第80話〜牙〜
ひんやりとしたその場所はおよそこの世のものとは思えない程に生物の気配を感じなかった。
今の自分の凄まじいまでの他者の力を感じる感度によってその場所に足を踏み入れた瞬間からそのことを悟った。
「貴様・・・私を強くスるという話はドうなっタ」
そのような場で微かに話しにくい舌を回しながら目の前の女へと問うた。
『慌てるな・・・此処が何処か判るか、闇の牙・・・』
だが私を制するかのようにその背から翼の生えた女は私に言った。
「何処ダと・・・・・・察するに、墓場・・・か?」
私が問い返すとその女は僅かに口の端を歪めた。
『そうだ・・・魔の、闇の力を持つ者が、その生命を失った際に還る場所・・・この世界では墓場と言うらしいな・・・』
「やはりナ。だがそんなことはどうデもいい・・・!そろそろ本題に入レ・・・そのようナ場所に何の用があル・・・私にはやることがあるのダ。貴様の戯言に付き合っていル暇はなイ・・・!」
『慌てるな闇の牙・・・』
「・・・先程から貴様ハ私をそウ呼ぶが、それはどういう意味ダ・・・」
『・・・力の持ち主というものは得てして自らの力に気づかぬものだ・・・教えてやろう・・・かつて無敵と謳われたこの我の肉体を消滅に追い込んだ牙の威力というものを・・・!』
この目の前の女が初めて感情を露にし言葉を発した。
▽▽▽
我はある日突然生を受けた。
そして我は孤独だった。
それ故他者へと近づくことはなかった・・・
そして、世界は我を拒絶した・・・それは我が己の感情の赴くままに世界で過ごしたためかもしれないが、そのようなことは我にとっては些末なことでしかない・・・我にとっては。世界に生きる者達にとっては我によって引き起こされる事象がつまりは問題だったのだろう・・・それでも生き物は何もできずに我に干渉することすらしなかった・・・
だが、あの者達は違った・・・あの生き物達は・・・
あの者達と出逢った時より幾度星が廻ったかは定かではない、地の底へと追いやられた我にはそれを知る術すらない・・・
魔物の闇、竜の力、人の心・・・そのどれをとっても何をやろうとも我には通じない。様々な者達が我に挑んできた・・・我をこの世から滅するために。魔物や竜や人、そのどれもが我に及ぶべくもない程度の力量だった・・・・・・その筈だった。しかしある者達が結託し我に挑んできた際にあの者は居た・・・あの強き生き物は・・・
あの強き生き物は剣を持っていた・・・我には武器など必要はない・・・それ故に、だからこそその生き物に後れを取った・・・
魔物の魔法、竜の息吹、人の技・・・我には通じぬ、だがその生き物だけは別だった・・・・・・我に突き刺さった剣・・・我を焼きつくした火炎・・・闇を好む我を眩しい場所へと引きずり出したあの・・・
△△△
牙、と女は言った。それだけは赦せないものだ、と。
「・・・だが貴様ハこうして生きていル。亜人・・・いや魔物か貴様は・・・貴様がどれだけ強力だったかハ知らん・・・しかし結局は貴様を消すことは叶わなかっタのだろう」
私は目の前の女・・・自身には及びはしないものの、それなりに強力な力を感じるこの女は何故そこまでその牙とやらを警戒するのか分からずに怪訝な顔を向けた。
『恐れることはない・・・この地には火炎の牙が持つ力は感じることはない・・・だが、我は同じ轍は踏まん・・・牙には牙を』
「・・・それが私、ということカ」
『そうだ、闇の牙・・・』
と、女は言いながら一旦息をつき、
『・・・否、理から追放されし者よ』
此方を見ながらそう言い直した。
〜〜〜
ジン・ガトウの案内により巨大な銀色の前に到着した。その見た目に反して精気こそ大して感じ取ることはできないが、
「なんだろうなこの感じは?」
何か懐かしいような雰囲気を感じる。
「・・・・・・」
俺が銀色の山を見て訝っていると、ガロウが微妙な表情をしていた。
「どうしたんだガロウ?」
「・・・この想念はいったい何だろうか」
「想念?」
ガロウが言うには銀色から、とある感情のようなものが発せられているということだ。
「言われてみたら・・・・・・これは焦りというか、急いでいるというか?」
確かに、凝視するとその銀色の山は僅かに後退っているような感じだが?
「逃げようとしてるのか?それにこいつは何とはなしに懐かしく感じるけど・・・」
その理由はいったい何だろうと考えてみるがよく分からない。それにこの銀色の山・・・以前いきなり此方を襲ってきた丸太みたいか奴や鳥みたいな奴、のようにいきなり襲ってはこない。
もしかしてその体が大きすぎるから俺達が見えてない、とか?
