第十五話 消える揺らぎと揺らぐ瞳
ファルへ抱き上げたサラを寝台に降ろし、サラの乱れた髪を軽く整える。
間もなく、サラが魘され始めたのを見て、そっと頬に触れてから立ち上がり、床にある無惨な遺体に歩み寄る。
「また、一つ…」
ファルはそっと呟き、少女の遺体に突き立てられた剣を抜く。ファルに抜かれた剣は塵となり床に落ちた。
ファルが冷たくなった少女の手に触れると、貫かれた痕が消え、服も元通りになっていく。
「せめて…世界を嫌いにならないでいてくれ」
ファルは、少女の両親だったのであろう男女も、炭になってしまっている子どもも戻していく。
ファルが傷を戻しても、誰ひとり息をするものはいない。深く息を吐いて、遺体を丁寧に床に並べていく。
ファルは軽く黙祷をしてからサラに視線を戻した。 魘されて酷い汗をかいているサラの額を軽く拭い、そっと手を握ると、サラが力一杯に握り返してくる。
「大丈夫…サラ、君は死なない。…死なせない。だから帰っておいで」
祈るように両手でサラの手を握り、間もなくするとサラが飛び起きた。
「ぁ、あああぁっ!!」
喉を切り裂くような悲鳴を上げ、サラは腹部を確かめるようにまさぐる。全身が激しく震え涙が溢れ出している。
「サラさん、大丈夫。ただの夢ですよ」
「はっ、はぁ、はぁ……っ!!」
傷が無い事を理解し、呼吸が落ち着きだす。ゆっくりと怯えるようにファルを見ると、少しずつ表情も落ち着いていく。しかし直ぐに焦りだし、ファルの服を掴んだ。
「ライル…ライルは?ねえ、ライルは!?」
「大丈夫、無事です。覚えているでしょう?」
「あ…ぅん。覚えて…る」
サラはファルの服から手を離し少し俯いてから、再度ファルの顔を見た。
「ファル…あなたは、誰?」
「私は、サラさんが知るファル以外の誰でもありませんよ」
互いに目を逸らせないまま暫く沈黙が流れた。
居心地の悪い沈黙から抜け出したのは、サラが長く息を吐いた時だ。
「質問…変えるね…。全部、ファル…なんだね?」
「ええ。私です。怖い…ですか?」
「ごめん…少し」
ファルは柔らかい笑みを浮かべながら目を閉じた。
「それでいいんです。サラさん…あなたは、普通に生きて、普通に年老いて死んで下さい」
「…ファルは、どうなるの?」
ファルは少し驚いてサラを見た。
「そんな事を聞かれたのは初めてですね。…私は変わりませんよ」
「…ずっと、変われないの?」
「そうですね。…それが約束ですから」
そう言ったファルの表情が、サラには酷く穏やかで、酷く寂しそうに見える。
サラは拳を強く握り締めて深く息を吸い込んだ。
「それじゃあファルはずっと独りだよ!そんなの!…駄目だよ…」
サラは唇を噛みしめ俯きながら拳を開いた。手の平には爪の痕がしっかりと残っている。
「ファルの中には…みんな残ってるんだよね」
「ええ。誰1人、忘れてなどいませんよ」
「こんなの、酷すぎるよ…」
サラの涙が自分の手の平に落ち、サラはそれを握り締める。
「ファル…私から約束、していい?」
「なんですか?」
「私は…ファルを独りになんて絶対させないから」
そう言ってファルを見上げたサラの目は、どこまでも真剣で、ファルに対する恐怖の色は消えていた。
ファルは瞳を揺らし、言葉を発しようとして息詰まる。そんなファルを真っ直ぐ見つめ、サラはしっかりとした口調で話続ける。
「王都の図書館に行けば、色々分かるんでしょ?」
「え…ええ。サラさんが知りたいことを教えられると思います」
サラは涙ぐんだ目のまま僅かに笑いを溢した。
「ファルが動揺してるの、初めて見たかも」
ファルは居心地が悪そうに自分の首を撫でて、サラに不自然な笑顔を返す。
「そうかもしれませんね。完全にしてやられました」
「たまには仕返ししないとね」
そう言ってサラは軽く息を吐き、床に寝かされた遺体に視線を向けて軽く黙祷を捧げ、立ち上がる。
「村の人、呼んでこないとね」
「サラさん、村の人からした不自然な遺体になってしまうので、声だけ掛けて村を出ましょう」
「あ…そっか」
ふたりは家を出て、最初に見かけた村人に異変があると告げて村を後にした。
暗くなりかけた空には、微かに月が見えていた。




