期待しちゃダメ
ホントにネコ目なんです。
昔から『ネコ目だったら好いのにな』と、思っていた。だって、ネコ目って可愛いじゃん、とか。そんな理由で。然し、実は、自身がネコ目だった。可愛いとは云えない。余り自分の事を好きじゃないから。“男”だと云って見た処で、性別が変わる訳じゃ無い。天使に成りたくとも羽が生える訳じゃ無し。光の環が備わる訳でも無し。ましてや、天の遣いと話せる訳でも無し。『あーあ』と独り言ちる。素敵な世界に産まれて見てはみたものの、理想が現実に成る訳じゃ無い。
『残念』。そんな事を思うけれども、現実を否定したって理想に辿り着く術は無い。仕様が無いと諦めるより他無い。不思議なもので、思った事とは違う結果が付いて来るみたいだ。昔の哲学者が云っていた。『自身が思った物とは反対に生まれて来る』と。そして、『其の半身を見付ける為に産まれた』のだとも。プラトンのイデア論だけなら簡単なのに。何だか失う事ばかりだ。手にする物と云えば、人の命ばかり。何うしてと云いたくなるけれども、誰も聴いては呉れないから、もう諦めた。不自然でも、不条理でも、命は果てる。そして、其れを受け取るのが僕の務め。結構辛い。助けが無い事も承知だから致し方無い。其れでも時折思う。『誰か代わって呉れないかな』と。せめて、私と話して呉れる人が居たらなと思うだけだ。若しもずっと居て呉れるなら、疫病神でも好い。大好きな作家さんの作品にそんな主人公が居た。とても羨ましく思う。因みに、其の作家さんに僕の描いた絵を観て貰おうかと思案中だ。序に、其の作家さんが世話に成っている、と云うか、其の作家さんの御蔭で売れている雑誌の発行社に僕の描いた絵や、僕の書いた小説を送ってみようかとも思っている。結果は何うあれ、無意味では無い筈だ。若しも奇跡的に評価が高ければ新たな路が拓ける事に成る。仮にそうなれば此処には来なくなるが、其れは其れで好し。僕にはファンなど居ないのだから。本当の自己満足で書いているだけだ。かつて、相棒が居たが、そいつの書く幻想三国志が評判で、結構苛ついた。此方は日々の儚さや、喜び、命の尊さや、哀れみを真剣に書いていたのに全く評価されなかったから。やはり、皆は夢の様な話や、ラノベが好きなのだろうなと思い、読者の人数は気にしなくなった。読んで呉れる人には感謝、感謝だが、別に特に読んで欲しいとは思わなくなってしまった。まぁ、何はともあれ、人の好き好きだ。ネコ目に憧れて、ネコ目だった自身の愚かさに動揺する日々を送るだけだ。取り敢えず、言える事としては、読んで呉れる人に“サンキュー”だ。
然し、白目が血走ってるんです。




