第89話〜魔ジン〜
身体が、重い…!
『どうしたオルレアン…お前の力はその程度、か……?』
「五月蝿い!貴様は黙って見ていろ!」
『ふっ……』
私を嘲笑うかのようなアンリに構っている場合ではない。
何だ、この者は?
私は目の前に立ち塞がりその場から微動だにしない者の全身を眺めた。威圧感以外は何の変哲もない、魔力自体も然程感じないこの者……アンリはバロールと呼んでいたが、そんなことよりも重要なのは。
「私の動きが鈍っている…だと?」
この身体に違和感を生じている。
『……1つだけ言うとだな…』
「…何だ?」
『…その者は本調子ではない……』
「っ!何だと!」
何気なく言ったアンリのその言葉に私は驚愕した。正体こそ不明だがこのバロールという存在、何かしらの圧力もしくは手段を以て私を鈍らせていると推察している。
今の無尽蔵に魔力を吸収する私の力、魔剣を持つこの私を以てしても!
『…暗黒魔神バロール……その者が持っている眼は悉く破滅を導く……尤も…今は閉じているがな』
「…破滅、だと?」
『そうだ…この世界に生きる生物のみならず、無機物ですら存在しているのならば…確かに在りさえするのならばバロールの眼で直視されれば直死する…それゆえにその眼は魔眼と呼ばれているのだ…』
「…成程。魔眼を持つ魔神、というわけか…」
私は重たい身体を動かして黒い者を見た。その上部あたりの形は人で言うのならば頭なのだろうか、その下に付いている胴体らしき部分とは離れている。上部の頭は黒い霧のようなものに覆われており詳しい色や形は判然としない。
『どうやら機嫌が悪いようだ……』
『…………』
「…貴様は知っているのか、その魔神のことを」
その黒い者が発する雰囲気が空気を澱ませていくような、その感情の揺れのようなものを感じた私はアンリへ問うた。
『まあ…な……暗黒魔神は我が生じた時には既に存在していた…言わば先達ということだ…』
『…………』
で、あるにも関わらず魔神は一言すらも発することはない。先ほどアンリが言ったように機嫌が悪い、ということなのだろうか…?
「だが、それならば貴様の呼び掛けに応えるというのは奇妙な話ではないか?」
『……魔眼、如何に強力なそれを以てしても我には及ばぬ…とある理由でな…もっとも、暗黒魔神が我が呼び掛けに応えるのはそれだけが理由ではない…』
「…理由…?どういう、ことだ?」
『お前がそれを知る必要はない…』
「ちっ、貴様という奴は…!」
…だが、アンリがそう言うのもまた真理ではある。この外道と魔神の関係性云々よりも重要なのは、私が魔神に打ち克つことができるかどうか、ということだ。腸が煮えくり返るようなものの言い方ではあるが今は、
「バロール、といったな…!私は最強の騎士オルレアン。故あって貴様を滅ぼす……!」
魔神とやらを倒すことが先決だ。そう考えて眼前の黒い者へと身構えた。
『…………最、強……?……騎士………?』
「っ!?」
地の底から響くような声、それは黒から聞こえたようだった。単なる無機物ではないの、か…?
「そうだ!私が、最強の騎士だ!」
『……最強………騎士…………ア、ル……ス』
その瞬間、カッ!っと何かが光った。
「ぐっ?何だこのプレッシャーはっ」
先程までの重い身体の比ではない。私は剣を構えたままその場から動くことすら出来なくなった。
『得意の影縫い、か……だが暗黒魔神よ、あまり舐めてもらっては困るな……我が最強の……兵を…!』
『…………アル、ス…』
「…?……この敵意、私に向かって…ではない?この者は誰に、否何に対して憎しみを…」
黒いその異形が呟くことに疑問を持ちながらもアンリがほざく言葉を反芻した。影縫い。
……つまり、先程から私の身体が重いのはそういうことか……?しかし奴が何かをしたような素振りは無かった。強いて言うのならその得体の知れぬ眼光――
「っ!?ま、まさか!」
『……流石だな…閉じてはいても魔眼か……だがお前ほどの者が封印されていると聞いたときは我が耳を疑った………いくら生命の樹の輝きを用いたと言えど………いくら彼の血族が』
『…アルス……アルス………アルス…………アルス………………アルスゥゥぅゥゥぅゥッ!!!』
「っ!?何だっ!?」
アンリの言葉を遮って、黒い魔神が何かを……まるで憎い仇の名を呼ぶかのように吠えていた。
……黒い霧のような姿から漏れ聞こえくるその声は地の奥底より響くような、そしてその姿は……仇を追い求める姿はまるで――
『…成程……不機嫌なわけだ………面白いだろうオルレアン…?これこそが最強の成れの果て……言い換えれば…強さの代償、と言ったところだ…』
「なに?…なにを、貴様はなにを言っている、アンリ!」
目の前で狂ったように猛る黒き存在…黒き魔神を見ながら言うアンリのその言葉に私は噛みついた。
『なにを…だと?…言ったろう……最強の成れの果て、だと……暗黒魔神はその強さ故に討たれたのだ…かつて世界が成る前……太古の昔…勇者と呼ばれていた者に』
「討たれただと?」
勇者…?
