第77話〜制御〜
バカなっ!
「どういうことだ、何故貴様はそれほどの力を!」
私はその者が繰り出してくる攻撃をかわしながら怒鳴った。
「ガァァァッ!」
しかしその者は私の言葉を意に介することなく襲ってくる。
「何が起こったというのだ貴様に!」
危ういところで相手が繰り出してきた暴風を避けた。この凄まじい力、いや力だけではなく攻撃に込められた殺意。
「詮索する余裕もないか!氷剣!」
私は荒れ狂う風を避けながら自身最大の破壊力を誇る魔法の武器を造り出した。この氷の剣で一先ず奴を制する!
・・・だが、
「風枠掌!」
ブワッ!っという圧力が周囲から迫った、かと思えば、
「何だこの魔法はっ!?」
体の前後左右から見えない圧力に阻まれて身動ぎ1つもできなくなった。
風か?
「ガァァァァァァッ!」
しかも奴は吼えながら、その風の圧力に囲まれた中を悠々と進み私のほうへと近づいてくる。
何があった?何故私の言葉は届かない?何故奴はこれ程までに腕を上げている!?
日頃は冷静沈着な私をしてここまで焦らせる自身の知己のあまりの変化に、さすがの私も何が起きたかは理解できなかった。
この島の鬼族の同じ立場にあるこの男の変化に・・・!
「ロナン!」
「烈風!」
「隙が、」
無い!
と、思う間もなく私は無数の小さな刃のようなものに身体中を切りつけられる感覚を覚えた。
「・・・ぬ、ぐ、」
意識を失うほどではないが今の奴の攻撃にかなりの傷を負った。咄嗟に自身の最大防御である氷魔法の氷盾を展開させて致命傷こそ負ってはいないものの凄まじい魔力の高まりだった・・・
風の檻のようなものも今の攻撃と共に霧散したのか動くことこそ可能だが。
しかし魔力のみならず幾多も戦いを繰り広げたような、この魔法の練度はいったい・・・?奴が以前まで使っていたものよりも明らかに上位の風魔法・・・何故そこまで強くなったのだ。それに、
「ガッ!?」
「なんだ!?」
奴のあれはどうした・・・?
私が目前の男ロナン・サタクを警戒しつつその顔の変化した部分を見ていると、奴は何かに気づいたように目を見開いた。
「この力は!?」
「どけぇ、ジン!」
頭上より感じた魔力に瞬間気を取られたこととほぼ同時に私へと叫ぶ声が聞こえた。
さらに、
バチィ!
「ガァァァッ!?」
前方に突然雷鳴が轟くのを視認した。そこに発した雷光をロナンが喰らったのも。
「貴様!?」
「大丈夫だ!加減はした、一応」
上空から突然降ってきたように見えた雷を受けたロナンがその場に突っ伏した。その姿を認めた私は、一瞬で何が起きたのかを理解して、その原因であるだろう者へと怒鳴ったが返ってきたのはそんな答えだった。
「加減・・・今のはその槍から?それに貴様は突然現れたようだったが何故間違いもせずに奴を攻撃できたのだ?」
「ああ、俺は此処で何が起きてたのかよく分からなかったんだけどな。あいつがこの鬼族の、えーと・・・名前何だっけ?とにかくこの血の気が多い奴を取り敢えず止めて頂戴って言うもんだから、俺だけ先行して降りてきたってわけだ」
「あいつ、だと・・・?」
「そうだ。あいつは何か知っているふうだったけど、ああ来た来た」
突然現れロナンを倒したその者、トウヤ・ヒノカという人間は私に大まかな説明をし上空を見上げた。
「・・・どうやらただ事ではないらしいわね」
上空から地上へと舞い降りたその方は倒れているロナンと私を交互に見て嘆息するように呟いた。
「なあ、さっきも言ってたけど戦鬼ってなんだデュカ・リーナ?」
あろうことかその方へ対しその人間は馴れ馴れしい口を聞いていたっ?
