121 幼女、出演を報告される
あかねは穂乃香の配役についての報告で、何を言われるかと内心びくびくしていたが、すべてを聞き終えた園長の表情は実に穏やかだった。
「そうですか、わかりました」
柔らかく頷く園長に、内心でホッと安堵のため息を零したあかねだったが、それはまだ早いどころか、零せる状況ではなかったことを続く園長の言葉に知る。
「では、早速榊原家に、事情の説明に伺ってください」
「え?」
「副担任にも聞きましたが、あかね先生がやはり一番状況を把握しているということですし、榊原穂乃香さんの配役を最終決定したとも聞いてますから」
顔には極上の笑顔を貼り付けながら、あとは自分でやりなさいと切り捨ててくる発言に、あかねは顔を青くするが、園長は容赦がなかった。
「それでは、頼みましたよ、あかね先生。報告は後日、お願いします」
さっさと立ち上がると、呆然とするあかねを置いて園長はさっさと部屋を出て行ってしまう。
部屋に一人取り残されたあかねは、頭を抱えながら、管理用のパソコンから榊原家の住所を拾い出した。
「か、家庭訪問、そう、私は家庭訪問に行くだけ、そうだ、うん、そうだ」
ぶつぶつと呟きを繰り返しつつ、自分に言い聞かせようとするあかねだったが、思惑に反して無意識にこぼしてしまうため息が水を差してくる。
結局、自身を納得しきれぬまま、あかねは重い足取りで、更衣室へと歩き出した。
「あ、あの、さ、榊原穂乃香さんのた、担任の藤倉あかねと言います!」
巨大な榊原家の門を前に、都合何度目になるかわからない挨拶の練習をしていると、不意に背後から笑い声が聞こえてきた。
ここら一帯は榊原家の広い屋敷があるために、通り過ぎる人間はほぼいないが、しかしゼロではない。
当然、その通行人のいずれかに聞かれたのだろうと俯いてやり過ごそうとしたあかねに、笑い声がその声の主ごと近づいてきた。
近づく声に、何かを言われるのではと想像したあかねは顔を真っ赤にしながら、ぎゅっと目を瞑って俯く。
何かあると子供のころから繰り返してきたあかねの耐えのポーズだ。
「うわ、亀モードとか、懐かしいわ」
自らの耐える姿に、そう声を掛けられ、あかねはようやくその声の主が誰だったのかを察して顔を上げる。
すると、視線の先には姉であるあおいがニヤニヤ笑いながら立っていた。
「お姉ちゃん!」
あかねは目を丸くして目の前のあおいにつかみかかる。
二の腕を左右から掴まれて、ガシガシと揺すられながらあおいは「ソウデスヨーオネエチャンデスヨー」ととぼけた声で答えた。
「な、なんで、なんでここにいるの?」
「いや、榊原家に用があるから」
「あ、そうなんだ」
自分の問いかけにあっさりと答えが返ってきたことで、あかねは納得してあおいを解放する。
が、ややあって、何かに思い至ったあかねは再び同じ格好であおいを揺すり始めた。
「違うよ、なんで、榊原さんのお家に用があるの!?」
受け取った情報が欠落しているせいで、あかね自身はあおいの監督している作品の担当回に、穂乃香やみどり、奈菜といった教え子たちが出演していることをまるで知らない。
結果、あおいが榊原家に訪れる具体的な理由が想像できていなかった。
そこへ再びあおいから端的な説明がもたらされる。
「ああ、私の監督してるプリッチの担当回に、ゲストで穂乃香ちゃんに出演してもらおうと思って」
「へ? は? ああ、なるほど……」
目を丸くして、点に変えて、最後に瞬きと、忙しなく形を変えながら、あかねは最後に納得の頷きをしてみせた。
しかし、耳が聞き取って納得したあおいの言葉の内容を、頭が正しく理解した瞬間、人通りが少ないとはいえ、榊原家の門扉の前で、あかねの口は勝手に大声を張り上げてしまう。
「ええええええええ!!!」
結果、榊原家の門扉に常駐する守衛が顔を覗かせる事態となり、あかねはあおいともども、守衛室に案内されることとなった。
「本当に申し訳ありません」
あかねは顔を真っ赤にして机に頭が付くほど深々と頭を下げる。
目の前には微苦笑を浮かべるメイド姿のエリーが座っていた。
「いえ、こちらこそ、穂乃香お嬢様の担任のあかね先生を不審者扱いしてしまったようで、不手際をお詫びいたします」
エリーが丁寧なお辞儀で謝罪を伝えると、体を起こしたあかねが慌ててやめるように訴える。
「や、やめてください。わ、私もちょっと……いえ、かなり怪しい行動をしていたかなぁと思っているので、仕方ない……というよりは、お仕事に忠実な対応だったと思います」
あかねの発言に驚いた表情を見せたエリーは、少しの間をはさんでからくすくすと笑いだした。
「そうですか、わかりました。では、お互い様ということで、収めてください」
エリーの言葉に、あかねは赤べこ人形のように首を上下に動かして同意する。
その姿に笑みを深くしたエリーは、声を一つ落として、本題に切り込んだ。
「それで、あかね先生はご訪問の連絡を受けてはいませんでしたが、当家にどのような御用で出向かれたのでしょうか?」




