第三話 日常の行方
「ライル、天気もいいし、少しだけお散歩しようか」
朝食を食べ終わった後、サラは右手でライルの手を取り、半ば強制的に外に出た。
誕生日の日の、あの悲劇の朝のような日差しが煌めいている。サラは左手を強く握り締めた。
「行こっか」
ライルに悟られないよう、必死に笑顔を作り歩きだす。すれ違う村の人たちは、気を遣ったように元気に挨拶をしてくれた。
家から少しだけ離れた場所にある畑で足が止まる。それは、父が大切にしていた畑だ。畑の中程に、芋の収穫をかって出てくれた人の姿が見えた。
少しだけ腰が曲がり、歳を重ねた老齢の女性グレタだ。サラが声を掛けようと一歩踏み出そうしたとき、視界の片隅からグレタに近づく若い青年が現れた。
青年の服や手は土にまみれ、芋掘りをしていたことが直ぐに理解できる。だが、その青年はつい数日前までは見かけることのなかった綺麗な黒髪を揺らしている。
その青年が、何やらグレタに話しかけると、グレタは笑顔で返事をしていた。
サラは思わず駆け寄っていた。
「グレタさん!この人は…」
サラが目を向けた青年は、頬に土を付けたまま笑顔で挨拶をしてきた。
「おはようございます。サラさん、ライル」
少しだけ聞きなれてきた穏やかで深みのある声。黒い瞳には金の円環が淡く輝いていて、サラは吸い込まれそうな感覚を覚えていた。
「ファルさん、なんで畑になんか…?」
サラの質問に、見れば分かるだろうといった様子で、ファルが不思議そうに首を小さく傾げて見せる。それを見て口を開いたのはグレタだった。
「サラちゃん、おはよう。意外でしょう?芋掘り上手なのよ」
深い皺を刻んだグレタの笑顔に、サラも少しだけ本当の笑顔が溢れた。
「あ…おはよう、グレタさん。芋掘り上手って…?」
少し疑わしげな視線を向けてくるサラを見ながら小さく笑うファルは、端から見たらただの青年に見える。
グレタも小さく笑いながら、近くの木箱に腰を下ろした。
グレタがサラを見上げると、いつもの笑顔から少し悲しそうな笑顔に変わっていた。
「村のこと、色々手伝ってくれてるのよ。あの日の後から、ね」
1日1回、ライルの様子を見にサラの家を訪ねていたファルが、それ以外は便利屋のように村の手伝いをしていたそうだ。それも無償で。
サラの眉間に浅い皺が寄り、ファルを睨んでいた。
「サラさん、顔が怖いですよ?」
ファルが心外だと言わんばかりにサラの顔を覗き込むと、サラは一歩後ずさり顔を背けた。普通の人のように振る舞い、土にまみれているこの男の恐ろしさはサラしか知らない。
「別に…ただ、その…変な人だなと思ったから」
サラは、小さな声で言い訳するように吐き捨てる。その言葉に、ファルの目が少しだけ見開かれた。
「変な、人ですか」
少しだけ、嬉しさを滲ませたようなファルの声。
その声に、サラは思わず視線を合わせた。
「何で、少し嬉しそうなんですか」
サラの質問に、ファルは顎に指を当てて考える仕草を見せた。
「嬉しい…あぁ、そうかもしれませんね」
「何それ」
意味の分からないやり取りに、サラは小さくため息をつく。それと同時に、グレタが小さく笑って見せた。
「ライルは随分とファルさんに懐いたんだね」
サラがグレタの視線の先を見ると、ライルの右手がファルの服の裾を掴んでいた。ファルは屈んでライルに視線を合わせ、頭を撫でようとして手を止めた。
「ライル、私は今汚れているので、後で着替えたらライルの家に行きますね」
ファルの言葉に、ライルの表情が少し明るくなり、小さく頷いた。ファルがサラに視線を移すと、ライルのためならと深く頷いて見せた。
「それでは、できるだけ早く終わらせますので、家で待っていて下さい」
ファルはライルに笑顔を見せてから立ち上がり、芋掘りを再開した。
変わってしまったサラとライルの日常。
変わった先に見えている男の背中が、日常ではないのだと物語っていた。