「おいきさ」
「まあ待ってジン君・・・その前にトウヤ?私は動きを止めてとは言ったけれど何故ロナン君は気絶しているのかしら・・・?」
私がその人間に己の立場を分からせてやろうと思い怒鳴りかけたが偉大なる我等が始祖に右手を挙げて制された。
「い、いやな?見たらジン・ガトウがずたぼろにやられてたもんだから早く止めないと拙いかなと思ってだな」
「・・・そう。確かに、見れば酷くやられているわねジン君」
私の鮮血にまみれた全身を見ながらデュカ様は仰った。
「不覚を取りました。ですが以前のロナンならば私にここまで手傷を負わせることなどできなかったのですが・・・」
「そう。そうね・・・私もよもやこれ程までに事態が切迫しているとは思わなかったわ・・・相手に余程の恐怖を覚えたのかしら・・・それにロナン君は自力で辿り着けた?それとも誰かに聞いたのかしらね、フェニスかマトフあたりに・・・」
「・・・何の話です?奴が強くなったのには何か理由が?」
「だからそれがさっきお前が言ってた、何とか戦鬼化したとかいうことじゃないのか?」
私がデュカ様と話していると人間のトウヤ・ヒノカが口を挟んできた。
戦鬼?
「・・・ええ、そうよ。無間戦鬼・・・鬼族の持つ戦いにおける最終手段・・・自身の角を折ることで得られる力、知性を失うという代償もあるのだけれど・・・」
「角?でも、倒す前にこいつの頭を見たけど角は生えてたぞ」
「・・・?おかしいわね、そんなはずはないのだけれど」
私はその会話を聞きながらロナンが以前と比べ物にならない強さを手にしていた理由を理解した。
「違うな。奴の角は確かに折れている・・・半ほど程度だがな」
「・・・なるほどね。それでは効果も半減する、か。」
「いや偉そうにしたり顔してないで説明しろよ」
偉そうなのは貴様だ!と私は思わずトウヤ・ヒノカに突っ込んだ。
〜〜〜
俺は恐怖した。目の前でそいつが巨大になっていくことに。
そいつへ言葉が通じないことに。
・・・そいつから発せられるプレッシャーが膨れ上がっていくことに!
たださえ俺はそいつに劣っていた、戦いに於いては。その差を埋めるべく俺はここ最近毎日魔法の修練を重ねていた。そいつは人の身でありながらとてつもなく強かったから・・・
というより俺は最近人間どもに負けっぱなしだ!
少し前に島に侵入してきた奴等にすら俺は後れをとった。その敗北の言い訳をするのならば、それは一対多だったということに尽きるが、しかしそれでも俺は今まで敗北というものを殆ど味わったことがなかった。唯一俺に土をつけた野郎もただ単に俺より長く生きていて俺より多少魔力があるぐらいだったので俺がまだまだ成長すればいずれその野郎も追い越してみせる、そのはずだ。
ガトウの野郎にはいつか再び戦いを挑む。それはいい。
問題は人の身でありながら俺に戦力差を見せつける奴のほうだ。そいつ、ニルナ・カナワは戦いにおける経験も力や技、速さも全てにおいて俺を上回っていた。俺は稽古と称して何度も奴へと挑んだがことごとく打ちのめされた・・・
そんな奴がある日突然変貌した。その時の俺の感情は今までにないほどにうちひしがれたものだった。
俺では手の及ばない域にすらそいつが辿り着いた、と感じた・・・
しかしノルエルに話を聞けば、あれは純粋な自己の実力ではないということを聞かされた。
ならばまだ奴を倒せる可能性があるのでは、と考えて勢い込こんでノルエルに尋ねてみると奴は言葉を濁した。いや、1つだけはっきりと言ったことがある。
それは、
「ーーーン」
声が、聞こえる。
「ーーーロナン」
俺を呼ぶ声が。
「気がついたかロナン」
声の主を見ると、見知った顔がそこにはあった。
「ガトウ・・・」
