第91話〜系譜〜
「気配がない、ですか?」
再び闇の大陸を訪れた我々は、あの地面が抉れた場所へと舞い戻ってきた。
「ふむ。そう言えば連れ立って何処かへ行ったと聞いたな。大司教よ、心当たりはないか」
「いえ・・・てっきりこの地に居るものとばかり思っていましたから」
だがその場には勿論大陸にさえ災厄の王、そしてミシルさんは居なかった。魔法で我々を引き連れてきた大司教ジズさんですら何処に行ったのかは不明らしい。
「もしやお主と同じく転送を使ったのでは・・・っと、どうしたアルス?」
ハンスさんの持つ剣が突如淡い光を放った。
『ハンス・・・この魔力の残り香、おそらくは奴だ』
喋る剣竜アルス、またの名をエクスカリバー、それはかつて竜の姿を人の姿をしていたらしい。
「奴?というのはもしや先程の話にあった・・・」
『そうだ。かつてこの地にて神々にすら畏れられていたあの黒き魔神』
「やっぱり黒い魔神が蘇ってたんだ・・・」
「デュ・・・イルさん、貴女の懸念の通りになりましたね?」
私はジズさんの妹だという少女イルさんへと話しかけた。
だが?
「アルスさん?残り香とはどういうことでしょうか」
そして漏れ聞こえた会話の中で気になる部分があったため私は剣に訊ねた。
『・・・そうだな。戦いの後の気配、というほうが分かり良いか。つまり暗黒魔神バロールはこの地において何らかの手段を用いて蘇り、そしておそらくは何者かと交戦していた』
「!?・・・で、ではその黒い魔神が戦っていたというのですか?この大陸で?」
その眼で見られた者は即死する、という魔神・・・それが戦ったとは、
『多分な。奴の眼も発動したのだろう・・・かつて私が封じ込めたあの強者。だが、』
何故か何処にもその存在は感じない、という言葉を剣は発した。
〜〜〜
奇妙なものだな、というのが私の率直な感情だろう。
「ダークナイトと行動を共にするとはな・・・」
「アルカードよ、それは私の科白だ・・・」
だから思わず私と連れ立って歩いている者、アルカードへとそんな言葉が口を衝いて出た。
「だいたい貴様は力を取り戻したいと言うが、真にそのようなことが可能なのか?」
「それは分からない。ただ一族に伝わる話では燃える地に存在する狼の長は特殊な力を持つと聞いている。何の因果か分からないがこの地に来たからには会いに行くべきだろう」
銀色の髪をなびかせて私の連れは言う。
だが・・・
そのことに半信半疑であり、この者の人となりを知る私としてはそれを鵜呑みにするわけにはいかない。この小心者でありながら野心だけは人一倍大きな者が何を企んでいるのかが分からないからだ。例えばその狼の長なる者と手を組みこの大陸を・・・
考えれば考えるほどこの男が此処に居る理由を思いつかないため私は知り得る限りのことを訊こうと考えた。
「アルカードよ貴様は、」
「これはっ!?」
「なん・・・・・・っ!?」
真意を問うために狼に話しかけようとした、が目の前の光景に遮られた。
「何らかの魔法か・・・?」
見るも無惨な光景と言ったら良いのだろうか、まるで嵐に襲われたかのようにその場所は荒れ果てていた。
「ダークナイト・・・だがこの大陸にそのような強力な魔法の使い手が居るのか?」
「いや・・・私の知る限りこのような真似ができる者は居ない、筈だ」
私が居た頃は勿論、シエルにも確認したところ魔の力を持つような者は火の大陸には居ないとのことだ。
だがこれはどう見ても人智を越えた所業だ・・・
「火ノ牙・・・」
かつての友が暮らしていた場所火竜村・・・その変わり果てた状態を呆然としたまま私は見つめていた。
〜〜〜
ーーー時間は少し遡り
カリュウ村の一角ヒノカ邸にて、
タチオ・ヒノカは見たことのない来客を怪訝な表情で見ていた。
男女の2人組、女のほうは妖艶というか見るからに妖しい雰囲気を身に纏っていた。その見た目はまるで・・・確か伝記の内容だと開祖である火ノ牙天雄が今は無きヒザン村という場所にて出会った、と言われている九遠なる人物もそのような雰囲気だったとの話だ。うちの入口に立つこの女のような・・・人ならざる者のような?
「貴様がヒノカか?」
そしてもう1人男のほうは何というか・・・その全身から剣呑な雰囲気を発している、かなり大きな男だ。自分も大概大柄なほうだとは思うがこの金髪の男はその自分よりも更にいくらか大きな背丈をしている。金色の髪をしておりその瞳は青いので火の大陸の人間ではなさそうではあるし、しかもその男が身に着けている鎧はカグツチ政府所属の警備兵が身に着けているものとは趣が大きく違うためこの大陸で見るのは違和感が生じる。
姿から推測するに近隣の大陸からの来訪者・・・おそらくは水の大陸あたりの者だろうとは見当をつけた。
しかし?
