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諸所諸々のエッセイ  作者: 粘土
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神様に成るよ

いがみ合うのは止めにしましょう。

 最近ハングルドラマがやたらと目立つ。結構鬱陶しい。この人達何云ってんの? と思う位だ。殆どが、“メロドラマ”じゃんかよ。しまったな、“じゃん”とか云っちゃった。何処どこの人間かバレる。別に好いけれども。ついでに云うと、暇だと云う連れには『ゲームでも遣っときん』とか、『遣っとりん』とか云う。更に云うと、『何々ぞなもし』とも云う。所謂、“じゃん、だが、りん”てヤツだ。検索すれば一発で分かるだろう。

 其れは兎も角、何が云いたいのかと云うと、韓国との関係の悪化が収まらない事に、正でも負でも感情を抱かせたいのだ。何故なら、今世界は均衡を失いつつある。ハングルと云ったが、実は二次大戦の映画も頻繁に遣っている。れ等が示す事とは、「場合に因っては次の大戦に突入するかもね」って事だ。即ち情報操作だ。其れが語る意味とは、人の感情の操作だ。敵対心が強ければ徴兵や、徴用が楽に成る。自衛隊など畢竟ひっきょう斥侯せっこうが関の山だ。意味が解らない人に解説すると、斥侯とは“索敵さくてき”の事だ。もっと簡単に云うと、敵の兵力や、展開する座標を調べる事だ。其れに因って部隊の編制をする訳だな。詰まり、最初に死んで逝く部隊なのだ。因みに、僕は三次大戦が起これば真っ先にエントリーして斥侯を遣る積りだ。自分が死ねば、きっと一人か、しくはもっと沢山の人が助かるからだ。詰まり、無駄死にでは無い訳だ。然も生き残れば、次の戦闘にも加われるし、其処そこで死ななければ、又、飯が喰える。取り敢えず狙撃手よりは生存率が高い。映画で有名に成ったが、狙撃手は捕虜には成れないからだ。見付かれば、確実に其の場で殺される。うやら、そう云うルールらしい。戦争にも色々とルールが有って、民間人を殺してはダメとか、捕虜に出来る人間を殺してはダメとか、捕虜に成った人間を殺してはダメとか、殺し合いなのに決まりが有るのだ。ほんなら、最初から遣らなきゃ好いのにと思うのは、多分僕だけでは無いだろう。大体、大戦と云えば軽く十万人以上が死ぬのだから。僕としては、一時的にしか潤おわない軍需産業に目を遣るよりも、世界に生きるおよそ七十億の人達が其々(それぞれ)好きな喰い物を持って集い、パーティーをした方がよっぽど好いと思う。其々(それぞれ)の想いや、哲学、理念、思想を語り合うのだ。苦手な物は避ければ好いし、好きな物は沢山喰い、様々な考え方に共感したり、進展を促したり、楽しい音楽と皆の喜びを分かち合うのだ。一時いっとき優位、不利を忘れ、無礼講って事で。其れは、とても難しい事だが、適ったのなら、戦争など起きやしない。小競り合い程度で済むだろう。殴り合いなんて可愛いもんだ。殺し合いに比ぶれば。皆も、そう思わないか? だから、パーティーをしよう。皆で喰おう。唄おう。そうだ。僕が次の神様に成って推奨すいしょうしよう。人を卑しめる神様ではなく、皆が、の星の皆が手を繋いで、輪に成れる様にしよう。だからして、次回の神様候補の投票には、是非僕に一票を投じて欲しい。


冒頭で云ってるのは只の現状です。本題は、❝パーティー❞です。

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