第十三話 与えられぬ真実
名もない村に入ると、サラが住んでいた村とは全然違う。家も荒れ果て、外にいる人たちは痩せていて元気もない。
子どもが遊んでいる様子すらない。
「近い村なのに、こんなに違うんだね…」
「ここはサラさんの村と違い、土が痩せてしまっていて農作物が育たないんですよ」
「家畜も居ないし、植物も少ないから肥料がないんだ…」
「流石、農村育ちですね」
サラは村を散策するのかと思って歩いていたが、ファルが少しだけ綺麗な家の前で足を止めた。サラが数歩進んで振り返る。
「どうしたの?」
「いえ、中の様子が少し変だと思いまして」
サラは、雨戸までしまっていて中の様子が伺えない事を確認してファルを見ると、腕組をして何やら考え込んでいる。
ファルが眉間に皺を寄せて玄関に視線を向けた同時に、中から神官服を着た細身の女性が現れた。
「サラさん、私の後ろに」
ファルに促され、サラはファルの後ろに半身を隠した。
女性神官はサラとファルを交互に見てから、少し驚いたように一歩下がった。
「いきなり厄介なのに遭遇したわね」
女性神官は眉間を押さえて下を向いた。
「あれ?あの神官服…何か違う」
サラのその一言を聞いて、女性神官の目付きが鋭くなる。サラが少しだけ肩を強ばらせると、女性神官が口を開いた。
「貴女、神官服って階級によって違うの知らないわけ?」
「す…すみません」
女性神官は呆れたように肩を竦めてから辺りを見回して、ファルに視線を戻した。
「貴方…グランツって神官に会わなかった?」
「グランツさんですか?知りませんね」
「は?あいつ何処にいったのよ…」
女性は手を額に当てて深いため息をついた。
ファルが明らかに嘘を言っているが、何か考えがあるのかとサラは黙って見ている。
「夜逃げでもしたのでしょうか?」
ファルが、如何にも本気と言わんばかりに考え込む。女性神官はそんなファルを睨むとにじり寄る。
「貴女が何かした、とか?」
「するわけないじゃないですか。こんなひ弱な私が神官相手に何かできると思います?」
ファルは体格を見せるように両腕を軽く開く。
「「ひ弱…」」
サラと女性神官の声が重なり、互いに気まずそう目を合わせてしまう。
「なんですか二人とも…私が筋肉隆々に見えるんですか?心外です」
ファルが本気なのか、冗談なのか分からない話をしているせいか、女性神官はファルの瞳を睨むように見つめている。
女性神官は少し見つめた後に、視線を逸らしてため息を吐いた
「貴方、本当に何もしないのね?私たち敵でしょ?」
「余計な事を話したり、したりしなければ、私は敵のつもりはないんですが…」
「それとも、できない、といった方が正しい?」
「どういう意味でしょうか」
ほんの僅か、ファルの雰囲気が変わったのを女性神官は見逃さなかった。女性神官は、ファルの僅かな変化を警戒しながらファルに尋ねた。
「いや、貴方には関係ないか…」
「さて、何の事でしょうか。私はただの黒い神官ですよ?」
ファルは自分の服を見せびらかすように、女性神官にまで背中を向ける。
「本当に警戒心がないわね」
「それより、最高位の神官がこんな小さな村で人殺しですか?」
ファルが話を逸らしたが、まさかの方向へ逸らしたため、サラが勢いよくファルを見た。
「人殺し…?」
「ええ。血の匂いがしますから」
女性神官は面倒そうに舌打ちをしてから身構えた。
「貴方、少し敏感過ぎない?」
「性分なもので。…それより、理由を聞いても?」
「は?何で冷静なのよ」
ファルの態度が余りにも変わらず、女性神官は肩透かしをくらい、サラはそんなファルを探るように見ている。
「いや、貴女が襲われたとか、敵討ちとか色々あるではないですか。だから、怒るのは理由を聞いてから、ですね」
「それは…貴方も良く知っている理由よ」
「そう、ですか…ならそれは仕方がないかもしれませんね」
