拒否する
穂乃香の誕生会兼出演シーンお披露目会から数日、幼稚舎教諭藤倉あかねは強い決心と共に、一日を始めようとしていた。
何しろ、今日は一年目の集大成として冬休み直前の秋のお遊戯会で披露する劇の配役決めの日である。
榊原穂乃香を主役に据えなければならないという使命が、あかねには密かに与えられていた。
というのも、園長や先輩たちは、誰一人として、あかねにそんな指示を出してはいない。
しかし、醸し出される『おまえわかってるな?』の空気が、言葉にせずともあかねには強烈なプレッシャーとして覆いかぶさってきていた。
よって、空気の読める幼稚舎教諭とって、榊原穂乃香を主役に据えるのは大命題であり、必ず達成しなければいけない役目である。
「え、嫌です」
そう穂乃香が言い放った瞬間、あかねの目は点になった。
かなりの猫なで声で、穂乃香に主役を打診したのに、ほんの一秒すら悩むことなく拒否されてしまう。
対するあかねは、絶句以外の行動選択肢を持ち合わせてはいなかった。
しかし、それでも幼稚舎教諭としてのプライドが、あかねを後押しする。
囁くように、穂乃香の興味を引くように、何処までも媚びた声音で穂乃香に声をかけた。
「え、えーと、主役だよ? お姫様だよ?」
そんな普通の女の子なら食いつきそうな誘い文句に対して、穂乃香はどこまでもドライである。
「やりたい子はたくさんいると思いますよ?」
そう言ってクラスへと視線を向ければ、あかねと穂乃香のやり取りに注目している皆の視線が目に入ってきた。
思わず注目度に悲鳴を上げそうになるあかねだが、その隙に穂乃香が動く。
「ねぇ、主役の白雪姫をやりたい人?」
穂乃香がそう尋ねると、顔を見合わせた女の子の中から何人かの子が手を上げた。
それを満足そうに頷いて受け止めると、穂乃香は「ほら」とあかねにたいして、自分の意見が正しいだろうと胸を張って見せる。
その仕草も態度もすべてが可愛らしいのに、今使命を胸に行動しているあかねには、その姿が鬼か悪魔のように映った。
「え、えと、やりたい子も穂乃香ちゃんも、みんな白雪姫じゃダメ?」
あかねは縋るように、穂乃香に尋ねるが、その可愛らしい口から返ってきたのは想像だにしない一言である。
「私、お后様がやりたい、かな?」
「へ?」
ここに至って、穂乃香が嫌だといった理由がやりたい役があったからだと知ったあかねは、しかし、そのチョイスの理由に見当がつかずに、そのまま素直に疑問を言葉にした。
「あの、えと、なぜ、お后様?」
「魔女だから」
ふんすと鼻息荒く言い放った穂乃香の顔はいい感じできらめいている。
満面に溢れる言ってやったぞと言わんばかりの穂乃香の表情だが、あかねは混乱を極める一方だった。
そこへ、ハイっと右手を上げた月奈が、穂乃香の選択の理由を予測して語りだす。
「えと、ほのかちゃんはプリッチが大好きで……るなも大好きだけど……だから、魔女さんになりたいの!」
「え、あ、ああ」
プリッチというキーワードで、あおいを連想したあかねは、頭の中で勝手にパズルが組みあがっていくのを感じた。
あおいがプリッチの撮影の場に穂乃香がいたことや、保護者や園児たちの話でプリッチの子役たちが穂乃香の誕生会に呼ばれたことなど、断片的な情報が繋がって、一つの結論へとたどり着く。
すなわち、プリッチファンの穂乃香は、憧れから『魔女』の役を切望しているという結論だ。
「って、それじゃあ、望みもないじゃない!」
脳内で組み立てた結論に、頭を抱えてうずくまってしまったあかねを、穂乃香をはじめとするクラスの子たちが心配して声をかける。
園児に心配される幼稚舎教諭はこうして大命題達成を断念した。
「よかったね、ほのかちゃん。まじょだよ~」
嬉しそうに配役の書かれた紙を見せる月奈に、穂乃香は頷いて見せた。
「月奈ちゃんもやりたがってたもんね」
「う、うん、プリッチすきだし……ほのかちゃんとおなじなのもうれしいよ」
後半どこか恥ずかしそうに上目づかいで伝えてくる月奈を、穂乃香は微笑ましく思い穏やかな表情を見せる。
そうして、2人で笑みを交わし合っていると、同じく魔女の役の配役カードを貰ったみどりと奈菜が歩み寄ってきた。
「みどりちゃんと奈菜ちゃんは、白雪姫じゃなくてよかったの?」
首を傾げながら、穂乃香がそう尋ねると、奈菜とみどりからは同時に頷きが返ってくる。
「私は穂乃香ちゃん達と同じ役で嬉しいです」
「みどりも、まじょさんやりたかった! ちほおねえちゃんたちとおそろいだもん」
はにかむ奈菜と力説するみどりにも、穂乃香は頷きながら微笑みで応えた。
秋のお遊戯会、もも組の演目『白雪姫』の配役は、あかねや副担任も含めた話し合いの末、この日決着を見た。
穂乃香が希望した魔女のお后様役は、穂乃香、奈菜、みどり、月奈の四人が担当することとなり、シーンごとに交代していく形でそれぞれが演じることとなる。
主役の白雪姫も、手を上げた子たちが無事交代で務めることとなり、シーンの数を考えると十分な人数になってしまったため、最後まで穂乃香に魔女と白雪姫の兼任を画策していたあかねの抵抗はむなしく潰えたのだった。




