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第78話〜傷痕〜


指し示された方向へと進んでいたら遠くから大きな音が聞こえてきた。衝撃音のようにも聞こえたそれは、自分の知る2人、いや3人が居る場所だろうと思われて僅かに不安に駆り立てられた。


「既に戦っているのでしょうか?」


とはいえ現在のこの大陸において最も自分が知る人物、それにしてはその場所に到達するのが早すぎるという疑問もある。


・・・しかしもう一方で早すぎるとはいえそれはそうかもしれないと納得している自分もいる。

何せあの人は、


「飛翔してましたからね、どういう理屈か・・・」


移動する速度を少し速めながら先ほど変貌したミシル・タイナという人物について思いを巡らせた。


あの方の(おもて)はどうして歪んでしまったのか?先ほど私が言ったようにこの闇の大陸の大気に存在する障気を取り入れたのだろうか・・・もし本当にそうだとしたら、あの方は精気を扱う我々退魔師とは取り入れる力の方向性を異にする技術を持っている、ということになる・・・?

かつては隣の大陸の王国で王族の護衛騎士を務めていた、という来歴を聞いたが何故そのような技術を持っているのだろう。いえ、そうではないか。

あの方は初めて見た時は精気(プラーナ)の扱いも録にできなかったように見受けられた。だから無意識的にではあるにせよそういった方法を使えるのは、一時期単独行動をしていたあの時に学んだ、と考えるべきだろう。でも、何故?何故障気を扱えることができるのだろうか。

力の無意識的な補填・・・そもそもの前提条件として常日頃からそのチカラを使いこなすことができなければ・・・できなければそのチカラに振り回されてしまう、筈だ。先程ミシルという方は気絶しており、目覚めた時は意識こそぼんやりとしているようだったが別に力に振り回されているという感じでもなかった。それはつまりは日頃から戦いの際には障気を扱っていた、と言うことだ。顔の歪みの所為か言葉は聞き難い箇所もあるにはあったが。

つまり、ミシル・タイナという人物は障気の扱いを熟知している、と言い換えることができる。障気・・・所変われば魔力とも呼ばれるあれを人の身で・・・そんな存在は言わば魔人、とでも呼べるような存在ではないのだろうか?


まるで光の大陸で出会ったあの、



私はそこまで考えて一先ず思考をやめた。それどころではなくなった、とも言える。

というのも、


「これはなんという、状態、ですか・・・」


ようやく訪れた戦いが行われていたであろうその場所が、見るも無惨な状態になっていたからだ。地面は所々抉れたようにもなっており盛り上がっているようにもなっている。その地面上にはまるで巨木でも焼きつくしたのではないか、と思えるぐらいの膨大な量の白い灰が撒き散らされていた。通常では目にすることのないような光景を目の当たりにし、これが災厄の王という存在が引き起こした事態なのだろうかと訝った。



「・・・・・・」


「っ!?ジズさん!」



私が目の前の光景に心を奪われていると、先ほど先行して災厄の王に戦いを挑んでいた人物がその場に居たことに気付いた。


「無事だったのですね?」


私はその人物、光の大陸にて大司教と呼ばれるジズさんの顔を見て安堵した。

と同時に周囲を見渡した。


「ハンスさんはどうされましたか?それにミシルさんが先に到着しているはずなのですが」


「・・・・・・」


しかしジズさんから返事はない?なにやら呆然としている。



『間に合わなかったようね』


!?

私が勢い込んで訊いていたら背後よりそんな声が聞こえた。

振り返って見ると、


「レヴィアタン、さん?」


以前水の大陸で出会った金髪の女性が立っていた。


『貴女は・・・ああサラマンドラと一緒に来ていた者ね』


「そうですが、レヴィアタンさんは何故ここに?」


以前水龍の祠を訪れた際には何か用事がありそうな様子だったことを思いだして訊いた。



『これを使おうと思って来たの。でも間に合わなかったみたいね・・・』


その手には一振りの刀が握られている。


「それは・・・?」


『これは水渇刀。前にあの人間に預けていたんだけどね。ちょっとした経緯があって私の手元に戻っていたの。貴女はサラマンドラと行動を共にしていたから知ってるわよね』


そう言われ私は合点した。経緯というのは火の大陸の竜がトウヤさんよりそれを受け取っていたあの出来事のことだろう。確かに言われてみればトウヤさんがその刀を持っていた姿も見たことがあるような気がする。

しかし?



