第五話 見ているもの
「お姉ちゃん…お姉ちゃんはファル兄と一緒のほうがいいよ」
歳に合わないライルの考えに、サラは戸惑いながらも答えを探した。
「一緒にって…ファルさんに迷惑だよ。それに、もし村に私がいないほうがいいなら、ライルも一緒に行こう?」
「僕は行かない。行きたくない」
「どうして?お姉ちゃんと一緒は嫌?」
サラの質問に、ライルは拳を握り締めサラを見据えた。
「うん。やだ」
サラが少し驚いて俯いてしまう。それでも、ライルは拳を握り締めたままサラを見ている。
サラが涙を拭う仕草をしたあと、ゆっくりと顔を上げた。
「また、怖い目に遭いたくないもんね…」
必死に取り繕ったサラの不器用な笑顔。ファルから見えるサラの手は、小刻みに震えている。ライルは、それでも真っ直ぐにサラを見ている。
「うん…お姉ちゃんが居なければ、怖い目に遭わないもん。だから、ファル兄と行って」
「…わかった」
サラは、ライルからの拒絶にどうにか答えると、足早に自分の部屋へ入ってしまう。ファルから見えたサラは、唇が震えていた。
ファルがライルに視線を送ると、我慢が限界を越えたのか、大粒の涙を溢しながら必死に声を殺している。
「ライル、夕焼けが綺麗ですよ。私と2度目のお散歩にいきましょうか」
ファルが手を差しのべると、ライルは涙に濡れた手を裾で拭ってからファルの手を取り、二人で夕焼けに向かって歩きだした。
ライルは下を向き、ファルは前を向いて歩く。二人の視線が同じ方向に向くことはないが、向かっていた場所は同じ。
「ライル、もしかしてこの場所知っていました?」
ライルは静かに首を縦に振るが、決して前を向かない。
たどり着いたのは、村の外れの土手。村を背にすれば、地平線に夕日が顔を半分隠している。手を繋いだ二人が夕日に照らされ、影が長く延びている。
「ライル…約束します」
「なにを?」
「サラさんは、必ずライルの元へ帰らせる、と」
ライルの目は見開かれ、また大粒の涙がライルの頬を伝う。ファルがライルの涙を拭おうと手を伸ばすと、ライルがすかさず自分で涙を拭う。
「本当に、そうできる?」
漸く顔を上げたライルは、もう泣きそうな顔はしていない。
「えぇ、できますよ。貴方は知っているでしょう?私はうそつきなんです」
「うん。僕もうそつきだから、分かるよ」
二人が同じように微笑み視線を交わす。
その視線をライルが逸らすと、白く姿を現し始めた月を見上げた。
「でも…お姉ちゃんだから、ファル兄は約束守れないかも」
ファルが少し声を上げて笑うと、ライルは小さく笑った。
「そうですね。貴方のお姉さんはそういう人です」
ファルが空を見上げれば、一番星が輝きだしている。掴める訳がない一番星に手を伸ばし拳を握る。
「ライル、貴方はこの世界が好きですか?」
9歳には少し難しい質問。でも、ファルは言い換えもせずにライルの答えを待つ。
ライルも首をかしげながら考え込み、なにかを思い付いたかのように答えた。
「多分…世界は、好きだよ」
「…そう、ですか」
9歳の子どもにしては大人びた答えに、ファルは考えるように瞼を閉じ、深呼吸してからライルと繋いだ手を離した。
「戻りましょうか」
「うん」
月明かりを背に二人はサラの待つ家に向かって歩き始めた。
「ライル、明日は晴れますよ」
「なんでわかるの?」
「それは、私が私だからです」
「なにそれ」
ライル意味が分からないという表情で笑いだす。その表情は、いつものライルが見せる無邪気な子どもの笑顔だった。
家に戻る頃には星々が煌めき、月明かりが窓の硝子に反射して、淡く地面を照らしている。
「お帰りなさい。ライル」
扉を開けると、サラが笑顔で出迎えた。その瞼はほんのり赤みを帯びている。
「お昼食べ損ねちゃったから、いっぱい食べてね」
食卓の上には、拙いなりに頑張ったのが分かる、少し盛り付けが不格好な食事が並んでいた。
「それでは、また明日。おやすみなさい、ライル、サラさん」
ファルはそう言いながら一礼して去っていく。二人がファルの背に向かって挨拶を返し、扉を閉めた。
「また明日…か」
ファルが見上げた月は、夜よりも黒い神官服を銀色に照らしていた。




