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第90話〜九・・・十〜


ニルナとノルエルってやつが戻ってきた。

1人増えてるけどあのばあちゃんを呼びに行っていたんだろうか。



「マトフか。ノルエル、無間戦鬼ではないのだぞ」


「フェニス様、ですがガトウさんは疲弊してますよ」


「ほっとけ!こいつの自業自得だ!・・・それに角はある。そのうち目を覚ますだろう」


「そのばあちゃんってもしかして治療ができるのか?」


会話の流れから俺は訊いてみた。



「そうだ。このマトフは此の島では最長の者であり治癒魔法の第一人者。デュカ様を除けばもっとも治癒に長けていると言っていいだろう」



「ふうん」


それを聞いて俺はばあちゃんをまじまじと見つめた。


「な、なんじゃ人間。お主も別に怪我なぞしとらんじゃろうっ」


「?・・・ああ、いやそうじゃなくてだな、」


俺が怪我でも治してもらいたいとでも思ったのか、ばあちゃんは何故か焦ったように言い繕った。


「ただ、ばあちゃんの顔がなんか懐かしいなと思っただけで、別に怪我を治してくれとかそういうわけじゃないぞ」



「そ、そうか。ひやひやさせおる・・・ところでフェニス殿?」


「何だマトフ?」


「先程の言い草は語弊があるのではないか?」


ばあちゃんは剣呑な雰囲気でカハラのおっさんに訊いていた。


「はっ?何のことだマトフ」


「儂が最長云々というところじゃ。それは何というか違う話じゃろう?」


「ばあちゃんが一番年寄っていうのがおかしいのか」


「そうじゃ!」


むきになるほどのことでもないと思うんだが・・・理由を聞いてみるとそれはデュカ・リーナがそうではないか、ということだった。以前少し前にこの島にデュカ・リーナがやって来たから、ばあちゃんは一層そう思ったらしい。何か言われたのか?


「まあまあ、落ち着けよばあちゃん。そんなに怒ると皺が増えるぞ?」


「なっ!ぬ、ぐぐぐ。人を年寄扱いしよってからに」


「いや年寄だろ」


俺は事実を突っ込んだ。



「だ、大体人は皆年を取るのじゃぞ!其処に居るノルエルも!」


ばあちゃんは傍らに居た若い鬼族の女を指差した。


「ニルナ・カナワも!」


続いてニルナへも指差した。どうでもいいが何で女ばっかり指差すんだ。


「お主の母親も!」


「・・・ああ、もしかしたらそうかもな」


「む?」


別に誤魔化すわけでもないが、


「なんじゃお主、母親を引き合いに出されてされて憤っとるのか?」


「いや、そういうわけじゃないけどな。とにかく落ち着けよばあちゃん」


母親について誰かに何かを言われるのは久しぶりだな。

・・・横でニルナが何かを言いたそうな顔をしてるのはさておいて、


「ところで、ばあちゃんもこの島の偉いさんなのか?ジンやサタクみたいに」


「いんや、儂は治癒を除けば何の取り柄もない一住民じゃよ・・・それより人間の小僧よ」


「なんだ?」


ばあちゃんが改まった口調に変わったので俺は少し居住まいを正した。


「お主はさっき言っておったな。儂の顔が何か懐かしいと・・・」


「ああ、そうなんだよな。なんでだろう?」


改めてよく見てみるもばあちゃんの顔に見覚えはない。にも関わらず何か懐かしい感じを受ける。

意味が分からないけどどういうことなんだろうか?