「間に合わなかった、というのはどういうことでしょうか?」


水の大陸の竜は今確かにそう言っていた。


『・・・その前に、あれは急いだほうがいいわ』


言われてその手が指したほうを見てみると、


「あれは!?」


白い灰の中に何かが埋もれているように見えた。近づいて被さっている灰を除いてみるとそこには人が倒れていた。しかも身体がずたずたになった血塗れの姿で・・・


「ハンスさん!」


それはジズという人物と一緒にこの場へと先行していた壮年の男性の変わり果てた姿だった・・・





〜〜〜





暖かい・・・


自身の体に暖かな日差しのようなものが当てられる感覚を覚えて、遠ざかっていた意識が戻ったような気がする。そう思いうっすらと目を開けてみると、そこには曇天の空が広がっていた。

あの感覚は障気、か・・・


そう言えば自分は障気の濃密な大陸に来ていたのだな、と徐々に覚醒してきた頭で考えて起き上がった。が、起き上がったことにより不意に感じた体の痛みに顔をしかめた。



「気がつかれましたか?」

「お主・・・」


傍らに居た女性が声をかけてきたが直ぐには誰とは分からなかった。

その顔をよく見ると、確かこの女性は最近知り合った、


「トゴウ、と言ったか。何故お主が此処に、」


と、そこまで言いかけたところで思い出した。先ほど大司教が騙し討ちをした青年とこの女性が共に居たことを。



「いや、それよりもあの男は?無事なのか?」


自身の質問に対してトゴウは首を横に振った。



「まさか、あれから何かあったというのか?」


それならば大司教に責任を取らさねばと考えたが、自身の考えとは異なる答えが返ってきた。


「それが、よく分からないのです。あ、いえ・・・あの後ミシルさんは起き上がり、怪我や体調が崩れたということはないのですが、ただ顔が・・・」


歪んでいた、とトゴウは言う。だがそう言われても何のことかはよく分からない。


「ともかくあのタイナという男は無事だったのだな。して、あの男は何処に?」


行動を共にしているだろうと思い訊いたが、トゴウはそれも分からないと言う。トゴウが言うには先に此方に合流したかと思っていたが来てみるとここには倒れていた拙者と、


「大司教・・・?」


彼方で茫然自失といった体になっているジズしか居なかったらしい。



「・・・何があったのですか?先ほどからジズさんはあのような状態ですし、貴方も血塗れで倒れていました。災厄と呼ばれる存在と交戦したのではないですか?」


「ああ・・・先程ーーーーーー」


トゴウに訊かれ先ほどの戦いの結果を話した。




「・・・なるほど。ハンスさんの攻撃が掻き消された、ということですか」


「そうだ。拙者にもあの際何が起こったのか詳しくはよく分からん。だが確実に奴を捉えた、と思った瞬間拙者の放った月の輪は掻き消え・・・・・・この様だ」


胴体が引き裂かれて血塗れになっていた自身の体を見ながらそう言った。

しかし身体を見ると怪我はなく受けた筈の傷も塞がっていた。血を失った所為か身体に力はあまり入らないが・・・


「だが、よくも治癒できたものだ・・・感謝する」


確実に死んだと思っていたが命をとり留めて素直に礼を言った。おそらく目の前の女性が自身を何らかの方法で治癒したと考えて。



「いえ、私の力だけでは及びませんでした」


「・・・?」



しかしトゴウは何か謙遜しているかのような口ぶりだ。


「あの方が居なければハンスさん、おそらく貴方は助からなかったでしょう」


