第十八話 一時は虚飾に彩られ
王城の門は大きく開かれ、王都の住人が自由に出入りしている。
他国の者はそれに驚き、サラは門の大きさに唖然としていた。
周囲からグランツに挨拶する声が聞こえるが、国王への挨拶というよりは、近所のおじさんに挨拶するような気楽なもので、兵士すら軽い挨拶である。
「相変わらず敬われていませんね」
「馬鹿野郎!慕われてるんだよ!」
「馬鹿にされているの間違いでしょう」
「馬鹿は愛嬌なの知らないのか?」
会話を聞いていた周囲の人達からは笑いが溢れ、ファルはため息をつく。
サラは、そんなふたりや周囲には目もくれず、城の雰囲気に吸い込まれるように人並みに釣られて歩きだした。
「サラさん!迷子になりますよ!」
珍しくファルが声を張ると、サラの肩が持ち上がり振り向いた。
「ごめん…なんか凄くて」
顔を赤らめたサラは恥ずかしそうに笑って見せた。ファルがサラに追い付くと、グランツも後ろから着いてきた。
丁度、グランツがふたりに声を掛けようとすると、周囲が城の広間の方を見て頭を下げた。
「お帰りなさい。グランディア…陛下」
「おう」
鋭く刺すような声でグランツを出迎えたのはアルティスだ。王妃に相応しいドレスに身を包んだアルティスがファルを見て、優雅で丁寧に礼をした。
「先日は失礼致しました」
「はい。見事な演技でしたよ」
「お褒めに預かり光栄です」
最高位神官の姿をしていたアルティスとは別人のような態度に、サラはファルとアルティスを交互に見ていた。
アルティスがサラに視線を移し、笑みを作る。
「貴女も、先日は申し訳ないことをしたわね」
「大丈…えっと…」
アルティスの王族らしい立ち居振舞いにサラが言葉を失うと、アルティスは少女のように笑って見せた。
「そんなに緊張しないで?」
「は…はぁ」
アルティスは尻込みしているサラからグランツに視線を戻すと、明らかに目付きが鋭くなる。
「グランディア陛下…早くおふたりを案内して下さい」
「お…おう。…ふたりとも、こっちだ」
ふたりはグランツに連れられ広間を通りすぎ、そのまま一般人が入れない応接間に通された。
間もなくすると、部屋の前の兵士から声が掛けられた。
「アルティス王妃殿下が参られました」
「通せ」
兵士の声にグランツが返事をすると、応接間の扉が開き、アルティスが入ってきた。グランツは立ち上がりアルティスの横に並び跪いた。
「ファルネーゼ・オドアルド様。ようこそお越し下さいました。グランディア・ローズタニアと、その妻、アルティス・ローズタニアが拝謁致します」
王族が跪くという異様光景の筈が、警備の兵士すら当然のように跪く。サラは何が起きたか分からずにその光景を凝視している。
「それ、やめてくださいと何度も言っていますよね?」
ファルは額に手を当てて深いため息をつく。
その様子を見たグランツが立ち上がると、腰に手を当てて笑いだした。
「やっぱ堅いのはむかねぇよな!…いったぁ!」
グランツが言いきった瞬間、鈍い打撃音が響いた。サラがその音の正体を探すと、グランツの脛にアルティスの肘が直撃していた。
「ぅわ…痛そ…」
サラのその一言で兵士の一人が吹き出し、アルティスも笑いを堪えようと顔が引きつっていた。
「ほら、アルティスも、兵士の方も顔を上げてください。サラさんも、一々反応してたら身が持ちませんよ?」
「私、ここに居ても良いの?」
「当たり前じゃないですか。ほら、全員普段通りにして下さい」
そのファルの一言でアルティスが顔を上げ、兵士も顔を上げた。ファルは呆れたように軽く息を吐いてから立ち上がり、不意に紅茶を淹れ始めた。
「取り敢えず一息付きましょうか」