「実はな儂も・・・」


人の縁は不思議なものだというのを以前何かの書物で読んだことがある。それは本来出会う筈のない奴等が出会うことにその出会い方の特異性があると言うことができるだろう。

・・・そして、その逆もまた然りで、出会うべくして出会う縁というものもある。


今初めて出会ったマトフ・サトイという鬼族のばあちゃんの顔を見て、そして話を聞いて俺は、


「もしかしたらそうかもしれないな」


1人頷いていた。


「お主にも心当たりがありそうじゃな?」


「まあ、な。心当たりというかむしろ先祖の話から判断したというか、今までにやってきたことを考えたらそんな感じかな、って程度だ」


「ふむ・・・じゃがお主はどう見ても人の子。あの者とは関わり無きようじゃが・・・」


「俺もそのあたりはよく分からん。でもな、実際にばあちゃんは会ってるんだろ。そんなばあちゃんがそう言うのなら」


話に聞いていただけの人名を実際に聞いて俺は僅かに高揚した。結果、いつもより饒舌になりばあちゃんとの話に花を咲かせた。それは無理もないことだと自分でも思う。


「しかし・・・早いもんじゃの。お主のその、ええとヒノキ流じゃったか?それができてから既に」


「聞いた話だと二百五十年だな。あとヒノキじゃなくてヒノカな?耄碌しすぎると若い奴等に突っ込まれるぞ、ばあちゃん」


「むぐっ?・・・人の揚げ足を取りおって。じゃが、やはりあの者を彷彿とさせるもんじゃのぅ・・・」


「似てるってことか?」


「そうとも言えるな・・・気さくでもあり飄々ともしていた。あの者は・・・」


それからさらにそのことを一頻り話したばあちゃんは、満足したのか部屋から出ていった。



「トウヤ君」


「ん、どうしたガロウ?」


マトフが去ると、その途端ガロウが話しかけてきた。


「いや、今の話は・・・」


「ああ・・・ヒノカ流を興した開祖の話だ。あんたは知ってるかな、火の国盗りって書物を?」


「勿論知っている。私の愛読書だ」


「なら話は早いな。ヒノカ流を興した奴は、その中に出てくるーーー」


俺はガロウに拳神という登場人物についての話をした。登場人物というか俺の先祖の奴だけど。



「うむ・・・実は私も火の国盗りは事実だと思ってはいた」


「そうなのか。じゃあ俺達がさっきしてた話も分かるよな」


つまり俺はさっき、マトフばあちゃんと火ノ牙天雄という人物について話していた。


「それは理解できたが・・・もう1人は誰の話だったのだ?」


「ああ、それはなーーー」


それと関わりの深いもう一人の人物についても話してたが、どんな奴か説明するよりはヒノカ流に伝わるあの話をしたほうが分かりやすいか。

そう思った俺は、稽古中に聞いた開祖の物語(・・)を話すことにした。





▽▽▽


〜歴5年〜

〜火の大陸〜




今日は祭りだ。

俺の村ではこの時期になれば海や田畑での収穫を祝い感謝するために村を挙げて3日間の祭事を行う。

それは大昔、この村の名前の由来にもなっている火の竜を奉るという名目も密かにあるらしいが、まあ飲めや踊れやのどんちゃん騒ぎをみんながしたいというのが本音だろう。

俺も嫌いじゃない、というかむしろお祭り騒ぎは大好きだ。今年は特に・・・



うん、それはさておき。


「お前、いいのかよ?」


俺は酒を酌み交わしている横の奴へと訊いた。


「あ?なにが?」


「なにがって・・・」

横の奴は振る舞い酒を呑みすぎたのか既に目が据わっていやがる。


「大体だな、てめえは水臭いんだよ!」


「え、どうした急に」


「急にじゃねえだろうが!俺に何の知らせもなしにいきなり祝言を挙げるから、だと!?そんなおもしろ、間違えた目出度いことを何で真っ先に言いやがらねえんだ!」


「・・・そんなこと言われてもだな」


というかこいつは絶対面白がるだろうからあまり言いたくなかったのが本音なんだけど。

いやそれよりも、


「お前いいのか?政務は」


火の大陸の代表者、つまり他の大陸に対する顔となった幼馴染みに俺は突っ込んだ。


「ああ!?今日のほうが大事に決まってんだろうが!大体お前は昔から、」


それからは長かった。俺の幼馴染み須佐之男は慣れない政務とやらで鬱憤が溜まっているのか延々管を巻いていた。内容はどうでもいいので割愛するが新しい方策を推し進めていくのは大変なんだろうな、とは子供時分に見せなかった表情を見て察することはできた。・・・忙しいだろうに。


「(大変ね天雄?)」


「(まあな。こいつは昔からこういうふうに悪酔いしやがる・・・でもこれがこいつなりの祝辞なんだろうから黙って聞いてやらないとな)」


俺は俺の伴侶となった奴と囁き合った。須佐之男は気分が乗ってきたのか好きなことをしゃべっている。ヒコウキがどうしたとかデンシャのエキが欲しいとか意味の分からないことを。


「なあ九遠?」


「なあに天雄?」


俺は改めて新たな家族となる奴を見た。


「お前は本当によかったのか」


「?」


「いやさ、お前のーーーーーー」


俺はこいつと出会ってからの年月に思いを馳せた、と同時にこいつの身の上を慮った。



・・・今日は祭りだ。

五年前、故郷火竜村に帰ってきた俺は大陸を妖魔の脅威から救った英雄として崇められた。それは厳密に言えば違うのだが、あの島に行って鬼の侵略が取り敢えず無くなったので歓待を受け入れた。その際、火竜村の村長に自身の娘と一緒になれと言われたがその話は蹴った。それは横の奴と同じく幼馴染み、しかもお隣さんのそいつとは今さら夫婦(めおと)になんぞなれるかっ、という気持ちも多分にあったのだが何より俺は俺自身の未熟さを痛感していたからだ・・・