あの方?と思いトゴウが指した自身の後方を見ると見知らぬ人物が立っていた。


「トゴウ、あれは誰だ?お主の知己か」


「あの方は水の大陸の竜、レヴィアタンさんです」


「竜?どう見ても人間だが・・・」


その金髪の女性の佇まいを見て首を傾げた。

我が大陸の竜ティアマットも見たことはないがあのような姿なのだろうか。



「そのほうが都合が良いので人の姿を取っていらっしゃるそうです」


「都合?いやそれより何故水の大陸の竜が此処に居る?」


それに金髪の女性が持っている二本の剣。片方は見たことがないが、もう片方は、


「あの者はエクスカリバーに何を?」


人の姿をした竜が自身の愛剣を持っている姿を認めても行動の意味がいまいちよく掴めない。

それよりも、



「レヴィアタン、と言ったか。それを見せてくれ」


金髪の女性へと駆け寄りその手に持っていた自身の愛剣を一通り眺めた。


「矢張りか・・・」


思った通り刀身に皹が入っている箇所を見つけ、思わず声を落とした。


『貴方の所為じゃないわ』


呟きながら剣を見ているとそんな声が降ってきた。


「違う。拙者の腕が未熟だからだ・・・カリブルヌス、いや今はエクスカリバーか。済まぬ」


自身の未熟さを愛剣へと詫びた。



『・・・貴方が選んだ人物は正解ね。剣として冥利に尽きる、というところかしらアルス?』


「?お主は何を、」


言っている、と言いかけると、


『ハンスよ、お前の腕は関係ない。私の体を瑕つけたのは不意打ちで防御不可の攻撃を受けたからだ』


「っ!?」



頭に声が響いた。



「今の声は・・・」


『アルス?貴方の使い手が戸惑ってるわよ』



レヴィアタンという女性が何やら楽しげに言う。



「アルス、とは?レヴィアタンとやら、お主は何か知っているのか?」


『そうね。でも、私に聞くよりも貴方の剣に聞いたほうが早いんじゃなくて?』


剣?剣が喋るというのだろうか?



『レヴィアタン・・・お前は相変わらずだな。ハンスよ、お前がエクスカリバーと呼んでいるこの剣、元は目の前のその女と同じく人に似せた姿をしていた・・・』


『似せた、ね。まあ私は都合上人の姿を取ることが多いわね』


『・・・だがその人間に似せた者はある日、敗れた』


『そうね。竜の中でそのことを知っているのは私ぐらいじゃないかしら』


『要らぬ口を挟むなレヴィアタン・・・そして己の強さを悟った私は自らの意思で剣となった。来たるべき日のために、世界を護るために、そして闇を切り裂くために・・・』


『それが貴方がエクスカリバーと呼んでいる剣の真の姿というわけ』


「お主は・・・」


『貴方はハンス、と言ったかしら。先ほどまでアルス・・・その剣の前の名前ね、剣竜アルス、と話していたんだけど貴方の祖先ならば自身を使いこなせるということを最初に出会ったときに確信したそうよ』


「拙者の祖先と・・・だが、闇とはいったい?拙者はただ我が家に伝わる剣を振ってきただけなのだが。それに、」


それならば我が娘フェンも扱えるのではないだろうか。使い手を選定するこの剣を。そう考えて剣に聞いてみた。


『風を扱う剣技・・・ハンス、お前やその祖先が扱う術はそれを基本としているな』


「ああ、その通りだ。風来剣の真髄は風を喚び風を操ることにある。拙者の生まれ育った里ではそれが主流だ。アルス、と言ったな?お主も拙者と共に長年過ごしてきたのでそれは知っているだろう。だが分からないのは頭領や強力な他の者を差し置いて何故我がクレアス家をお主が選んだのかと言うことだが?」