ファルは少しだけ目付きが鋭くなるが、直ぐに目を閉じてしまう。
サラは遂に黙って見ている事ができずにファルの袖を引き、振り返ったファルの目を見た。
「ファル…?仕方ないってどういうこと?」
「いえ、それは――」
「それ以上口にしたら、流石にまずくないかしら?」
女性神官がファルの言葉を遮ったが、ファルは気にした様子すら見せずに女性神官に向き直る。
「大した話ではないでしょう」
言い終えた瞬間、尋常ではないファルの威圧感が辺りを支配した。
「自分でひ弱とか言っておいて…なんて威圧感出してくれてるのよ」
女性神官の手が僅かに震えているが、必死に押さえ込もうとしている。
ファルの威圧感が更に強くなり、遂に女性神官の膝が笑いだす。
「分かったわよ…さっきのは撤回するわ。話して良いから、その威圧やめてくれない?」
「威圧なんてしていませんよ?」
「良く言うわね…」
ファルからの威圧感がなくなると、女性神官は身体の力を抜いてその場に座り込んだ。
「サラさん、どのみち知ることになるので、今教えますね」
「…うん」
女性神官はファルが話し出すのを見て酷く深いため息ついた。
ファルは横目で確認しただけでサラに向き直り話し出した。
「この大陸…いえ、世界で唯一教会として存在しているレクス・フィニス教会は、創造の神を崇めている訳ではないのですよ」
「え…でも確か教典は…」
「サラさん…人に教えて貰ったことが真実だとは限りません。特に、神話や歴史、人の心など…」
サラが言葉を考えていると、女性神官がファルを睨みながら口を挟んだ。
「貴方、まどろっこしいから私が話すわ」
サラが女性神官の方に振り向き頷くと、ファルは肩をすくめた。
「教会が…いえ、正確には私たちのような高位の者が崇拝してるのは、貴女がよく知っている創造の神とは逆の存在よ」
「逆?」
「破壊や破滅の神…人を例にあげれば、死を与える神よ」
「死を与えるってどんな意味が…」
「これ以上は自分で確かめなさい、と言いたいところだけど、仕事がら貴女を連れて行かなきゃいけないのよね」
サラが一歩後ずさると同時にファルが前に出てサラはを庇うように立つ。
「それはさせませんよ。アーテルに伝えて下さい。しつこいと嫌われますよ、てね」
女性神官の目付きが鋭くなり、拳を握りしめた。
「いくら貴方でも、その名を口にするのはどうかと思うけど?」
「自分では何もできない臆病者の名など、隠す意味はないですから」
ファルが鼻で笑って見せると、突如女性神官が炎の渦を作り出した。
「貴様!愚弄したな!」
女性神官が勢いよく炎の渦を放つが、それは色も熱も失い、ただの風となりファルの髪を揺らした。
女性神官は何が起きたのか分からずに立ち竦む。
「あなたではこちら側には立てませんよ。あなたも、もう少し上手くやるべきではないですか?」
ファルが女性神官に一歩ずつ近づくと、女性神官は構え解いてゆっくり後ずさった。
「やっぱり、人外ね」
「よく言われます。それより…早く引いてくれませんか?」
ファルの口調は変わらないのに、声が無機質に感じられた。
サラから見える女性神官の顔は、グランツにファルが対した時のように怯えていた。
「分かったわよ。引くわよ…」
女性神官はふたりに背を向けて去ろうとすると、一旦立ち止まりサラを見て告げた。
「貴女の弟くん、貴女がいないと殺しても意味ないし、安心して良いわよ」
「え?」
「予定も狂ってるし、貴女がそれと一緒にいる以上、下手に弟くんを誘拐や人質にしたら、教会の被害が酷くなりすぎるし…」
女性神官はそれだけ告げて足早に立ち去った。
「ファルが言ってた通りだね…」
「はい。目的はサラさんですからね」
ファルはそう言いながら目の前の家の中に入って行く。
「酷い…」
ファルの後について行くて、中には家族4人の無惨な遺体が横たわっていた。