「・・・その感情云々はともかくとして、この守護者の石は何処かしら?」
「そうだな。僅かだけど実際に動いているっぽいからこの巨体の何処かに石があるんだろ」
デュカ・リーナの指摘ももっともなので俺は素早く山の後ろに回り込んで赤いものを探した。その間もやはり山は僅かに後退っている、ように見えた。しかし、回り込んで銀色の山の全体を隈無く見ても赤い石は見当たらない。
大きさから考えて石も巨大なものが使われているかと見当をつけたがそういうわけでもないらしい。
「襲ってはこないな」
再び山の正面に戻って姿を見据えても山はやはりジリジリと後退している、ように見える。
それならば俺の主義としては俺から攻撃することはない。俺は基本的に相手が此方を襲ってくる場合や明らかな敵意を持ってくる場合以外は応戦しないことにしている。
「なあ、ジン・ガトウ?お前が会った時はどうだったんだ。この銀色の山は襲ってきたのか?」
「・・・・・・・・・憶えていない」
「いや、さっきの出来事だろ?」
何かを言い淀む大男に俺は突っ込んだ。
「・・・攻撃は受けていない」
「そうか、つまりお前は・・・・・・いや、何でもない」
俺は気づいた。何でジンが言いにくそうだったのかその理由を。それを言おうとしたら何か凄い睨まれたのでやめたが。
そう考えたら・・・実はこいつは臆病なんじゃないんだろうか?
「それよりも知恵の石は無かったようね?」
「ああ。少なくとも目に見える場所にはないな」
「そう・・・できれば完全なものを回収したいのだけれど」
デュカ・リーナは知恵の石にご執心だ。こいつに聞くところによればあの石があれば魔石なる代物が新たに造れるかもしれないという。ミシルを急激に強くさせたあれのことだ。
だが、
「仮に手に入れてもお前に悪用されるぐらいなら壊すぞ?下手に使ってまたミシルみたいに記憶が無くなってもめんどくさいしな」
前に闇の大陸でミシルに起きた出来事を思いだし、俺は釘を刺した。
「・・・確かにそうね。貴方ならそうかもしれないわね」
「お前なら何か違うのか?」
「ええ。少し考えていることがあるの。それに、もし新たに魔石を使って前のような事態になったら私が責任を持って収拾するから安心してくれないかしら?貴方には迷惑はかけないわ」
「ふうん。まあそこまで言うなら渡してもいいけどな。そもそも俺のものでもないし。ただ無傷でそれが手に入るかどうか、それが難しいんだよな」
と、俺はジン・ガトウをちらりと見ながら言った。こいつはこの目の前の山に襲われるよりも前に銀色に襲われたらしい。その銀色は前に俺が叩き斬ったものに似たようなやつだったが応戦して倒したとのことだ。サラマンドラが。
その倒し方があいつの火炎で焼きつくしたというものだからその残骸も石も跡形もなく燃え尽きたということなのでこれまた知恵の石は回収できない。
俺もさっき銀鳥を倒す際に石を欠けさせたので他人のことは言えないが。(それに前に鬼ヶ島に来た時に何も知らずに俺が斬ったやつは綺麗に真っ二つになっているし)
だから使用できそうな可能性のあるものは実際この山に使われているだろう1つぐらいしか残ってない筈だ。あとはアサエがボロボに使っていたものぐらいだがあの女は頼んでも間違いなくくれないだろう。
それらとは別の可能性に賭けてサラマンドラが島の火山跡に様子を見に行っているが、それもあまり期待しないほうがいいのかもしれない。いや分からないが。
「・・・思うのだが、ニルナ・カナワは何処に居るのだろうか?いや、どういうことだった、何が起こったのか」
「そうだな。あいつなら精気の扱いも巧いから・・・?・・・そうか!!」
ガロウの疑問に答えようとしてふと気づいた。
「サタク、お前はさっき言ってたな?何とかっていう鬼族の奴がニルナが精気に取り込まれたって。その前に何かをやってたって」
「あ、ああ。確かにそう言ったがそれがどうした人間。俺にはノルエルが言った意味はいまいちよく掴めなかったんだが」
ーーー精気に取り込まれた。
そのノルエルってやつはニルナがそうなった、とサタクに言ったらしい。
三年前、ヒノカ流を修めて十五歳になった時点でニルナは九天の奥義を全て使えていた筈だ。実際に使える単なる技、牙とか盾とかはあいつが使っている姿を見たことがある。
でもあれは?あの一番難しいとされる最後の技、俺でもそれっぽいものが使えるぐらいで完全に使いこなしているとは言い難いあの最終奥義はどうだろうか?親父、師匠であるタチオ・ヒノカですら使うのが憚られるあれならば、あれを使おうとして失敗すればサタクが聞いたような状態になるのではないか?