『お前の血筋を選んだ理由、か・・・』


自身の問いに対して(アルス)はしばし考えていた。問うた理由としては最初にクレアス家の人間がこの竜、剣に出会ったときも周りには強者が居たはずだからだ。



『お前もそうだが私を最初に手に取った人間も他の者とは違うものを持っていた・・・』


「違うもの?」


それはいったい何のことを指しているのだろうか、と興味を持った。



『そうだ。感情、と言い換えたほうが分かり易いか・・・己よりも他者を思いやる心・・・と言うべきか。ホルランドという者もそれが顕著だったな』



・・・どうやらこの剣は本当に我が血筋の者を好んで選んだらしい。我が家の口伝に残っている選定の剣を引き抜いた祖先の名を知っていることを聞いてそれは確信した。

ホルランド・クレアス。一説によれば風厳の里を人が住めるように貢献した人物の1人だとか。確かにその功績や当時行ったとされる事業を考えれば自分のことよりも他人のことを思いやっていた、という剣の話もあながち間違ってはいないように思える。彼の人物はその身を呈して魔風の谷から現れる魔物を止めた、と聞く。


『お前もそうだろう。私は見ていた・・・お前が大陸を渡り見知らぬ者へと持てる力を掛けて尽力する姿を』


「大司教のことか。確かにな・・・見知らぬ者とはいえ泣きそうな顔をされては頼みを断るという選択は思い浮かびもしなかったな」


『それこそが私がお前の力になりたいと思った所以だ。まるでかつての私のような・・・』


剣と話をするうちにふと疑問が湧いた。

大司教は、ジズという女性は初めて出会った時にこの世の終わりのような表情をしていた・・・その際に自分がやらなければ、自分が責任を取らなければ、と泣きそうな顔で言うものだから。だから突然見知らぬ土地へと放り出された拙者ですら自分のことよりも目の前の女性の求める希望のほうを叶えてやりたいと考えたのだ・・・今日のこの時のために。

だが拙者では大司教の希望に沿うことはできなかった。敗北し愛剣までも瑕つけた。結果災厄を取り逃がしている。

ならば奴は自責の念に駆られて・・・


そこまで考えて彼方を見ればやはりジズは未だに呆然としている。



「・・・アルス」


『お前の言いたいことは分かっている。だが時がかかる・・・』



さすがは長年我が剣として生きてきただけのことはある。疑問を聞くより先に答えをくれるのだから。

だが、ならばどうするか・・・



『かつて私が戦い敗れた魔物・・・』


「なに?」



悩んでいると突如剣が話しだした。



『ハンス・・・先ほどお前に攻撃してきた者からはそれと同じ力、というよりも雰囲気を微かに感じた』



「どういうことだ?」



『あの者は自らのためには他の者を踏みつけることは気にしない・・・』



「それはどういう・・・」


『・・・お前の攻撃を切り裂き此方を呑み込んだ力は災厄の王ではない』



「なにっ!?アルス、お主はそう思ったのは何故だ!」



先ほど確かに災厄の王と相対していたことを思いだし剣へと問うた。



『あの力はむしろお前に近しいものを感じた』



「・・・闘気ということか?」



『分かりやすく言えばそうだ。ただそれだけではなかった。お前が闘気と呼ぶ力ではなく何かが違う力・・・』


「あの場に誰か居たということか?災厄の王とやら以外にも」



『私にはその判断はつかん。だが攻撃を喰らった時にそう感じた』



「言われてみれば・・・だが大司教により召喚はできなかった、筈だ」



その直前に召喚によって此方の攻撃が不発に終わったため2撃目は万全を期したのだ。



『あの場に誰か居た、それは問題ではない。問題はあの攻撃に感じた力だ・・・』



「なに?お主はあれが何か分かったのか」



拙者の攻撃を掻き消し逆に拙者の体を引き裂いたあれを。



『否、精確には不明だ。だがあれこそは私の、私が辿り着けない境地にある攻撃と同質のもの、の筈だ。かつて似通った技を喰らい私が自身の強さの限界を悟ったものと・・・』



剣は静かに語った。

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