第六話 明けた夜の月
空が照らされ始めた日が昇る少し前、ファルは土手に座り日の出を待っていた。
日が昇り始めると、夕日とは逆に伸びる影が今日が来たのだと来た道を遮る。
視線の先には小さな村。
まだ、起きている人はいないのか、時間が止まったかのように静まりかえった村に向けて歩きだす。
小さな家々、広い田畑、古びた小屋。
見慣れてきているはずの景色なのに、目新しく感じられた。
一通り村を歩いてから目的の家の前で立ち止まる頃には、人の気配が動きだしていた。
ファルは、一つ息を吐いてから扉越しに声をかけた。
「おはようございます」
少し間を置いて扉が開くと、サラが顔を出した。
サラの顔を見た瞬間、ファルの表情は少しだけ和らいだ。
サラの瞼は、昨日のような赤みは帯びていない。
蒼い瞳に、僅かに青みがかった銀髪。
整った顔立ちに白い肌、華奢な体つき。
とても農村育ちとは思えない見た目は、着飾れば貴族令嬢か、魔術師の法衣も似合うかもしれない。
ファルがそんな事を考えながら一礼すると、サラが不思議そうにファルを見ながら挨拶を返した。
「おはようございます。…なんか、凄い見られた?」
「はい。凄い見ました」
サラは、照れとも不快とも取れない表情で睨むが、ファルは飄々とした笑顔を浮かべ手をサラの前に出した。
「サラさん。両手の平を上にして前に出して下さい」
サラは、いきなりの要望に困惑しながらもものを受け取るように両手を前に出した。
「…こう、ですか?」
すると突然、艶やかな蒼と藍色の生地に銀の刺繍が入った法衣がサラの手の上に現れた。
「え…え?…なに?」
「似合うと思いましたので。それに、旅で着るのに丁度良いかなと思い、今作りました」
当たり前のように言ってのけるファルの瞳を見ると、金の円環がいつもよりはっきり見えているような気がした。
「こんな便利な魔法があったら、服売れないね…」
「どうでしょうか?使える人は少ないと思いますよ?多分」
サラが渡された法衣を広げて見ると、見慣れた刺繍であることに気付き、ファルを見た。
「ファルさんの服と…同じ刺繍?」
「はい。お守りのようなものです。…お気に召しませんか?」
「そうじゃない、けど…まだ一緒に行くとは言ってないですよ」
サラは少しうつむき不安を滲ませているが、ファルは気にした様子もなくサラを覗き込み、真っ直ぐサラの瞳を見た。
「嫌、ですか?」
「だって私、旅とかしたことないし、戦えないし…」
サラの返答を聞いて、ファルの表情が明るくなる。
「なら、問題ありませんね」
「何を言って――」
ファルは手をかざしてサラの言葉を遮り、その手の人差し指だけを立てた。
「サラさんの不安な理由に、私と行くのは嫌という言葉がなかったので、問題ありませんよ」
「いや、足手まといだし…そこまでして貰う理由が、ない」
サラは不安で肩に力が入る。そのままもう一度ファルを見上げると、ファルは瞼を閉じて言葉を発した。
「理由が欲しいですか」
「当たり前です。まだ、知り合って間もないのに、どうして…」
ファルがゆっくりと目をあけて、サラの瞳を真っ直ぐ覗く。
「下心、では駄目ですか?」
「駄目に決まってます!」
ファルは、間髪いれずに答えたサラを見て、面白いものを見たと言うように笑いだす。サラは少しいじけたように視線を逸らした。
「よく、こんな時に冗談なんて…」
「約束」
「…え?」
ファルが酷く低い声で囁いたのを聞き、一瞬だけ恐れを抱いてサラは視線を戻す。しかし、ファルは穏やかな表情だ。
「理由は、あとから付いてきますよ。…だから、約束しましょう」
「いきなり、なんですか…」
「たとえ何があっても必ず見つけます。側にいます。…貴女をひとりにはしません」
無条件ともとれる寄り添う言葉が、サラの頬を濡らす。
「意味が…分からない、です。他人、なのに…」
「私は偶々、貴女方姉弟を助けただけ。でも、言いましたよね?敵討ちぐらいはして差し上げます、と」
サラが少し驚いたようにファルを見上げると、ファルは穏やかな表情で言葉を続けた。
「根っこを潰さないと、敵討ちにならないでしょう?」
ファルの穏やかな表情と、サラを写す優しい目の筈が、サラは底知れない闇に包まれる感覚に陥る。無意識に後ずさった事に気付き、サラは気まずさを隠せずにいた。
「大丈夫ですよ、サラさん。全て無くなれば、ここに帰ってこられますから」
「…全、て?」
ファルはサラに背を向けて、朝日で消えかけている月に手を伸ばす。月を掴むように、まるで求めるように優しく拳を握る。
「はい。サラさんを取り巻く悪いもの全てです。サラさんには、朝の月がよく似合いますから…」