グランツとアルティスは、何故か来客用の長椅子に座った。警備の兵士は一名だけが部屋に残りグランツの背後に控えようとしたが、グランツが手を上げると何故かグランツの横に座る。
「ほら、穣ちゃんも座れ」
「…はい、いや…え?」
指し示された椅子は、豪華な装飾に上質な生地で、明らかに王族用の椅子。サラは椅子を見て固まり、アルティスがその様子を見て笑いだす。
「訳が分からないし、驚くわよね」
「はい…」
「そのうち分かるわよ」
そうこうしているうちに、紅茶の優雅な香りが漂ってくる。グランツが鼻で大きく息を吸い、アルティスが笑みを浮かべながら匂いを楽しむ。
兵士も深く息を吸っている。
「至高の時間だな…」
「ええ…」
ふたりが浸っている様子に、サラが小首を傾げた。
「美味しいですけど、ファルのいつもの紅茶じゃないですか」
「「「…は?」」」
三人の予想外に強い語気にサラが怖じ気づいたと同時にファルが紅茶を差し出した。
「サラさんの言う通りですよ。普通の紅茶じゃないですか」
ファルが平然と紅茶を配ると、長椅子に座る三人の目が紅茶に釘付けになる。ファルは気にも止めずにサラの横にもう一脚ある豪華な椅子に、当たり前のように座る。
「この椅子嫌いなんですが…まあいいでしょう」
ファルが紅茶に口を付けたのを見て、正面の三人が口を付けた。三人はゆっくりと香りも味も楽しむが、ファルとサラは普通に飲み終えた。
「あなたたち、普通に飲めないんですか?」
「普通の紅茶なのに…」
ファルとサラが呆れ気味に三人を見ていると、グランツが前のめりでサラを見つめた。
「いいか?穣ちゃん。この茶葉はな、もうどこにもないんだよ」
「え?ファルが持ってるじゃないですか」
「違う!作り出せるのは穣ちゃんの隣にいるファルネーゼだけなんだ!」
「そうなんだ…?」
サラが不思議そうにファルを見ると、ファルはいつも通りの穏やかな表情でサラを見返した。
「まぁ、ファルだしね」
「そりゃねーだろ穣ちゃん!もっと驚けよ!」
グランツが立ち上がろうとするのを、兵士とアルティスが押さえつけ、グランツが諦めたように力を抜いた。
「穣ちゃんは、ファルネーゼが怖くないのか?」
「怖かったですけど、今は…親切だけど、変な人、ですかね?」
サラのその言葉に、グランツとアルティスが目を合わせて固まり数秒、大きな笑いに変わった。
「穣ちゃん!そりゃいいな!変な人か!」
「これは流石に我慢できないわね」
兵士も横で小さく肩を揺らしている。ファルはその三人を見て少しだけ笑う。
「変な人、私は気に入ってますよ?」
三人が暫し笑って見せたあと、グランツが姿勢を正すと、ファルも真剣な表情に変わる。
「さて、そろそろ本題に入るか。…ここに来たのは、国の禁書目当てだろ?」
「正確には…サラさんに歴史を、3つ存在する歴史を全て知って貰うことが目的です」
「白、黒、灰…か。黒は禁書にあるが、灰は禁書にもないぞ。寧ろ、知ってるのは教皇ぐらいだろ?俺らだって全部は知らないしな…」
グランツが顎に手を当てて考え込むと、サラが当然の質問を返した。
「歴史が3つって…この国の歴史?三回国が変わってるとか?」
「普通はそう思うわよね。でも、違うの。この世界には、同じ時代に3つの歴史が存在するのよ」
その質問に答えたのはアルティスだったが、ファルが付け足すように話し出した。
「正史…所謂、皆が知っている歴史と、伝えられていない歴史…。そして、葬られた歴史」
「つまり…?」
「サラさん自身で真実を確かめて欲しいんですよ」
いつになく真剣な目をしたファルの瞳には、金の円環が淡く光り、サラの瞳にも金の円環を写し出していた。




