第十二話 並ぶ居場所
「おいおい、本当に一緒にいるじゃねーか。どうすっかなぁ…」
3日程歩いた先にある名もない村の前。乱暴な口調の大柄な神官がふたりの前に立っていた。
ファルは、神官服を見るや否やサラの前に庇うように立ち塞がる。
「教会は相変わらずですね…。退いて頂けると助かるのですが」
「んー…後ろの穣ちゃん置いてくならお前は通すぞ。間違ってもやり合いたくねぇからな」
大柄な神官は勘弁してくれと言わんばかりに万歳をして見せる。
「それでは、無理に退いて貰うしかないですね」
ファルが一歩前に出ると、大柄な神官は大袈裟に後ろに下がり距離を取り、両手を前に出して大袈裟に振って見せた。
「待て!待て待て待て!頼むからやめてくれ!な!な!」
「離れても無駄ですよ?」
「だぁぁ!やめろ!やめてくれ!やめて下さい!」
「煩いですね」
サラは、ふたりのやり取りに思わず吹き出してしまう。すると、ファルが面倒そうな表情でサラを見た。
「面白くないですからね?」
「あ、ごめん」
それでもサラは肩を揺らしている。
ファルはため息をついて大柄な神官に視線を戻し、神官服を眺めた。
「あなた、一応高位神官じゃないですか」
「一応じゃねーよ!」
「いえ、見えないなと思いまして」
「余計なお世話だ!」
ついにサラの笑い声が聞こえて、ファルのため息が深くなった。
大柄な神官はばつが悪そうに頭を掻いている。
「それで?退くのか、強制的に退かされるのか、どちらなんですか」
「どっちも嫌だし、駄目だな」
「話になりませんね」
大柄な神官は腕を組み、目を閉じて真剣に悩みだすが、ファルは面倒そうな表情を変えないでいた。
サラがまだ小さく笑っているせいか、ファルのため息が多い。すると、ファルが小声でサラに話しかけた。
「サラさん、迂回しましょうか」
「え?また追ってくるんじゃない?」
「相手にしなければ良いのです。放っておきましょう」
ファルがサラの背中を押しながら、足早にその場を去ろうとすると、目を閉じている筈の神官がふたりを呼び止めた。
「おい!少しは俺に興味持てよ!」
「教会には色々な意味で興味ありますが、あなたには興味を抱く理由がありません」
「ひっでぇなおい!」
そのやり取りで、またサラが笑いだした。
「笑いすぎですよ」
「だって…!あまりに雑だから」
「ではサラさんが決めてください。あの痴れ者を退かすか、あの痴れ者を排除するか、あの痴れ者を無視するか」
「えっと…無視で」
ファルとサラの言葉に、大柄な神官は項垂れながら小さく呟いた。
「あぁ、神官辞めたい…」
「辞めたらどうですか?」
ファルの即答にサラの笑いが大きくなる。
大柄な神官は、そんなサラを真剣に見つめた。
「なあ穣ちゃん、一緒に居るそいつが何なのか、知っててそこにいるのか?」
その刺されるような声色に、サラの笑いが止まった。サラは恐る恐る神官に視線を向けると、さっきまでの間抜けな表情ではなくなっていた。
「知らないんだな?」
サラがファルに視線を送ると、そこにはサラの知らないファルがいた。そして、ファルの声で、ファルではない冷たい声が響いた
「そこまでにして貰おうか」
その声にサラは一歩後退り、大柄な神官は身構えた。
「おいおい…穣ちゃんが恐がってるぞ」
「それがどうした。貴様の処理が先だろう」
感情が無いような声で、ファルは淡々と言葉を発している。神官も身構えながら少しずつファルから距離を取っていた。しかし、僅かに風がそよいだ瞬間、ファルはいつの間にか神官の後ろから肩を掴んでいた。
「っ!…本当に容赦ねーな」
神官は肩を掴まれたまま両手を上げて降参を示すが、肩を掴むファルの手に力が入る。
「その口を無くすのと、降参できないように腕を無くすならどちらが好みだ?」
「俺は引くからよ…どっちも勘弁してくれ」
「貴様が引いたところで何か変わるのか?」
「いや…変わらねぇな…」
神官は自分の言葉が失言だったことに気付き、言葉を間違えたと言うように必死に首を横に降った。
「待て待て待て!変わる!変わるぞ!色々と!」
神官が必死にファルを説得しようとした瞬間、ファルが神官に耳打ちをした。
「騒ぐな。人間。耳障りだ」
その後、神官の顔が恐怖に染まったのが、離れているサラでも理解できた。
「…ファル?」
サラの呼び声が聞こえていないのか、ファルは視線すら向けてはくれない。サラは妙な焦燥感に駆られ、二人に向かって駆け出した。
「ファル!駄目だよ!」
「穣ちゃん!今のこいつは駄目だ!来るな!」
サラは神官の言葉を無視して、自分でも訳が分からないままファルに抱き付いた。そのままファルを見上げ目が合うと、ファルの瞳は今まで一番金の円環が輝いている、
「穣ちゃん…離れろ。人じゃいられなくなるぞ」
「そんなの、見たから知ってる!」
サラは、何故か心配してくる神官を睨み、吐き捨てるように答えると、ファルの頬に手を伸ばした。
「ファル…約束…側にいてくれるんでしょ?」
ファルの瞳が僅かに揺らぎ、気配が落ち着いていく。すると、ファルは神官の肩から手を離し、サラの頭に置いた。
「すみません。おいたが過ぎました」
ファルは申し訳なさそうに笑顔を作り、サラに謝ってみせた。
「…うん。私、ひとりじゃ野垂れ死ぬからね?」
「それはいけません。私が面倒みますから死なないで下さい」
神官はふたりのやり取りを暫く眺めて、静かに離れてから口を開いた。
「俺は引くぞ!触らぬ神に祟りなしだ!触っちまったけどな…」
「はい、早く居なくなって下さい。邪魔です」
神官は呆れたように肩をすくめて背を向けた。
「ああ、そうだ穣ちゃん、俺はグランツだ!また会うだろうし覚えといてくれよ」
「サラさん、会いたくないので覚えなくていいですよ」
「辛辣だなぁ!まぁいいや!じゃーな穣ちゃん、ファルネーゼ」
神官は手を振り去っていく。
「まったく…余計なことを言って行きましたね」
「ファルネーゼって…ファルの本当の名前?」
「ええ。ですが、ファルのままでお願いしますね?」
「ファルはファルだからね」
ファルが少し安心したように息を吐き、ファルの胸に額を預けるサラの肩を軽く二度叩くと、サラが顔を上げた。
「何?」
「いつまで抱き付いてるつもりですか?」
サラは一瞬で顔が赤くなり、恥ずかしさでまたファルの胸に額を預けた。
「えっと…なんか、ごめん」
「ほら、行きますよ」
ファルは優しくサラの肩を押し離れさせると、村に向かって歩きだす。サラは少し遅れて、小走りで追い付き横並びで歩く。
「ファルって背高いよね」
「あぁ…サラさんと頭二つ分ぐらい違いますもね」
「良い目印になりそう」
「それなら無駄にならなくて済みますね」
名もない小さな村の人々は、ふたりの旅人を警戒するように見つめていた。