それに島のそこかしこで精気を感じるのに姿を見せないニルナ、形状を変化させるという銀色の特性、知恵の石の精気を取り込む効力、それらを全て併せて考えると・・・そして先ほど感じたあの感覚・・・
俺はそこまで考えると、
「ニルナッ!」
目の前の山に向かって叫んだ。
すると、山から感じる感情のようなものが揺らいだ気がした。
「やっぱりか。お前は使ったな、[天]を・・・」
さらに、山から感じる精気が増大したため俺は自分の考えが正しいことを悟った。
▽▽▽
「きばを?」
それは初めて精気の概念を習ったときのことだった。
「そうだ。こいトウヤ!」
俺がようやくオーラを感じ初めたぐらいで牙を使えるか、という程度の熟達ぶりだったので今思えば無茶ぶりだった気がしないでもないが、とにかく俺は親父に全力で牙を撃ってこいと言われた。
そう言われた俺はあまり深く考えずに牙を親父に向けて放った。
「おおぅ・・・予想外の威力だな」
親父は何か驚いていたが、それでも親父からはオーラは感じなかった。
「とうちゃん、おーらをつかったのか?」
「いや使ってない」
「え。じゃあなんでおれのきばをとめれたんだ?」
俺が心底不思議に思って尋ねると親父はニヤリと笑った。その前の日ぐらいに俺は自分の牙を使って家の壁を破っておりその威力を知っていたからだ。余談だが俺は比較的早い段階でオーラを使いこなしており、その威力は家にある物の折紙つき、つまりかなりの家具や壁や岩などを破壊していた。
「今のが精気の使い方だ。使い方自体はそこまでオーラと変わらないが、精気を集めるという点が何より難しい。そしてそれができなければ九天奥義の技を全て使うということはできない」
「どういうこと?」
「・・・そうだな。まだお前には難しいかもしれん。今父ちゃんが使ったものが精気を使う技、大気術の基本、そしてその基本を突き詰めて九天の最終奥義にまで昇華させたものが・・・天、と呼ばれるものだ」
「てん?」
「そうだ。ぶっちゃけると際限なく身体に入り込んでくる精気を可能な限り、というかそれ以上に取り込み己の力とするものだ。得物を媒体としても可能な・・・だがその見極めを謝れば、逆に大気へと精気の漂う場所へと自分が取り込まれる。その見極めの難しさ故に最終奥義とされている。それは一説には・・・っと、お前にはまだ難しい話だな。その話も別に技には直接関係ないし」
親父はそこまで言って朗らかに笑った。
△△△
そう考えれば、ニルナがあの山の中に居るのではないかと俺が思った理由は理解できるだろう。
事実あいつの名前を呼んだだけで、さっきガロウが言ってた想念、感情のようなものが凄まじく揺らいだのが見てとれた。
だがこっからだ。
本当にニルナがあの山に居るとすれば下手にぶった斬るということもできない。あの山はつまりは・・・
「・・・どういうことかしらトウヤ?」
「ああ、おそらくだけどなーーーーーー」
俺は自分の導き出した考えをデュカ・リーナに話した。
「・・・そう。それで?どうするつもりなのかしら。そうなると私では力にはなれそうもないわ」
「そうだな・・・俺もこんな状況はなったことがないからな、どうしたらいいかなんてのは、」
俺は精気を取り込み過ぎないように体への流入は慎重に見極めている。それでも自分で使いこなせる量よりもかなり余裕をみているため取り込み過ぎた時の対処法は知るはずもない・・・
・・・!
そう言えば?
「あの話はまさかこのために・・・」
何年か前にこれまた親父に聞いた話があった。
それは九天の技が完成に至った経緯の話だった。
その話を聞き始めた時に俺は微妙な違和感を覚えていたのが開祖が創ったとされるヒノカ流、その技は開祖だけではなく他の誰かの入れ知恵があったのではないのか、というものだ。
何で俺がそう思ったのかというと、他の八つはオーラが使えることを前提にした技で、体気だけでも勿論使えるし精気を使えば尚更、さらに威力が上がるというものだが九つ目の天だけはオーラではどうしようもないものだからだ。
他の力を転用することは誰かに聞いたのか?例えばリシナの先祖の妖術師とか、そう考えるのが一番しっくりくる。オーラを好んで使っていたという開祖と親しいといえばそのあたりだろう。
でも、リシナの話を聞けばリシナの先祖は神人を追いかけて、そして闇の大陸で・・・
だから他には・・・・・・例えば誰か魔力を使える奴とかと知り合いじゃなかったのだろうか?
俺が今その考えに至ったのは最近知った精気と魔力の僅かな相違や酷似した部分による。
つまり精気や魔力は似たり寄ったりなもので・・・・・・
だから俺は、
「ヒノカ流九天奥義、牙!」
銀色の山に向かって剣を伸ばした。
〜〜〜
『そういう、こと、か・・・』
何故自身に起こった出来事が後世では違う形になって伝わっていたのか。
『あの剣闘士、の話・・・が正し、かった・・・その・・・疑念、も・・・』
何故あの剣に施されていた呪いを見た時に思い出さなかったのか、いや思い出せなかったのか。
『それ・・・こそ、が、真・・・の・・・』
何故、長年連れ添った者が己に牙を剥くのか・・・
『済ま、ぬ・・・エン、キドゥ・・・そして・・・人間達、よ・・・』
何故己は大切な友に、
『だが、お前の・・・その、一本・・・はどこ、に・・・』
剥き出しの敵意を向けられたの、か・・・
魔力によって蘇った戦士、光をその身に纏った戦士は人知れず、再び永い眠りについた。
自らの友を道連れに・・・




