僕も太宰
生き方そのものが太宰にそっくりなのです。
手首が折れて、何も出来ないので、久し振りに“太宰”を読んだ。一通り読み尽くしてはいるが、漱石に傾倒する僕の心の端に有り、僅かに、いや、大いに光る太宰を読んだ。すると、面白いと云う感情と共に、何うして“芥川賞”を取れなかったのか、漸く解った。彼は芥川に傾倒していた様だが、実は全く異なる文学を描いていたのである。井伏鱒二に師事したとあるが、其れは空白の出来事であった。確かに、其の影響も受けているのであろうが、戴けない点が幾つも有る。一つには、時間軸の空虚である。何故、何うしてと云う詰問を避けるかの様な書き方をしている。まるで、『逆行』に於いての『猿面冠者』の主人公の如き書き方をしているのだ。其れは不可ない。余りにも不可ない。自身で失敗だと解る筈なのに、其れを公表してしまった。芥川の文学には、児童文学も含まれている。恐らく彼は、太宰は後者をのみ観て居たのであろう。即ち、自由に書く事に大きな意味を見出し、書く可き真相を突き止められなかったのだ。事実、太宰の文学は面白い。読んでいて、眉を顰める事は有っても、他愛も無く読める。注釈も少ない。然し、其処に有るのは子供達の疑問に思う様な哲学でしかないのである。社会性に於いてもである。僕には自信が有るが、僕の之までの人生を語った方が面白いと思う。ネグレクト、虐待。其れに耐えて僕は今生きて居る。“姫”はネガティヴだと云うが、そんな人生を送った者がポジティヴに成れる筈が無い。……少しずれてしまった。悪いクセだ。ともあれ、沢山の本を読み、左翼にまで加わって、偉大な人に師事しつつも、頭や心に拡がる景色のみを描いていたのでは芥川賞には届かないのは目に視えて居る。何故其処に気付く事が出来なかったのか。其れは一重に、仮にも売れてしまったからだろうと、僕は思う。彼の生い立ちを調べて見ると好く解ると思う。判然云おう。世に産まれて来た事を家族に憎まれた者は決して幸せには成れないのである。僕も其の通りだから好く解る。今でも死ね、死ねと何時でも云われる。だから、解るのである。然し、才有りき者が其れに凹まされるのでは、才無き僕には立つ瀬が無い。だからして、こうして書くのである。小品文でも好い。短編でも好い。長編なら、尚更だ。詩や俳句でも好い。出来る事を放り出す前に、一つ、足掻いて欲しかった。太宰は其処にさえ気付けば、僕が生まれる頃まで生きて居ただろう。芥川賞について川端に書面を送ったそうだが、好く観て見給え。君の方が上だ。賞等何うでも宜しい。金が足りなければ、働けば好い。読む人はきっと読む。そして、心に平静と安堵と悦楽を得るのだ。書き物とはそう云う物だ。過去に縛られ、世間の柵に苦しむ人に手を伸べる時代はとうに過ぎて居る。之からは、心に抱き、温めた、明るく優しい光を放つ宝玉を手渡す時なのだ。……
皆、読んで呉れるのを、僕は嬉しく思う。僕は嘘を吐かない。決して。信ずる物の為にこそ、筆を持つ。嗚呼、太宰よ。今の世に還れ。此の世界は君の再び誕生する日を待っている。
現代であれば、太宰は認められるでしょう。