『…そう……勇者、アルスに……最強とも騎士とも呼ばれていた……一体の強き者に…』
…口ぶりからすればそれは想像もつかぬほど大昔の話なのだろう。それでもなお自身が最強の玉座から蹴落とされた恨みが潰えないものなのか……否、それは私とて…!
「はぁぁぁぁぁ!」
ぶちぶち、っと音がし身体を覆う枷より解放された感覚を覚えた。
『それでいい……強さに…過去に囚われし哀れな…その魔神を滅せよ、オルレアン……?跡形も無きようにな…』
…古に最強と呼ばれていた者よ、黒い魔神よ、貴様の無念は理解できる……だからこそ!それだからこそ!
その、想い……!
「私がこの手で絶ち斬ってやる……!」
『っ!?ア、アルス!?……カッ!!!』
周囲から魔力を吸収し剣を形造ったその時、
「これは!?……これが魔――」
死を予感した。
〜〜〜
…初めてその黒き存在を目にしたとき、我はそれを自らの手駒にしようと考えた。気づけば世界に存在していた自身、そんな存在が初めて邂逅したのだ性質近き者に。しかしその黒き存在…黒き魔神は意に沿うことはなく。
その後、黒き魔神とは敵対したものの互いのその強大すぎる力の所為か決着はつかないまま月日が流れた。
だが、敵対し争いを繰り広げつつも我は黒き魔神へとある種類の敬意を払うようになっていた。
それはその比類無き強大な魔力に対してだったか、類い稀な能力、魔眼に対してだったか、世界の全てを呪うその自身に対する存在意義だったか、魔神の持つどれに対してだったかは不明だ…おそらく全てに於いてだったのか分からない。しかし、そのうちに我は地の底へ逝った…あの憎き、憎んでも憎みきれること無きあの火炎の牙に貫かれ……
その時は火炎の牙が存在していた…消えること無き万物の想念を糧とする我はいつの日か蘇ることを抱いていた…
我が懸念…それは…火炎の牙には子孫が居た……正しくは彼の者は生物であり子孫を遺すだろうと推測できた…
そして気の遠くなるような月日を経て舞い戻ってきたこの今の世界にも感じる…負の想念と理を反する、あの忌まわしき火炎の牙の想い…奴が肉体を持っているかは不明だ…が、想いある限り奴の牙もまた不滅…喩え奴の子孫だろうとそうでなかろうと血を持たざろうとも、火炎の牙を持っていることに相違ないことだろう…忌々しい彼の血族の力もまた奴を助けるかも知れぬ…彼の血族、龍の血族共を皆殺し、我の妨げを排除する…だが此の地にて血族の一体を屠った際に一つの違和感を感じた…滅び、死した筈の彼の血族の者は死してなお負の想念を放出しなかった…あれは我には理解できぬ…何故、絶望ではなく希望、負ではなく正の想いを持ちながら滅びゆく…?正邪を違えぬ…?
相も変わらず…セイなる物の想念は……我には理解できぬ――
……だが、些末なことを全て掻き消す…そのような者に出逢った……刻むことすら億劫になる永き果てに……
その、者は、火炎の牙と同じでありながら……その性質は異にしていた…闇の、牙…闇に魅入られし…あの憎き火炎の牙に貫かれる寸前我が抱いた想い…火炎の牙さえ滅ぼせば我は…
その…ために、闇の牙を高みへと……あの時の火炎の牙よりも更なる強者へと……
その、ために…その糧に…あの国の支配者に聞いた討たれた、黒き魔神を呼び寄せたのだ…我と同じく…想念を糧とす…悪意を殺意を糧とす…今は形無き黒き…魔神…だが永年生命の輝きに抑えられていたのか…かつてほどの脅威は感じられなかった…この地ですらこれほどまでに薄きものになっているため、それは無理からぬことだ……だがそれでも黒き魔神の眼…あの魔眼は顕在だった…それでいい…お前も……我が、復讐の糧となれ…!
そして、奴の眼が開いた…!
……闇の牙、此処で滅ぶようならばお前に用は無い……このまま此処で朽ち果てるがいい…………!
