第七話 交わる時間、交わらぬ想い
「ファル兄…おはよ…」
サラの後ろから、寝起きのライルがファルに声をかけた。振り返ったファルは、いつもの穏やかな表情でライルに挨拶をした。
「おはようございます、ライル。よく眠れましたか?」
「…まだ眠い」
寝ぼけているのか、わざとなのか、ライルの両手が自分の身体を軽く叩きながら撫で回している。
少しうつむき黙ってしまった。ファルはそんなふたりを見て掌を合わせた。
「今日は、みんなで朝ごはんを食べましょうか」
「…え」
「うん!」
サラは戸惑い、ライルは目が覚めたと言わんばかりに大きな返事をした。ファルはふたりの落差に苦笑いを浮かべながら2回手を叩いた。
「ほら、朝ごはんの準備をしますから、ふたりとも顔を洗ってきてください」
「ファルさんが作るんですか?」
「ファル兄、料理できるんだ?」
ファルは、心外と言わんばかりに腕を組みふたりを見る。しかし、その目は怒っていない。
「これでも、ずっと一人旅をしてきたんですよ?料理ぐらいお手の物です。ほら、早く早く」
「ファルさん、これから作るのにそんなに急かさなくても…」
「すぐ出せますから、早くしてください」
ファルはサラの肩を押し、半ば強制的に顔を洗いに行かせた。
ファルは台所に向かわず、そのまま食卓のある居間へ向かって行く。サラは、その言動に妙な違和感を覚えながら首を傾げた。
「…出せる?」
仕方なく顔を洗っていると、まだ漂っている筈の無いいい匂いが鼻を擽った。その瞬間、食卓からライルの声が響いた。
「ファル兄凄い!」
まさかと思い、足早に食卓に行くと、どこの貴族の食卓かと思わせるような肉料理や見たことのないお洒落な前菜等の数々が並んでいた。思わず絶句しているサラを見てファルは自慢気に話し始めた。
「ほら、すぐ出せるでしょう?他に何か食べたい物はありますか?」
「いや…え?作った…んだよね?」
「まぁ、作ったかと聞かれれば、作った事になりますね」
そんなやり取りを無視するかのようにライルが口を挟んだ。
「ファル兄!僕おっきいお肉が食べたい!」
「朝から食欲旺盛ですね」
ファルが笑いながら食卓に軽く手を翳すと、どこからともなく香ばしく焼けた骨付き肉が現れた。サラは、子犬のように喜ぶライルを見てから、ファルに何とも言えない視線を送る。
「魔法…?」
「似たようなものです。さあ、食べましょうか」
ファルは当たり前のように椅子に座り、ライルは待ちきれないとばかりに前のめりに座った。
サラは腑に落ちないながらも、目の前に広がる食べたことの無い豪華な料理に抗う事ができずに座ってしまう。
「い…いただき―」
「いただきます!」
サラの声を遮り、ライルが勢いよく叫んだ。ほぼ同時に骨付き肉に手を伸ばし、口いっぱいに頬張った。
昨日までなら、きっとライルを叱っていたサラだが、何かを言いかけて少し俯いた。
「いただきます」
「召し上がれ」
ファルは咎めるでも慰めるでもなくふたりの様子を見て、サラに一言だけ告げた。
「サラさん、今日は無礼講って事にしておきますね」
「…うん」
サラが料理を一口だけ口に運ぶと、霞んで見えていた表情が、少しだけ明るくなる。
「お気に召しましたか?」
「美味しい…」
ファルは嬉しそうなサラを見ながら頷いた。その間も、ライルは一所懸命に肉を頬張っている。
「ライル、お肉以外も食べてくださいね」
口いっぱいに肉を入れた状態のまま何度も頷くライルを見て、ファルが微かに笑う。つられてサラも笑顔が溢れたが、すぐにもとの表情に戻ってしまう。
「サラさん、これも美味しいですよ?…はい、あーん」
サラが一瞬固まり、軽くファルを睨んだ。
「子ども扱いしないでください…」
「してませんよ?ライルだって食べてくれますよ。…ほら、ライル、あーん」
ライルが嬉しそうに食らいついた。
「ライルは子どもです!」
「あ、そうでした。すみません」
「…もう。わざとやってますよね?」
バレてしまったかというファルの笑いが、サラの表情を和らげた。
そんな弄りが繰り返されても、サラは不思議と身体の力が抜けていくのを感じていた。
「ご馳走さまでした。洗い物は私がやりますね」
サラはお礼も兼ねて食器を片付けようと手を伸ばすと、食器が忽然と消えた。
サラは、思わず時間が止まったように固まり、伸ばした手がいきばを失い彷徨う。
サラは思わずため息をついて手を下ろす。
「…魔法か。私も使えたりするのかな」
「こんなもの、使えないほうがきっと幸せですよ」
凄く小さい、でも確かな声でファルはそう言った。その言葉の意味を聞こうとしたとき、ライルがファルに話しかけた。
「ファル兄、いつまで村にいるの?」
「サラさん次第、ですかね」
それはサラにとって、ライルから遠回しに早く出て行けと言われているように感じられた。サラの表情が一際曇ったのをファルは見逃さなかった。
「きっとライルは、サラさんを羨ましがりますよ?」
「なんで?」
「賑やかな食の町、鮮やかな宝石や服飾の町、武骨な武具の町…はたまた玩具作りが盛んな町。世界には、色々な町があるんですよ」
ファルはライルに話しかけながら、横目でサラを見ると、曇った表情なのは変わらないが、少しだけ期待感を滲ませた顔になっていた。
「なにそれ!ずるい!行きたい!」
ファルは少しだけ維持悪く笑顔を作り頬杖をついた。
「ライルはもっと大きくなったら自分で行ってください」
ライルは不貞腐れたように頬を膨らませ、ファルを睨んでいる。ファルはそれを受け流すように立ち上がると、急に茶器を弄り出した。
「さて、食後の紅茶でも飲みましょうか」
当たり前のように準備するファルに、サラは妙な違和感を覚えた。
綺麗な所作。まるで、貴族や王族が振る舞っているような、そんな所作。
それよりも、普通に紅茶を入れているファルに違和感があるのだと気付く。
「食事は出したのに、なんで紅茶は自分で?しかも、そんなに丁寧に…」
「そう…ですね。拘り、でしょうか」
そう言って振り向きもしない後ろ姿のファルが、サラには酷く寂しそうに見えた。