「俺を知ってるのか?・・・ええと、あんたらはいったい?」
今俺の顔を見てヒノカと呟いたので大柄な男に訊いてみた。この男、元は端正な顔つきだったのだろう面構えをしてはいるが顔面が歪んでいる、ような印象を受ける。特に目元のあたりが。
「知っている・・・とは言え直接お目にかかるのは初めてだがな」
「へえ?誰かに訊いたのか」
大柄な男は目を細めて俺をまじまじと見つめた。
「そうだな。トウヤ・ヒノカに話だけは・・・」
「ふうん。じゃああんたはトウヤの知り合いなのか。あいつは元気か?」
「・・・おそらくはな」
「?」
俺は会話しながら奇妙な違和感を感じた。この顔が歪んだ男は話からするとトウヤの知り合いだろう。元服を迎えたばかりで浮かれて何処をほっつき歩いているかは分からない息子の消息らしきものを知り、訳もなく嬉しくなった、ための問いだったのだが。この大男は何故か現在のトウヤの消息は知らない様子だった。
「なあ、あんたは誰だ?トウヤとはいったいどういう経緯で知り合ったんだ」
「・・・・・・」
しかし男は俺の問いに答えることはなかった。余所の大陸から来て物珍しいのかきょろきょろと家の中を眺め回している。
「あんたもか?あんたもトウヤの知り合いか」
俺は質問の矛先を変えて女のほうへ訊ねた。
『オルレアン・・・もう良いのではないか?お前の希望通り生家とやらに連れて来てやった・・・彼の者の系譜に拘泥するお前の意図はなんだ・・・?』
女は俺に答えることなく男へと話しかけていた。
「黙れアンリ・・・ヒノカよ我等が此処に来たのはな、」
話している男が俺を睨み付け穏やかならざる雰囲気を醸し出した。
「奴の強さの秘密を暴くためだ・・・!」
「強さの秘密?ああ、もしかしてあんたもオーラの使い方を知りたいって口か?」
「・・・オーラならば使いこなせる。そうではない、奴を・・・トウヤ・ヒノカを斃すために私は此処を訪れたのだ・・・!」
「・・・その口ぶり。どうやらトウヤのオトモダチ、ってわけじゃなさそうだな!」
男から感じるえもいわれぬ威圧感、それを感じ取った俺はオーラを全開にした。
〜〜〜
「成る程な・・・その話を聞けばニルナ・カナワが言い淀むのも頷ける」
「いや、気にするなよガロウ?俺も大して気にしちゃいないし。そもそも俺が物心つく前の話だからな。顔も知らないし。それに、」
ニルナの顔を見たが変に照れ臭くなったのでやめた。さっきの開祖の物語の中で内容を検討していたら、父ちゃんが俺に一部を伏せていたのは俺の母ちゃんが居なくなったことに関係しているのではないかという結論になった。
だから俺の家の状況をガロウに説明したら気にしたような言い方をしたので、どうしてか俺が宥めるような感じになった。
「なにトウヤ?」
首を傾げて訊いてくるニルナに俺はさっき思ったことは言えなかった。母ちゃんが居なくても隣の家のニルナとネク姉妹が居たから寂しくなかったなんて恥ずかしくて本人に言えないだろ。
「いや別に」
「?」
「それよりも、だ。こいつをどうするかじゃないか?」
俺は地面に倒れている刀を指差した。
「むう・・・確かに」
「使えるものならば使いたいが」
「どうしたもんだろうな?」
俺達はオニマルという刀を見つめていた。先ほどまで刀から聞こえてきた声は急に聞こえなくなったのでその処遇をどうするか考えていたのだ。
というのも、
「なあガロウ、やっぱりシエルに渡すんでいいんじゃないか?」
「・・・私もそれは考えていた。元々は姫がジン・ガトウにお貸ししていたということだからな。それが本来あるべきところなのだろうが、」
どうしてかデュカ・リーナが刀の中に居て喋っていたから扱いに困っている。
何でそんなところに居るのか、使い手に何か問題が起きないか、それらのことを訊こうにもまるきり返事をしなくなった刀の扱いに。
「おっさんはまだ帰らないのか?」
「そうだな。あの者も対処に困っているだろうから何とかして解決法を探しているのでは」
「だといいけどな」
フェニス・カハラという鬼族のおっさんはさっき慌てたように部屋を出ていった。喋るオニマル、しかもデュカ・リーナの意志のようなもののおまけつきなので、鬼族の中で会議をして今後どのように扱うのか決めるそうだ。
でもそれって、元の持ち主の子孫であるシエルに相談をしたほうがいいのではないかと思うんだが・・・
「・・・む」
考えているとうめき声がした。
「起きたか」
「私はいったい・・・」
「お前がな」
俺は目覚めたジン・ガトウに今まで何があったのかを説明してやった。
「暴れたていたとは・・・」
「憶えてないのか?」
俺が訊くとジンは顔をしかめた。
「微かにではあるが憶えている・・・だがこの私がそのような・・・」
何やら言い訳めいたことを言い出したジンはともかくとして。
「ニルナ?」
オニマルを振っているニルナが気になった。
「分かったわ!」
いや何がだと思いニルナに訊くと、
「やっぱり神々の武具ってやつなんだろうな」
そう思える答えが帰ってきた。
〜〜〜
この男、流石にできる・・・!