「起きたばかりで悪いが説明してもらうぞロナン。何があった?何が貴様の枷を外した?」
「枷・・・」
「そうだ。戦鬼化と言われる捨て身の戦法、何がそこまで貴様を追い詰めたのだ?」
「戦、鬼化・・・?」
「憶えていないのか?」
目の前の男ジン・ガトウが俺の顔を見て眉をひそめている。憶えていないとは、こいつはいったい何のことを言っているのだろうか。
「・・・まあ無理もないでしょうね。あれは過剰な力を無理矢理引き出すもの。その弊害として理性を失い自我すらも消失する・・・角を全て失っていないとはいえ変化した前後の記憶ぐらいは飛ぶのも無理はないでしょう。いえ、その程度で済んだというのは幸運とすら言えるでしょうね・・・」
「デュカ・リーナ、様?」
「ええ、久しぶりねロナン君。けれど記憶喪失か・・・少し質問を変えてみましょうか」
そう言われて俺は背筋を伸ばした。
「そんなに畏まらなくても・・・いえ、いいわ。ロナン君」
「はい」
「今この島で何が起きているのか判るかしら?」
島で起きていること・・・
俺は問われて少し考えた。というよりガトウに加えて何故この方までもがこの島に・・・!?
考えながら周囲を見渡してみるとそこにはガトウとデュカ・リーナ様だけでなく他の奴も居た。獣に人間。そしてその人間のうちの1人は、
「ガロウ・サイハ?」
俺が敵わない人間ニルナ・カナワに比する強さを持つ人間が何故かこの場に居た。
「ロナン・サタクよ、デュカ・リーナ殿の質問に思い当たることはないのか?」
「お前まで何故島に・・・」
俺は驚愕で考え事どころではなくなった。
「何かこいつに聞いてもよく分からないな。ニル姉・・・ニルナを探したほうが早いんじゃないか?」
!!
その場に居た見知らぬ人間の言葉によって思い出した。ノルエルの言葉を。
「・・・デュカ・リーナ様、俺はノルエルに聞きました」
「・・・何かしら?」
俺が神妙な顔で話し出すとその場に居る他の奴も黙って俺の話を聞いている。
「あいつが言うには、」
その話を伝えてもデュカ・リーナ様はあまりよく分かっていない様子だった。
だがその場に居た見知らぬ人間だけはやけに驚いていた。
〜〜〜
長柄物っていうのは便利だと俺は思う。いや、これだけか。
口入の仕事に行く時は別にしても元服するまで俺は大体木剣を使っていた。使い勝手が良い、という理由が一番だけど他の武芸よりも俺には剣技がしっくりくる。
と、思ってたんだけど。
俺は目覚めたそいつの体を見ながら改めて感心していた。手に持っている槍を。ブリューナクと呼ばれるそれはある奴から借りたまま俺が持っているのだが、ことある事にそれが持つ効力を発揮してきた。
さっきも空からとはいえ遠い間合いだったが、外れることなく目標へと当たった。しかも当たった時は以前鉄の塊を粉砕した時ほどの威力ではなく当たったそいつはしばらく気絶していただけで目を覚ました。その上当たったそいつ、サタクという鬼族の身体には火傷1つ見当たらない。当たる寸前に雷のようなものが発生したにも関わらず、だ。おそらくこれが神々の武具というやつの効力ではないかと俺は推測している。
つまり俺が望むほどの威力を自在に引き出せる、という・・・
でも、俺はこれを借りた時からずっと不思議に思っていることがある。何で俺がこれを扱えるのかということだ。これを貸してくれた奴が言うには、今までそいつの知る限りではこの槍を扱えた奴は居なかったということだ。いや、突いたり薙いだり持ち運んだりはできたんだろうがこの槍の本当の力、穂先から雷のようなものが出るっていうのは誰も見たことがなかったのだろう。もしあればミスミは俺にそれを教えてくれているはずだ。
何で俺には使えるんだろう?
