第98話〜庇〜
私は焦っていた。今までにも治癒を様々な場面や状態で行ってきたことはあるが、流石にこのような状況ではやったことがない。
とは言え今治癒を施しているこの方の傷自体は大したものではない。身体に剣が刺さったままの状態というのが功を奏したのかどうか、出血もそれほどではないし口から微かに呼吸する音も聞こえる。一気に刺さっていた剣を引き抜き治癒の術でその箇所を癒せばそのうちに意識を取り戻すことができるだろう、
ガロウさん・・・
では何故私は焦っているのか。
それは目の前で行われている出来事に巻き込まれないようにしているためだからだ。
・・・先程のあの女性との戦いではこの方は本気を出してはいなかったのだろう、疑いなくそうと思えるほどにあの、他の大陸出身の男性は凄まじい敵意・・・そして威圧感を放っている。
ミシルさんという方はこれほどまでに禍々しい力を持っていたのだろうか・・・?
ただ、
私が焦っているのはそのミシルさんの前に立つ1人の少年、いや男性のほうへと私は目を奪われていたからに他ならない。
〜〜〜
腑に落ちない、というのが私の思考を占める最も大きな疑問だろう。
何故ならばこの男は・・・!
「お前はまた変わったな!」
「ふん、そうだ・・・そしてやはり私に匹敵するのは貴様だけだっ!」
「・・・?」
この男、少年というにはあまりに完成された実力を誇るトウヤ・ヒノカという男は私の前に立ちはだかる大きな壁だ。この者を倒さなければこの世界では最強とは堂々名乗れない。
それ故私の全身全霊を以てこの男に勝つ!
・・・ただ腑に落ちないのは、
「うおおおおおおっ!」
「セイヤアアアアッ!」
この力と力とのぶつかり合いに於いて、
「前よりも容赦ないなっ!ミシルッ!」
「そうともっ!貴様だけはなんとしてでも倒すっ!そして・・・越えて、みせるっ!」
「っ!」
「薙ぎ祓い、討ち堕とすっ!!死ね、トウヤッ!」
培った技を最大限昇華させ、
「喰らうかよっ!」
「っ!!流石・・・!」
息をもつかせぬほどに奴に向けて繰り出している。
「今度は俺の番だ!」
「・・・!受けきってやる・・・!」
それと同時に、魔眼も発動させている。
にも関わらず、
「爆音!」
「なっ!?オーラが弾けてくるっ?」
どかどかと、身体強化している私の強度を嘲笑うかの如く立っていられぬほどの衝撃が私を襲う。
何故奴に魔眼が通用しないっ?
そしてこの技・・・避けた場所に全弾追跡しているかのように命中してくるこの技は、自身のオーラを大気中に放出させて任意の場所や位置で暴発させているのか?
・・・以前の記憶よりも遥かにこの者は強くなっている・・・!それだけでは説明のつかない何か、力が奴を覆って・・・
「隙ありだっ!はああっ!」
そして奴のオーラが更に高まり、
「轟、雷!」
「速・・・いっ!!」
ズガアン、と文字通り天の裁きをこの身に受けたような感覚を味わった。まるで雷の如きこの、衝撃・・・い、意識が遠退い、てい・・・
〜〜〜
火炎の牙・・・その忌まわしき存在は以前と同じく今この時に於いても脅威の存在だった。
それどころか、我が以前に後れを取ったあの火炎の牙をも凌駕すると思える程に目の前のそれは圧倒的な力を持っている。
・・・だが。以前交えた火炎の牙の力の感覚と照らし合わせて、この域まで達したのならばおそらく屠ることができるだろうと判断した強き我が兵オルレアンを以てさえも、火炎の牙に押されているように見える。以前のものとは次元が違う程の火炎の牙のこの圧倒的な力・・・策を弄しても強き力である闇の牙を以てしても・・・
何故だ・・・
何故にこれほどまでに此度の火炎の牙は・・・
まるで以前とは違う己が宿敵の力の前に、私は・・・
〜〜〜
取り敢えずはその動きを止めたのか、ミシルは倒れたまま動かない。
「トウヤさんっ!」
「なんだ」
リシナが叫ぶので見てみると、
「あ、あれはいったいっ?」
「この魔力?」
近くに凄まじい魔力を感じる。リシナが指すほうを見て見るとあの見知らぬ女が形相を歪めて魔力のようなものを高めていた。
今度はこいつか!