「だがなあ天雄・・・本当に何処に行っちまったんだろうなあ・・・」


「分からんな・・・消息すら不明だというのは些か奇妙だな・・・しかも、またあの奥方も頑固者だからどうにも、な」


不意に愚痴を止め須佐之男は寂しそうに呟いた。

その気持ちは俺には分かる。というのは、


「神人は矢張り見つからないのか?」


「ああ・・・分からん。一弥までも居なくなって、いったい何があったのやら」


嘗て共に戦った、大陸の為にと戦った奴等のうち2人の消息が不明なことに因る。

そのうちの1人は生死すら不明だ・・・

何で悩みを相談してくれなかったのか、長期間何処かへ行くのに何故・・・


これが只の旅などならば俺は何も言わないし、須佐之男も心配すらしないだろう。あれから五年を経てあれ以来奴等の顔を見ていない。


ーーー日山村にはひとっこ1人居なかった。羅義神人は矢張りもう・・・



炒具菜(いぐな)村にはあいつ、斗剛一弥の奥方と子が居るが一弥は何処かへ行ったまま家に帰らないらしい。あの奥方は何処に行ったか知っている、ような素振りを見せたが知らないと言い張る。おそらくは俺や須佐之男へと知らせたくないと言い残した・・・つまりは危険な場所へ行ったということだ。何故、何故一言相談してくれなかった一弥?お前が妻子を差し置いて家を空けるなんて余程のことだろう。どこぞへ戦いに赴くなら俺も居る。須佐之男には忙しいからと気を使うのも分かるが何で俺に何も言わない!。

・・・それとも何か言えない事情があったのか?行先すら自分の妻に告げずに、しかも創った技の巻物を親父に託すだと!お前は帰ってこれない場所に行くことを知っていたのか。お前ほどの強さを持つ奴が、いったいどんな人外魔境に行くっていうんだ・・・


・・・つまりは俺は友達と思ってた奴に要らない気を使われた自分の不甲斐なさを悔やみ、結婚もせずに己の技を磨くことに没頭したというわけだ。


ーーーでも出会った。


「なあに?」


俺の傍で可愛く小首を傾げるこいつに。

隣村の日山村が人型の魔物に教われた、という報せを受けて大陸の南側で最も屈強な戦士である俺は魔物を退治するべく、また日山村で神人を探そうと村に行って襲撃痕を調べていた。その時に九遠に出会った。

それから行く当てがないと言い出した九遠の世話をするため俺はこいつと一緒に暮らし始めた。

あまり詳しい事情は聞いていないが九遠は何処か遠くから火の大陸へと流れ着いたらしい。

その場所が曖昧な理由は。


「いやな・・・よかったのか本当に?」


「なにが?」


「なにがってお前、ひょっとしたらお前には帰る場所があるんじゃないのか」


「わからない。思い出せないし。でもいいよ、こうして天雄と会えたんだし」


「そ、そうか」


俺はわけもなく気恥ずかしくなり手元の猪口に残った酒を一気に呷った。

・・・出会った当初こいつは自分が何処から来たのか、何故火の大陸に居るのか分からないと言っていた。・・・記憶喪失というやつなのだろう。だが別の大陸から来たにしては不可解な点もあった。それは火の大陸の奴が、主に南側の奴が着るような裾の長い白い着物を着ていた、ということや火の大陸の人種特有の黒い瞳に黒い髪をしていた、ということによる。それなのに火の大陸に見覚えがないというこいつはいったい何者なのだろう、と。

だが、そんなことはどうでもよかった。俺は一目見て惚れたこいつと共に暮らしたい・・・そう思った。


で、今日の祭りに乗じて祝言を挙げている。



〜歴六年〜



子が生まれた。昨年とは違い須佐之男が行った改正により名前を考えるのに苦労した。火語を使えないってお前・・・不便だろ。と思っていたがあの野郎のやりたいことのためにはそれも仕方がないな、と納得した。相変わらず自分の目的のためには手段を選ばない奴だ。つまりは大陸を豊かにするための前準備の一つなのだろう。


