117 幼女、一段落にホッとする
『菊乃』
名前を呼ばれた菊乃は、それがスイッチだとはっきりわかるように棒立ちから一転して体を丸める。
怯える姿が全身から表現される菊乃らしいおどおどした足取りが、急に歩調を変えた。
『りんかちゃぁん~~』
目を潤ませて、声を震わせて、一目散にアネモネへと駆け寄る姿は、恐ろしい世界で一筋の光明を見つけ、そこに飛び込むかのようである。
とても勢いがあるように見える菊乃の突撃は、頭からアネモネのお腹へと突き刺さった。
だが、その実巧みに勢いをコントロールしているため、見た目の勢いはまるでなく、菊乃を受け止めた姿勢のまま柔らかな表情でアネモネは優しい声を発せられる。
『菊乃ちゃん、大丈夫だよ』
これまで精霊の姫の翻弄によって不安の中にいたはずのアネモネが、仲間を思いやる気持ちを前面に押し出した。
自らよりも怯える菊乃という存在が、アネモネの心を落ち着かせ、冷静さと通常をわずかに取り戻させていく。
いつものように甘えてくる菊乃と抱き合い、視線を交わし合いながら、アネモネは少しずつ自分の状況を理解し、そして、正解を組み立て始めていた。
そこへ精霊の姫の声が響く。
『ローザ』
名前を呼ばれて動き出したローザは、お尻をわずかに左右へ振る独特の歩き方で、画面の中心へと加わった。
固めの表情でありながら、ほのかに頬を染めたローザは、目だけをキョロキョロと落ち着きなく動かす。
それはローザの中の人の狼狽の表れなのだが、画面を通してみると、何か言いたげで言えないもどかしさを抱えている姿に映っていた。
『皆そろってたデスね!』
緊張ゆえに震えたローザの声が、アネモネとその周りに侍る仲間たちの視線を集める。
瞬間、ローザの口が声を発すことなくわずかに動いた後で、改めて声が発せられた。
その最初の躓きが、ローザの複雑な心境を大きく印象付ける。
『それにしても、皆で仲良くしててズルイデース』
緊張と周囲の視線の相乗効果で、委縮したローザが徐々に声を小さくしながらセリフを放った。
最後に付け足すように加えられた『私も仲間に入れて欲しいデース!』に至っては、ギリギリ聞き取れるレベルの小ささである。
だが、そのアリサ自身すら意図しなかったローザが緊張する姿の効果は絶大だった。
途中加入のメンバーであり、生まれも育ちも特殊でわかりやすい『異物』であるローザは、やはり他の四人の輪に加わるのが苦手な立ち位置に設定されている。
羨ましいけど、素直になれずに加われないのがローザであり、それはこれまでのお話の中でも描かれてきたことだった。
演者自身の緊張というアクシデントに近い流れであったが、それでもアリサはわずか数秒の沈黙で、ローザの葛藤を見事に表現しきってしまう。
だが、その完璧な表現にも大きな穴があった。
これまでは『羨ましい』という言葉はこぼしても『仲間に入れて欲しい』とは決して言わなかったというローザのキャラクターとしての禁を犯してしまっている。
意地っ張りなローザというキャラの崩壊にもつながりかねない危険なセリフなのだ。
それに気づき始めた演者たちの戸惑いが間となって、不穏な空気を呼び込み始める。
だが、そこで、流れを切る精霊の姫の声が響いた。
『あら、どうしたの?』
それは視聴者の気持ちを代弁でもするような、不意に生まれた間に対する問いかけである。
たったこの一言で、さまざまに意見が分かれそうな場の空気を、生じた間への疑問へと集約し、そこへ主人公であるアネモネが答えを返した。
『ちがう』
否定の言葉は、それだけで強い。
疑問に対する答えにおよそそぐわない回答ゆえに、見ている人間の意識を集める効果が存分に発揮されていた。
『そろってない』
仲間たちを順番に見詰めながら、アネモネは頭を振って否定する。
『みんな……似てるけど……違う!』
アネモネは、最後にローザを見て断言した。
このセリフ回しと視線の流れによって、ローザの犯した禁が『きっかけ』だと強く印象付けられる。
まさに神掛かったチームプレイというべきフォローによって、すべてがアネモネの気づきという結論へと集約していた。
そこに、精霊の姫の感心を示す『へぇ』という呟きが落ちる。
まさにアネモネの精神の強さを精霊の姫が認めた瞬間であった。
そして、その強さの輝きは言葉と共に、アネモネ自身から強く発せられる。
『さゆも、桜花さんも、菊乃ちゃんも、ローザも、ここにいる皆は、見せかけだけ!!』
まるで、精霊の姫の呪縛の糸を引きちぎるように、体を大きく揺すってもがくアネモネの目に強い光が籠った。
同時にそれを見つめる精霊の姫の眼は満足そうに細められていく。
そして、アネモネは断言した。
『ここにいる皆には魂がない!!!』
瞬間、アネモネを中心に光が発せられ、画面が白一色に包まれたところで、CMへ移ることを伝えるアイキャッチが挟まれる。
と同時に、いつの間にか手に汗を握って画面に釘付けになっていた皆が一斉に息を吐いて弛緩した。
一緒に撮影した、いや演じた当人たちですら釘付けにするほどの出来栄えに、あおいはひとり獰猛な笑みを浮かべる。
一方で、ユラの力で成した『子供の演技』タイムが終了した穂乃香も、安堵の笑みを浮かべていた。




