第四話 すれ違う願い
サラたちが家に戻り、間もなくしてファルが訪ねてきた。
あまりの早さと身なりの変貌に、サラは少しだけ驚く。
「いくらなんでも早すぎませんか…?」
サラの当たり前の質問に、ファルは手を軽く叩く。
「それはほら、私は変な人ですから」
「普通、そんな嬉しそうに自分を卑下しませんよ」
サラは、少し呆れたようにため息をつき、座ったばかりの椅子から立ち上がる。
「お茶いれますね」
そう言って、サラは台所へと向かい姿が見えなくなる。すると、直ぐにファルの裾を小さな手が強めに引っ張った。
「ファル兄…」
はっきりと、でも少し恥ずかしそうなライルの声に、ファルは一瞬だけ身を固まらせたが、直ぐにライルに視線を合わせた。
「いきなり、どうしました?」
少し間を空け、ライルがしっかりとファルの目を見て言葉を絞り出した。
「僕ね…お姉ちゃんが泣くの…もう、見たくない」
「ライルは、優しいですね」
ファルは、そっとライルの頭を撫でる。しかし、ライルはファルの目を見つめたまま拳を強く握り、首を横に振る。
「違う…僕、いつも泣かせちゃうから」
ファルは、しっかりとライルの目を見つめ返し、次の言葉を待つ。すると、ライルの拳が震える程強く握られた。
「ファル兄…お姉ちゃんを、遠くに連れていってあげて」
ライルの目は、幼いながらに覚悟を決めた目に変わっていた。その目を見つめ返すファルの手が、僅かに震えた後ライルを抱き寄せた。
「ライル、サラさんが…お姉さんが泣くのは、決してライルが悪いからではないんですよ」
「…うん」
「だから、ライルは、ずっとお姉さんの弟でいいんです」
ライルの肩が小刻みに震え、抱き寄せたファルの肩に顔を埋めた。ファルは、全てを受け止めるように強く抱き締める。
ライルの震える小さな声が、ファルの耳に届く。
「ファル兄…お願い…」
「…あぁ。分かった」
最後は掠れて聞き取れなかったが、ファルにはしっかりと伝わってきた。
ライルは少し痛みを覚える程抱き締められるが、拒むことはせずにファルに身を委ねた。
少ししてサラの足音が聞こえると同時に、ファルはライルの背中を軽く二度叩いた。
それを合図に、二人だけの時間が終わりを告げた。
「ライル、何かお話してたの?」
お茶の入った竹筒を持ちながら質問を投げ掛けてきたサラを、ライルは迷うことなく見据えた。そのライルの様子に、サラは思わず動きを止めた。
「ライル?」
「お姉ちゃん…僕、ひとりで大丈夫だよ」
その迷いのない真っ直ぐな声に、サラは戸惑いながらライルに視線の高さを合わせた。
「えっと…お風呂のこと、かな?」
予想外のサラの言葉に、ファルが小さく肩を揺らしたが、直ぐに真剣な態度に戻る。
「サラさん、あの日狙われたのは誰だと思いますか?」
サラは、少し目を見開きながらファルに振り向き、直ぐにライルに向き直る。 ライルは真っ直ぐにサラを見つめている。
少しの沈黙で、サラがゆっくりと目を閉じて何かを考えてから、直ぐに目を開けた。
「私が、いたから?…お父さんもお母さんも…ライルだって…。うん、今思えばそうだよね…」
サラは涙を堪えるように強く目を閉じる。
「でも、サラさんが悪い訳ではないのは、ライルも分かっていますよ」
「…ぅん。ライル、ごめんね。お姉ちゃん、自分もライルも守れるように強くならないとね」
その言葉に、ライルは激しく首を横に振った。
「強いお姉ちゃんでも、ダメだし…嫌だよ…」
決別のような言葉に、サラは言葉を失った。
何かを言おうとしては口ごもるサラを見兼ね、ファルが間に入る。
「サラさん、辛いでしょうが良く思い出して下さい」
ファルの言葉の意味を必死に探すサラを見つめ、ファルは言葉を続けた。
「ただサラさんを狙うだけなら、ご家族を襲う必要はありますか?」
「…ひとりの時を狙ったほうが楽、だよね」
「はい。サラさんを苦しめることが目的の一つだったことは、神官がライルに放った炎の威力を考えれば明らかでしょう」
サラの拳が強く握られ震えている。
「サラさん…決してあなたのせいではないですよ」
「そんなの分かんないよ!」
サラの悲痛な叫びが家に響き、少しの沈黙が流れる。その沈黙を破ったのはファルだ。
「何かを奪おうとする者は常に理不尽なんです。…人も、世界も。だからサラさん、貴女は悪くない」
ファルは軽く息を吐き言葉を続けた。
「サラさん、私と一緒に来ませんか?」
その言葉に、サラはゆっくりとファルを見上げると、その少しだけ不安そうな笑顔だった。