『・・・闇の牙すら相手にならぬとは・・・だがなんとしても此処で火炎の牙を、屠る・・・!』
「火炎の牙?」
『・・・お前』
ぐわ、っと目に見える程に女が強力な魔力を身体中に纏っている。
『こそが・・・』
「この感じ?」
そして更にその高めている魔力がはね上がって女の身体を覆う。
それを見てとり危険を感じた俺は炎斬を抜き、
『我が生の妨げ也・・・!』
「何のことかは知らんが、お前も止めるぞ!」
俺は剣にチカラを混めた。
『やるがいい・・・やれるものならな・・・!』
「おおおおおおおおっ!」
俺は体内のオーラを高めた。
・・・この感覚?
『神魔・・・』
「っ!このプレッシャーはっ?」
『滅光・・・!』
女の身体全体から光が放出された。そのプレッシャーはこの辺りを根刮ぎ吹き飛ばすぐらいに凄まじく強力な威力を秘めている、と思える程に今までに味わったことがないような類いのものだ。
「反・・・・・・魔っ!」
『っ!?』
しかし俺の頭に浮かんだ反の応用技、今初めて使ったものだがそれを行使することによって女の身体から此方に向かって出ていた魔力の光は霧散した。
『・・・莫迦な・・・我が殲滅の光が・・・・・・』
女は今の魔法に余程自信があったのか驚きに目を見開いている。
「と、トウヤさん?今のは、」
「ん?何となくできるような気がしたんで使った技だ」
「えっ・・・ということは、ぶっつけですか・・・」
何かリシナが額から汗を流して呆れたような顔をしている。
・・・それはさておき、
「どうした、まだやるか?」
女へ問いかけた。
ミシルと同様に有無を言わさず俺に襲いかかってきたこの女に聞きたいこともある。
「・・・そもそも何でお前は俺を恨んでるんだ。それに、」
『・・・お、お前は人ではないのか・・・?な、何故魔導が・・・』
しかし俺の問いかけを意に介さずに女は俺に訊いてきた。
「いや人だぞ?それよりも質問に答えろ。お前には会ったこともないのに何でお前は俺を恨んでる?それにミシルが何であんな感じになってるんだ?お前は何か知ってるんじゃないのか?」
『・・・それはお前が、火炎の牙の体現者だからだ・・・・・・それに、オルレアンは元々・・・』
「火炎の牙?」
さっきからこの女はその言葉を繰り返すけどどういう意味だ。それにオルレアン?さっきミシルも言ってたけどあいつの渾名なのか?
「火炎の牙ってのは、」
『・・・故にお前を』
「がっ!?」
女と話していると衝撃が俺を襲った。
「ミシ、ル?」
その方向を見ると倒れているはずのミシルが立っていた。剣を構えて。
「その剣?」
「・・・ヘルヘイムに頼るつもりはなかったのだがな・・・」
「ヘルヘイム?その剣の名前か?」
しかし・・・不意打ちで一撃もらった筈なんだけど、
「いや、効いてないぞ」
「・・・それはそうだろう」
ミシルがその剣を此方に向けた。よく見ればその刃は金属には見えずに別の実体のないようなもの・・・それこそオーラのように輝いて、いる?なんだこの剣は?
「貴様の技を盗るために、」
「っ!?くるっ?」
「加減したからなあっ!」
「これはっ!」
ミシルのその輝く剣の切っ先がまた大きくなった。またさっきの牙みたいな技か?
「轟雷っ!」
「はああああっ!」
「なんだっ!?」
牙みたいな技か、と思ったら、
「あの男の技だ・・・喰らうがいいっ!」
巨大化した無数の剣が連続して襲ってきた。
しかも轟雷は見切られたのか雷の射程外からミシルはその技を放ってきた・・・!