不意討ちのような戦いの始まりではあったが私は眼前の大柄な男の戦闘技量に舌を巻いた。
「あんたはさっきオーラを使いこなせると言ってたっけな?でも、これならどうだ!」
その男の手には一本の木の剣がある。しかしその衝撃は私のこの白銀製の鎧にすら徹る。男はやはりと言うべきか只者ではない。
しかも、
「この地はなんだ?この違和感は・・・」
妙に身体を締め付けられるような、動きが鈍るような、そのような感覚を覚えた。
「・・・あんたは人に見えるが、どうやら魔物の類いらしいな」
「なに!どういうことだ」
斬撃を回避しつつ問うた。
「この村はかつて高名な妖術師が施した結界に覆われている。魔物が入れないようにな」
「結界だと」
「そうだ。しかし、あんたは村に入ることができている・・・?只の魔物でもなさそうだが」
言いつつその大柄な男、タチオ・ヒノカは更に此方を威圧してくる。
「魔物、か・・・魔力を扱えるという点では似通う部分もあるかもしれん。が、」
「なっ!?オーラ?」
私は魔力以外の力を高めた。
「そう・・・只の魔物と同列だと思うなよ!我が名はオルレアン、最強の騎士オルレアンだ!」
と、同時にオーラのみで形成した剣を中段に構えた。
「何者だ・・・?」
「言った筈だヒノカ。我が名は最強の騎士オルレアン・・・心突!」
心の臓目掛けオーラの剣を肥大させる。
「ちぃっ!昨日今日身に付けたもんでもなさそうだな!」
それを薙ぎ払いのけたヒノカも私に合わせるかのようにオーラを高めた。
「当然だ・・・実戦に於いて磨いてきたオーラの練度を見くびられては、」
斬撃の中でも最も得意とする技であり幾多の相手を屠ってきた、
「あっさりと死ぬぞ・・・!」
数えることすらできぬ無数の連続突きを放った。
「くっ、が!」
「ほう・・・貴様はやはり並の腕ではないな。常人ならば細切れになっているところだ」
私の連続突きを殆ど全ていなしたヒノカへ素直に賞賛した。
「人間の斬撃速度じゃあないな・・・」
唯一命中した足への一撃、左の太股から血を流しながらヒノカはこちらを睨み付ける。
「当然だ・・・私は人を越えた存在。言わば魔人とも言える強さを誇る。タチオ・ヒノカよ、死にたくなければ全力を見せてみろ・・・!」
そう、それこそが私が奴の生家を訪れた理由。あの男トウヤ・ヒノカの戦いぶりは網膜に焼きついてはいるもののその全容は未だに不明だ。だから同じ技を使うあの男の流派を技を探りにアンリを伴い此処に来たのだ。
『お前も慎重だな・・・否、猛執とでも言おうか・・・』
ようやく私の意図に思い至ったのか高みの見物者アンリが呟いた。
「・・・オルレアン、と言ったか。あんたはトウヤと戦ったことがあるのか?」
「ある、があの時は私の強さも然程ではなかった。だが今は・・・!」
「そうか。だいたい読めたな」
「・・・なに?」
この男は何かに得心したようだ。
「つまりあんたはトウヤと戦った、かもしくはあいつの特異性を知った。だからあいつの生まれ育った此処を訪れた。おそらくは・・・トウヤのことを知り、その上で戦うために。違うか?」
「・・・そうだ、貴様の言う通りだ」
だが、この男?
「・・・外に出たからには、いつかはあいつのチカラを気にする輩と出逢うとは思ってたが」
いくらなんでも早いな、とヒノカは苦笑いした。
「貴様・・・?」
その物言いは奇妙だった。特異性、今この男トウヤ・ヒノカの親である男は確かにそう言った。しかし自分の息子を差してそのような言い方はどうにも妙だ。通常ならば子というものは親の能力を大なり小なり受け継ぐものだ。才能と言い換えてもいいだろう。だが目の前のこの男の今の言い方はまるで自分の理解が及ばないかのようなものだった?
「・・・オルレアン。あんたがトウヤからどんな話を聞いたかは知らない。だがあいつは俺よりもむしろ母親のほうの血を色濃く受け継いでいる」
「それは・・・」
どういう意味だ、と問おうとしたが、
「どちらにせよあいつに害を為すのならば容赦はしない!連牙!」
「っ!?この技っ?」
此方を襲う剣の群れに問答をする暇は無くなった。