俺が槍について考えを巡らしていたのは、俺が槍で気絶させて目覚めた奴が話した内容による。その話を聞いて俺は我が家に伝わる剣技を親から習っている時、ある日聞いた話を思い出したからだ。
▽▽▽
「かみがみのぶぐ?」
俺はその時年端もいかないガキだった。まだ五歳とか六歳とかそんなあたりだ。その当時はようやく木剣を振れるようになったかな、という程度だった。
「そうだ。世界にはそう呼ばれる特殊な物が点在しているらしいぞ」
「ふうん」
「もっとも父ちゃんも見たことはないがな」
ヒノカ流剣技とヒノカ家の現当主であるタチオ・ヒノカ、つまり俺の親は稽古の手を休めて話をし始めた。
「でもししょう、見たことがないのにどうしてそんなことが分かるのですか?」
俺と同じく剣の稽古をしていた年上の女、ニルナが親父に尋ねていた。
「そうだな。ニルちゃんが言うことも分かる。俺も文献で見たぐらいだからそんなものが実在するかどうかは怪しいしな。うちに伝わる剣、炎斬は妙な力を感じるがどの書物にも載ってないから無銘のものだろうしな」
「とうや?えんざんってなに?」
ニルナは何故か俺に尋ねてきた。
「えんざんっていうのはうちのものおきにあるけんだぞ。でも父ちゃんはおれにさわらせてくれないんだ」
「そりゃそうだ。まだお前には剣は早いさ」
親父はそう言って俺の頭にぽんと手を置いた。
「で、だ。神々の武具の話をしたのには理由があってだな、今日は2人にあるチカラについて教えようと思う」
「あるチカラ?」
「そうだ。オーラについては前に教えたと思うが今日は別のチカラ、プラーナについて教えようと思う」
「ししょう、それは直ぐに覚えることができるものなのですか?」
ニルナは前に身を乗り出してやけにその話に食いついた。
俺はそのときなんでこいつはそこまで興味を持ったのか子供心に不思議に思って見ていた。
「いや直ぐには無理だな。これはオーラよりも扱いが難しいんだ」
「難しい、ですか?」
「そう。精気はオーラとは違って大気に漂うチカラ。オーラは自分のものを扱えばいいがプラーナの場合だとまずは大気にあるチカラを感じとることができるようにならなければいけない。ああ、あと聞いた話だと普通このチカラは俺みたいな剣士が使うものじゃなくて妖術師、今は呼び方が違うんだっけか?そいつらが使うものなんだ。ついでに言うとさっき言った神々の武具も昔、妖術師が使っていたとか。まあそれは余談だけど」
俺は既にその時点で話がよく分からなかった。
「ししょう、そのチカラを使えるようになるにはどうしたらいいのですか?」
そう言えばニルナはやけに焦ったようにそのことを聞いていた。
「まあ落ち着きなさいニルちゃん。そうだな、まずは大気にあるチカラを感じて・・・」
△△△
内容はそれほど理解できなかったがその際に聞いたことで1つ強烈な印象に残っている言葉があった。
「・・・トウヤ?」
俺が考えているとデュカ・リーナは俺を怪訝そうに見ていた。
「何か分かったのかしら?今の話を聞いて」
デュカ・リーナはサタクという奴の話を聞いてもよく分かっていない様子だった。それはそうだろう、今の話を聞いて分かるのはヒノカ流を修めた奴ぐらいしか分からない話だ。いや、妖術師・・・リシナとかなら分かるかもしれないな。
サタクは何とかっていう鬼族の奴からこう聞いた、と言っていた。
『ニルナは精気に取り込まれた』
と。
それは、あの日聞いた精気を扱う上でもっとも気をつけるべき事態・・・精気に取り込まれるといういわゆる精気融合のことだった。
『精気は取り込んでも取り込まれるな。精気に取り込まれ融合すれば肉体は大気に取り込まれ自我は崩壊する』
と、親父にしては珍しく厳しい声色でそう言っていた。