「っ!速いな!」
それにこの技の軌道は何か俺の回避する場所を狙ってくるような?
ミシルのその牙を使ったような連続突きは何故かまるで俺が以前喰らったことがあるように動きの先読みをしてくる?
「だあっ!」
だが大元はあいつの持つ1つの剣なのでそれを見極めて打ち払う。
この連続突きの対処法は稽古で散々やったからな。
・・・・・・稽古で?
そうかっ!!
俺は家での剣の稽古を思いだすと同時に今の剣の軌道が誰に似ているかを思い出した。今の技は、
「連牙・・・」
そう、連牙だ。
・・・えっ?
「あの男はそう名付けていた・・・どうやら九天の技、その中の牙とやらの応用技らしいな・・・そして、これが!」
ミシルは手に持つ剣を上段に構えた。さらに其処にオーラ、そして魔力を集中させている。
・・・その構えはまるで、
「あの男の最大技・・・・・・王牙、だ!」
親父のような、
・・・俺は呆気に取られてその一撃が振り下ろされる様を呆然と見てしまった。
〜〜〜
見事也・・・!
我が目論見通り・・・闇の牙は火炎の牙らしき者を討った・・・!
戦い当初こそは闇の牙といえど、現存する火炎の牙のその圧倒的な力の前に苦戦を強いられている、かのように見受けられたものの、結果として奴はあの忌まわしき存在を討った・・・!
矢張り、手というものは打てるほど打っておくべきものだ・・・
オルレアンの今の一撃の前には、奴の眼前にはただ土塊あるのみ・・・!火炎の牙の肉体は何処にも無し・・・!
それを見てとった我は復讐を果たした歓喜に打ち震え・・・・・・・・・・・・これはっ!!?
『違う・・・まだ・・・!!』
火炎の牙、その存在感はしかしこの身から拭い去れてはいない・・・!だがその姿は何処へ・・・?
「分かっている・・・小癪な真似を・・・!!」
・・・オルレアンは奴の眼前に積まれた土塊を睨んでいた。
〜〜〜
完全に油断してたな。
ミシルの使う技に気を取られてたのがその理由だが、何であいつは・・・
でもさっきは、気づけば目の前が真っ暗になって衝撃があったような気がしたんだけど。
「どうやら障壁が間に合ったようですね」
「これはあんたが?」
「ええ、貴方がいきなり戦いを始めるものですから焦りました・・・」
言ってみれば、土でできたかまくらの中で俺達は会話している。のだが不思議と息苦しさはない。
これも魔法ってやつの力なんだろうか。
「土塊障壁は本来ならば魔力で形成します。ですがこれは精気を使っていますので、言わば頑丈な大気に囲まれているようなものなのです」
と、かまくら?の製作者ノルエルは胸を反らして説明した。うん、それはそれで大した技術だろうとは思う。
しかし、
「あんまり悠長に話してる暇はないと思うぞ」
このかまくらの外からミシルの力、そしてあの女の魔力を感じる。この感じだとすぐ傍にあいつらは居るのだろう。
「それにしても精気で、ね。俺は魔法ってのはてっきり魔力でしか使えないと思ってたんだが意外と使えるものなんだな」
感心しながらノルエルに言うと、
「ええ、私も以前まではそう思ってました。限越者様のおかげでしょう」
「限越者?」
「そうです、貴方が地の下で戦ったあの老人・・・あの方こそが」
「その限越者って奴か?・・・?じゃああんたもベヒーモスと、」
「「っ!?」」
・・・やっぱり悠長に話してる場合じゃなかったな。
そう考えてノルエルと顔を見合わせると、こいつは直ぐに俺の意図を察したのか障壁を解除します、と一言呟いた。
近くに強力なオーラが1つ増えたからだ。これは・・・
~~~
「貴様の相手をしている暇はない・・・!」
「よくも、師匠を!トウヤをっ・・・!」
このヒノカ流の使い手、オーラが・・・?
