第八話 日常の去り際に
ファルが入れた紅茶が、サラとライルに差し出される。
貴族が使うような茶器に琥珀色の紅茶、芳しい香り。少しだけ安らぐような、そんな香り。
「いい香り…こんな茶葉、家にあったかな…」
「これは、私がお気に入りの茶葉ですよ。お口に合うと良いのですが…」
ファルが椅子に座り直すと、紅茶に真っ先に口を着けた。その表情は満足気なのに、寂しそうに何かを思い出しているように見える。
そんなファルをサラが見ていると、思い出したようにファルがライルを見た。
「ごめんなさい、ライル。ミルクと砂糖、必要ですよね」
それを聞いてサラが焦り出した。
「待って!砂糖なんて高級なものうちには――」
無い筈のミルクと砂糖が、ライルの目の前に現れた。驚くのにも疲れたと言わんばかりに、サラはため息をついた。
そんなサラを気にもせず、ライルは砂糖をこれでもかと紅茶にいれていく。
「ライルは甘い物が好きなんですね」
「誕生日にしかないからね!」
サラが、少しだけ羨ましそうに砂糖を見ていると、サラの前にも砂糖が現れた。
「サラさんもどうぞ」
「え、いや、高いから私はいいです」
ファルは、明らかに何を言っているんだと言う表情で小首を傾げた。
「砂糖なんて買うものではないですよ?」
「いや、買うでしょ!」
思わず声を上げてしまい、サラの顔が少しだけ赤くなる。ファルはそれを気にした様子もなく、サラの前に出した砂糖を一匙、勝手にサラの紅茶に入れた。
「サラさんの好みはこのぐらい、ですかね」
「ちょ…何を勝手に…。…もう、遠慮しませんからね
」
「ええ。お構いなく」
サラが渋々紅茶に口を着けると、サラの表情が一瞬で明るくなった。それもつかの間、サラの頬を涙が伝った。
「ライル、申し訳ないんですが…グレタさんから林檎を買ってきてくれますか?」
ファルはライルに銀貨三枚を渡した。ライルは、林檎と聞いて更にはしゃぎながら玄関を飛び出して行った。
「林檎なんて、出せるじゃないですか…」
「ええ…。でも、出来ないことの方が多いのも事実です」
「…うそつき」
「ええ。私は、うそつきですよ」
サラは、ファルに泣き顔を見られないように俯いているが、ファルからは何も言わない、妙な時間が過ぎていく。
「私、あの日…誕生日だったんです」
「はい」
「ずっと…続くって、思ってたのに」
「はい」
「ライルにも嫌われて…私、何か悪いことしたかなぁ…」
徐々に涙の粒が大きくなり、嗚咽が響く。
ファルはそっと立ち上がり、サラの頭を抱き寄せた。
サラは無意識にファルの服をすがるように掴み、声を上げて泣き始める。
ファルは何も言わず、ただそっとサラの髪を撫でている。
暫くして、サラがファルに抱き寄せられたまま口を開いた。
「私…行く」
「はい」
「そう、しないと…きっと後悔…するから」
「分かりました」
サラがゆっくりとファルから離れ、まだ潤んだままの瞳でファルを見上げた。
「私に付いてきて欲しい…です」
「言われなくてもそのつもりですよ」
「うん…知ってた」
「意地悪ですか?」
潤んだ瞳で必死に笑顔を作ると、ファルも笑顔を返す。
サラが涙を拭い立ち上がった。
「ライル帰ってきちゃうから、顔洗ってきます」
そう言って足早に顔を洗いに行くサラを見送り、ファルは椅子に座ると紅茶に口を着けた。
「貴女だったら、どうしていましたか?」
誰もいない天井を見上げてから、ファルは紅茶を飲み干した。
同時に、玄関のドアが勢いよく開かれた。
「ファル兄!買ってきたよ!」
「ああ…ごめんなさい、ライル。林檎、ありました」
食卓には皮を剥いた林檎が器に盛られている。ライルはそれを見て怒りもせず駆け寄ってきた。
「林檎いっぱい!」
「はい。いっぱい食べてくださいね」
林檎を夢中で頬張るライルを、ファルは楽しげに見つめていた。