……だが、可能であるならば、お前が……克て…
――アンリ・マユは自身が初めて抱く感情、まるで人が持つようなそれに気づくことはなかった。だから本来自分が持つ筈のないその感情を何の疑問も持たずに受け入れた。
〜〜〜
――戦いの記憶。それは自身にとっては欠け替えの無いものだ。
私はものごころついた時より戦いにのみ専心してきた。
その修練を、実戦を重ねてきたことによりそれは代えがたい自信となっていた。私こそが最強だ、と幾度思い抱いてきたことか。
だが、ある日を境に私のなかで強さの価値が一変した。
それは自身の務めを全うできなかったからかもしれない、仲間を家族を喪ったからかもしれない、帰る場所を失ったからかもしれない、だが一番強い想いは間違いなく、
――敗北したからだ。
それを…その初めて芽生えた感情を打ち消すため、自身に敗北を刻んだ者を討つために修練に没頭した。
また恩ある者へ借りを返すために働いた。
――だから出会ったのだ。
あの男に、いや男と言うには若いあの少年に。
しかし先んじて力を持っていた少年に敵うべくもなく。
それでも私は目的を見誤ることはなかった。我が国を、国に生きる民を何の痛痒もなく消失させた悪鬼を殺すというその目的。
――果たしてその目的は叶った。
それは予想だにしない強さの上昇手段ではあったがとにもかくにも私は本懐を果たすことに成功した。真の意味ではなく仮に、という言い方にはなるが。
その仇は滅ぼしたはずなのに再び現れた。
だが一度は討ったことで僅かに心の余裕が出来ていたのか私はその者を生かすことにした。勿論再び滅するのも辞さないがそれよりも責任を取らすべく生かしたほうが余程有意義だということに気づいたからだ。
私の目的はその時に2つに増えた。
1つは再興を、そしてもう1つは最強を……!
――だが、誤算が生じた。
……否、それはなるべくしてなった、とも言える、か
かつての仲間の顔すらろくに思い出せないが、最近の近しい者たちは辛うじて顔と名を憶えていた。
リシナ・トゴウ、ガロウ・サイハ、そして……トウヤ・ヒノカ。
私は自身とは違う形で最強に近い者へは敬意を持つ。あの仇敵ですら憎しみ以外の感情はある。だからこそ二度目は生かしておいてやった。
……そして新たな仲間………否、仲間というよりも協力関係にある、と言ったほうが正しいあの女…
その、女の言に従い私は今。
私は今…………!
ッ!!!
今の私は、
「最強だっ!!!」
身体から全ての力を、生命を失う感覚に陥る、直前に今まで生きてきて見聞きした、戦った全てを今の一瞬で回想していた……
おそらくは。私は死ぬ間際、その生命を失う寸前だったのだ…!
だが、踏み留まった、私のこの強き想い故に……!
「貴様では……私は殺せないっ…!」
目の前の黒き存在、魔神へ向かって私は吠えた。
「ウゥォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
そして全力の一撃を解き放った。
〜〜〜
直死の魔眼…相も変わらず凄まじい業…否、業を越えた現象也…!
…辺り一面、無機物ですら滅するこの業を我は…そして、我の見込み違いだったのか…廻り合った闇の牙…………オルレアン……バロールの魔眼が発動したその瞬間、闇の牙はその力を失い生命までをも……!
『……我が尖兵と成り得ぬ……か…』
だが、
「貴様を、全てを絶ち斬り私が最強の座に就くっ!」
オルレアンの身体から鈍色の光が発し、
『ウォォォォォォォォン!……ア、ル……ス…………』
我が旧知……黒きあの魔神が光へ呑み込まれていった。
「ハァ、ハァ、ハァ……何と言う……想いか…」
『……だが、それに打ち克ち…よくぞ討った、それでこそ我が尖兵に相応しき闇の牙也……』
「……ち、貴様の気紛れには付き合っていられんな……!」
『なに……気紛れ、だと……?』
「そうだ……死者を弄び、しかもかつての同胞もこの手にかけさせる!それもこれも私の為にと見せかけその実貴様の目的を果たすため!だがそれほどまでに危険を侵す私を貴様は高みの見物だ。今の黒き魔神は下手をすれば私は跡形も無かっただろう。最強を自認する私ですら今の戦いは危なかったことだろう!」
『……だが、お前は生き残った……それに、何の不満がある……?』
「っ!……貴様のやり方に問題があると言っているのだ!おそらく、今の魔神に私が負けていたならば貴様は、今度はあの魔神を利用していたろう!?」
『……ちっ……賢しい者は身を滅ぼすぞ』
「五月蝿い!……兎に角今後は貴様の指図は受けん!貴様に利用されるなどと虫唾がはしる!そのことをよく憶えておくことだな!」
『……ふん、何とでも言え……だが結果としてお前は強くなった……闇の牙、以前見たときよりも威力を増していた、であろう……?』
「……当然だ。絶斬は我が魂の一撃、それはチカラのみならず想いを込めている故に……!」
『……そうだ…それこそが我が持ち得ない、我が求めた牙の力、その…本質也……』
「なん、だと……?どういう…」
『知っておけ……最強の牙の使い手……火炎の牙もまた…そのような……誰よりも、何よりも…人の想いを込めていた……』
「火炎の、牙……それは…まさか」
『……だがお前は先の戦で…おそらくは、火炎の牙を越えた……闇の牙……オルレアン…………否、魔の力を持ち………本来あり得ぬことだが……人の想いをも併せ持つ――』
魔人オルレアン
「魔人……」
そう…この者さえ在れば二度と後れを取ることはない、我がそのことを確信した瞬間だった……