私は先程と同じく此方に殺意を剥き出してくる女の剣戟をいなしていた。この者の相手をしている場合ではない・・・!奴の姿や力こそ見えなくはなったもののその存在感は確かに感じる・・・おそらくはあれに見える土塊に何らかの関係があるのだろう。
「鬱陶しい・・・!」
「くっ!?」
私は力を高めて女を威圧した。いつあの男が再び現れるか、警戒を怠るわけにはいかん・・・!
「・・・貴様にも分かっているのだろう?貴様の刃では決して私には届かぬということを」
魔力を放ち、剣を女へと向ける・・・だが、大したもので女は恐怖することもなく此方に身構えている。
「そんなことは関係ないっ!私の大切な人を、人達をあんたはっ!」
・・・何故だろうか。この女の瞳を見ているとかつての記憶が喚起されるような感覚を覚える・・・この激情は復讐心、憎しみ、そして大切な何かを奪われたかのような・・・
「・・・貴様もあの男と同じく感情でオーラを高めているのか?だが、その程度・・・ものの数では、ない・・・!」
ぐわ、っと女に向けて剣を伸ばした、
「そんな偽の牙なんてっ!」
「・・・・・・同門だけあるな」
が、その軌道を読まれていたのか回避され、
「鋏牙っ!」
「・・・っ!」
女の剣が二又に分かれ私を挟み込む。
「このまま断ち切るっ!」
「・・・技は大したものだ・・・がっ!」
「お、押し返されっ?」
私の身体を挟み込んでいた二本のオーラの剣、それをチカラに任せて無理やりに外側へと押しやる。
「チカラが足りんな・・・!」
そのまま剣を使わず力の高まりのみで弾いた。
「くっ!強いっ!」
「・・・当然だ、私こそが最強の騎士」
「最強・・・?」
「そうだ・・・!タチオ・ヒノカよりも・・・!」
剣を女に向けて力を集中させる。
・・・そろそろ終わらせてやる。
「師匠・・・」
女は戦意を失ったのか棒立ちだ。
「そして、トウヤ・ヒノカよりも・・・」
ならば喰らえ・・・大剛、
「・・・俺がなんだって?」
「っ!!?」
ガンッ、と衝撃が私の身体を徹り抜けた。
「トウヤッ!」
「貴様っ!いつの間に!」
振り返ると背後に奴が立っていた。今のはこの男にもらった一撃か・・・!
「・・・手を出すなニルナ。こいつは俺がやる」
「トウヤ・・・?」
「貴、様・・・?」
恐怖の感情・・・何故か私の身体にそのようなものが奔った。
「・・・お前が王牙を使ったときに気付いたんだ」
「・・・ほう、何をだ・・・?」
背中に嫌な汗を掻いていることをおくびにも出さず私は奴に向き直った。
「・・・そして、その剣」
奴はヘルヘイムを見て言う。気付いたか。
「それは・・・・・・がっ!?」
「偶には役に立つものだ・・・!」
見ればアンリが彼方から両の手を此方にむけている。奴の動きを止める術だろう。ならばこの近距離ではここが好機・・・!
『やれ・・・オルレアンッ・・・!!!』
「言われずとも・・・!」
我が最大技、
「喰らえっ!!!」
今度こそ避けきれまい・・・その手ごたえを確信した、と同時に絶斬を放った。
「っ!!?」
「ニルナッ!!!」
しかし、奴の前に立ちふさがる者が居た。
「おのれ、邪魔を・・・!」
あのヒノカ流の使い手である女があろうことか奴を庇うように立ちふさがったのだ。
〜〜〜
見てはいけないもの、というものがこの世にはある。というよりも見たくはないものと言うべきか・・・
それは例えば近隣者や親類あるいは近しい者の死、等が挙げられるが、そういう悲しい出来事の他にもあるのではないだろうか。その死に纏わる知り合いの哀しみの感情、慟哭叫び・・・私はそんなものは見たくはない。そのためにこの治癒の術だけは重点的に鍛えてきた、と言っても過言ではない。
だが、私は見てしまった。
親しい者が間近でその生命を喪っていく様を見た、その哀しむ姿を・・・
そして・・・




