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諸所諸々のエッセイ  作者: 粘土
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皆は自由だ

僕は人生の終わりに差し掛かっているので、皆には笑って欲しいのです。

 もう直き春がやって来る。新しい年度が訪れる訳だが、皆には何か刺激に成る様なもの、或いは、打ち込める事が有るだろうか。小、中、校、果ては専門学校、大学と有る訳なのだが、まぁ、小、中は義務教育なので省いても差し支え無いだろう。問題は自身の意思で決めねばならない高校と、専門と大学である。専門に関しては、金さえ払えば誰でも行けるので問題は無いが、己の道を正しく見極めていないと、其の後の人生が狂ってしまう。大学などはもっと酷い。昔で云う処のセンター試験に通らないと、志望する大学へは行けないからである。解り易くう云うと、“ボーダー”が決まってしまうのである。其れに付いて、僕はオカシく思う。まるで、個々の能力を無視した“格付け”ではないのだろうか。そもそも、センターを終えてからぐんと学力が伸びる子達も居るのだから。いや、其れ以前に、人の評価は学力ではないと思う。以前にも書いたが、『野口英世』や、『アインシュタイン』は初めから頭が好かったのではない。人生を生きる上で必要だとされたからこそ、秀逸な人間に成ったのだ。知らない人は好く調べると好いだろう。詰まり、マイナーであっても結果が残れば其れで好いのである。従って、センター試験は矛盾していると云えるのである。例えば、0%の子が居たとして、大学に入れて見たら極めて100%に近い学力を発揮する者も居るのだ。選択肢は幾らでも有る。其れを所謂いわゆる現状に於いて評価するのは人類の大きな誤りなのである。例えば、此処に来ている子達はラノベを好む。確かに面白おかしく、感動出来るテーマなら充分だと云える。其れに付いては反対はしない。何故なら、日々のストレスから解放して呉れるからである。僕も其の恩恵に与った時期が有る。いや、今でも面白い作品なら是非読みたい。“深み”と云うエグさが必要なのだが。非常に哀しい事に、現代のラノベは半分程の確率で堕落している。先ず、ヒロインが自身を紹介する時に“わっち”はと云うラノベはかなり悲惨だった。道中都市国家を廻るのだが、其の都市国家と云うものについての認識が極めて低かった。多分、専門の知識を持っていないのだと思う。本来都市国家とは、築き上げた領内に、先ず領主が居て、次に『マイスター』と呼ばれる、“市民”と格付けられる職人達が居る。そして、中央広場には市が設けられ、其処に庶民が居た。普段は何事も無く過ごして居る彼等も、攻めて来る敵が居たなら当然戦と成った。其の時に活躍するのが市民の称号を得たマイスター達なのである。其の義務を果たしてそ、“市民”と云う権利を得て居たのだ。もっと簡単に云うと、“ブルジョア”の事である。彼の言葉が何処どこの言葉だったか忘れたが、現代に於ける“金持ち”とは間違いである。ブルジョアとは一般市民の事を云い、ドイツで云う処のマイスターとは恪が違う。解り易く云うと、先述の通りの市場に集まる連中こそがブルジョアなのである。其の下には日本で云う処のうだつの上がらない農民が居た、と云う訳である。かなり贔屓目に観ても、彼等ブルジョアジーは中間管理職位のものだ。やれやれ、僕の様な頭の悪い人間が実際を語るのには、実に骨が折れる作業だ。然も、博識だと云うジャーナリストすら、其れを知らない。いやはや、困った事だ。連中、勉学しかせずに見分を広げなかったに違いない。出来得るなら、完璧とは云わずとも、其れに近いラノベ書きが現れて欲しい。当然、僕は成ろうとも思わないが。まぁ、取り敢えず『ブ〇ーポ〇プ』は買って損は無いだろう。僕に文章を書く楽しさを教えて呉れた作品なので。因みに云うと、先述の作品以外なら、電〇文庫の作品は、大賞ではなく準勝を貰った人の文庫の方が今では面白いよ。伸びしろが有るから。……まるで文学を読んでいないかの様な事ばかり云っているが、少なくとも漱石や、太宰は全部読んだ。其の上で云っているのだと理解されたし。だからこそ、今、ラノベに目を光らせて居るのである。誰だって、意味が有り、意義も有る物を読みたいのに違いないのだから。嗚呼、大学に行く連中よ。専門で学ぶ連中よ。きちんとした指針を以って事に励んで欲しい。そうして、人々の苦悩の日々を柔らかくして欲しい。けれども、残念ながら、先見の明を持つ子は少ない。事実、僕が其の歳頃の時には、絵の専門に行っていた友が、僕の思い付きに着いて来れずに失敗した。然も、デッサンも僕の方が上だった。判然はっきり云って今の漫画家や、絵描きはヘタクソだぜ? 先ずキャラが立っていない。『鬼〇の〇』が好い例だ。全員一直線に並んでるじゃないか。其々の個性に合わせて描くのがプロだろう。序に云うと『進〇の〇人』なんて下の下だ。何で皆目を見開いてんねん。よう、考えろ。そして、ちょっと昔になるが、『フェ〇リー〇イル』。あれはとんでも無い愚作だ。タイトルの意味知ってんの? 「おとぎ話」って意味だぜ? 何が『俺達は妖精の尻尾だ!』だ!。馬鹿にしてんのか? 詰まり、云いたい事としては、評価されき人が駆逐され、出来レースに乗っかった人間が評価されているのだ。意図的に。其処で話頭に戻ろう。即ち、“出来る子”が其の時に選ばれず、“出来ない子”が其の時の結果云々で選ばれているのだ。所詮しょせん大学の教授のほとんどがニヒリストだからそうなるのだろうと、僕は思う。彼等も結局は雇われの身なのだから優秀と思う受験生を合格させるのだろう。其の後に控える就職活動の結果を重んじて。然し、まぁ、けれども、と云った処であろうか。就職フェアのほぼ八割は“ブラック企業”を招いている。其れは企業の宣伝の為と、使い勝手の好い者を探す為だ。現実に僕はそんなイベントに参加した事が有ったが、約束の通り、其の企業に行って見ると条件が全く違っていた。だからして、之から先の世の中を鑑みるに、専門は好いして、大学には行かない方が好いと思う。僕個人の意見なので無視すれば好いし、色々調べて見るも好し。取り敢えず云える事は、此の先に物書きを目指すなと云う事である。既に狼狽仕切った馬に乗るより、若き才能を活かせる戦場へ赴いた方が好い。無論、武装は必要だが、二年か、四年も有れば理論武装は可能であろう。かつ、遣りたい事が決まっているのなら尚更である。君達には未来が有る。最早老人と化した僕よりも。楽しい事も、哀しい事も有るだろう。笑う事も、泣く事も有るだろう。然し、其処でめげては不可いけない。凡てを己の身に仕舞い込んで思い出とするが好い。そして、次の一歩は笑顔で踏み出せ。君達には其の自由が確実に有るのだから。

 


哀しい事も、楽しい事も、人生には大切な事です。明日から笑って生きましょう。

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