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諸所諸々のエッセイ  作者: 粘土
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命の光

僕等はきっと意味も無く生まれたのではありません。

 僕は之まで散々偉そうな事を書いて来たのだが、実は、他人ひとの数倍涙もろい。昔はそんな事はなかった。けれども大学で学んだ知識と、社会に生きる苦しさを知ってからは、哀しみに耐えきれず、直ぐに泣く様になってしまった。

 僕の母は保育士だった。今はもう引退しているが、零から初めて園長にまで成った。無論辞職したのではなく、定年を迎え、現場を退しりぞいた。其の少し前に、母の勤める保育園に通っていた子が体調を崩し、胃腸風邪と診断された。当然、其の診断を下した医師に因って回復を試みたが、何故か駄目だった。ところで、改めて診察を受けると、がんである事が分かった。其れも、ほとんど末期の。その子の両親も、母も、途方に暮れた。然し、可能性に賭けて、大学病院に入院する事となった。始めは好かった。治る見込みを得られたから。けれども、日を追うごとに悪化して行くその子は、もう、助からないと知った。僕は直接関わりを持っていなかったので、母からの情報で何とかならんものかと、そう思い、鶴を織った。時間に余裕の有る時には心から回復を願って織った。然し、母から伝えられるのは、病状の悪化ばかりであった。祈りも、願いもまるでちりの様に吹き消され、その子は勿論、観て居る者達をも凍り付いた哀しみに包まれた。その子の両親は勿論、最期まで観て居た母は、知らぬ処で泣いたであろう。そうして、皆の願いも虚しく、その子は亡くなった。此の世界から、居なくなってしまった。人が死ぬという事は、絶対的にかたどっていた小さな、其れでも、何よりも大切な世界が瓦解してしまう事を意味している。単なる思い出が、限りなく大切な思い出と成るのである。……

 其の事を知った時、僕は耐えきれず、泣いた。自分が代わりに成ってあげたいと思った。心には『何故、うして』と、繰り返し、繰り返し押し寄せる感情が山と成り、崩壊した。誰が悪い訳でも無い。然し、何か、何かをする事が出来たのではないかと、感情の波が押し寄せては消え、再び押し寄せる。人という生き物に感情さえ無ければ、いや、心さえ無ければ、“傷”を負う事は無い。けれども、其れは原罪ではあっても美徳でもあるのだ。泪を流す事は有っても、其処に罪は無い。単なる分別だ。ならば、僕は毎日でも泣こう。泪を流そう。哀しみに“色”など無い。凡ての厄災に泪を捧げよう。そして、出来る事なら、皆もそうして欲しい。恥ずかしいかも知れないが、正直に泪を流して欲しい。そんな人生ならば、其の先に不幸が有っても、きっと幸福と思える時が必ず来る。僕等は“生きて”いるのだから。

今こうして居る事が詰まり生きると云う幸福なのです。

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