「天雄・・・」


考えていると妻が床から声をかけてきた。その腕には生まれたばかりの我が子を抱いている。


「どうした九遠?」

「・・・やっぱりいいわ」


その時俺は微かな違和感を覚えた。何故ならこいつは、妻は記憶を失っているため些細なことでも思いついたことがあれば包み隠さずに話すようにと言ってある。

だから言いたいことを躊躇うことは今までに一度もなかった。


「そうか。まあお前も疲れてるだろうからゆっくり休めよ」


俺は言いながら我が子を抱き抱えた。


「ええ、ありがとう・・・・・・・・・・・・・あとはお願いね」


「?ああ、任せろ」


何で子供の世話をするだけでこいつはこんなにも頭を深く垂れたんだ。

・・・まあいいか。俺は急に泣き出した子をあやすためにその場を離れた。



・・・俺は浮かれていたのだろう。愛する妻、そして子が傍に居ることに。

人と人との出合い、縁というものは不思議なものだ。俺があの日あの時日山村に行っていなければこうして子を抱くことがなかったかもしれない。

出合いというものは突然降ってくるものだ。九遠と会えて本当に良かった。



しかし、それと同じく別れというのも突然降って湧いてくる・・・



「何が・・・・・・」


次の日、九遠は忽然と姿を消した。



△△△





「三下り半、というやつではないのか?」


ガロウが表情を変えずに突っ込んだ。


「いやいや、ちょっと待ちなさいよトウヤ?」


「なんだよニルナ」


「私も師匠からその話は聞いたけど肝心なところを端折ってるでしょう?」


「ええ?そうか?」


「そうよ。開祖がその奥さんの蒲団を見たら、ってところを」


「蒲団を?・・・・・・?」



ニルナが何を言いたいのかが分からない。

というかこの話はガロウの言うような意味合いだと思って話したんだが・・・


「ああもう!書き置きよ!書き置きがあったって話でしょ!」


「書き置き?いや、俺は聞いてないぞそれ」


「へ?」


「書き置きってなんだ?」


「あ、ああー・・・」


何故かニルナの目が宙をさ迷っていた。


「ニルナ?」


「い、いや私の勘違いだったかもしれないわね(そう言えば師匠からトウヤには伏せておけと言われてたんだった)」


「ニルナ・カナワ?貴様は何を言う。あれほど確信を持って言っていたではないか」


「なっ!?・・・ガロウ・サイハ!」


「・・・俺の母ちゃんに関係あるのか?」


ニルナだけが聞いていて俺が聞いていない、おそらくはそれが理由ではないかと思って訊いた。


「それはどうか分からないけど・・・」


何故かニルナの師匠、つまり親父に俺にはその件については黙っていろと言われたらしい。それでニルナは少し気まずそうなのか。別に気にしなくていいのに。


「で、その書き置きっていうのはなんなんだ?」


「それがよく意味が分からないのよね・・・師匠に聞いた、枕元に残ってた原文のままだとーーーーーー」


それをニルナに聞いて俺もガロウも首を傾げた。うん、意味は分からないな。


「・・・先程の老婆の話だが」


「ああ、2人って言ってたからまだ結婚する前に来たときのことだろう」


マトフばあちゃんは二人とも知ってた。火ノ牙天雄と九遠って奴のことを。仲睦まじくこの島を訪れたそうだ。


「ふむ・・・」


「でも書き置きか・・・それがあったから」

火ノ牙天雄は居なくなった九遠って奴を探さなかったんだろうな、と何となく納得した。





▽▽▽




『天雄へ。今までありがとう、楽しかった。そしてわたしは此処に居るべきではない、だからこそあなたの顔を見るのが辛い。愛するあなたの哀しむ・・・いいえ私を見つめる瞳が変わるのを見るのがーーーーーー』



九遠が居なくなった蒲団には、二通(・・)の手紙が残っていた。

一通は俺に宛てたもののようで、その内容は記憶を取り戻したこと、それに伴い行かなくてはならない場所があること、俺への謝辞などが書かれていた。

それを見て俺はあいつともう会えないんだな、と悟った。



そしてもう一通は、



『いつの日か私の名の後に続く、そんな子が生まれるでしょう。その子こそが遠い夜を終わらせる。九に続く名を持つその子がーーー』


・・・?

この手紙はどういうことだ。九遠に続く名とは?

意味がまるで分からない。・・・・・・十がつく名前の奴ってことか?



今年の新しい政策で失われた火語で考えると十雄(とうお)十太(とおた)十介(とおすけ)十一(とおいち)十子(とうこ)


ざっと思いつくのはこんな感じだな。

子供の名も決めないとな・・・





△△△




〜〜〜




火ノ牙家に伝わる話・・・生まれた子の名前はその血を受け継ぐ者がつけない、と口伝に因り定められている。


だからあいつが、トウヤの母親であるあいつが家を出たのは、口伝を知りそのことを察して責任を感じたからではないか、と俺は思っている。



『火ノ牙十夜』、おそらくあいつはそんな火語をイメージして名付けたのではないか・・・




タチオ・ヒノカは深夜に家に訪れた来客の顔を見ながら、十数年探した出奔した元妻の心情を思っていた。それは2人の来客のうち1人の女性の雰囲気が口伝にあった九遠という人物を彷彿とさせた、からかもしれない。

その女性はもう1人の顔が妙に歪んでいる大柄な男に微笑みかけているように見えた。

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