第十一.五話 解けていくもの
今回もサラ視点です。
私の隣を歩くファルには、私に対して警戒心がまったく無い。
当たり前のように隣にいて、当たり前のように私に気を遣う。
寝た振りをしても、私が視界から外れない場所でずっと起きて見張りをしている。いつ寝ているのかも分からない。
でも私はまだ、どこかでこの人を警戒しているんだと思う。
一挙手一投足が気になることもあるし、何を考えているか分からないこともある。
いつも穏やかなこの表情は、本物なのだろうか。
「サラさん、お昼休憩にしましょうか」
ファルが唐突に足を止めた。
私も釣られて足を止めると、ファルが満足そうに笑顔をつくる。
「うん、ちょうどお腹空いてきたとこ」
「足もだいぶ疲れたんじゃないですか?」
「農村の娘馬鹿にすんな」
私が近くの岩に座ろうと視線を移すと、そこには怪我をした野兎が居た。
「あ…もう助からないね」
屈んで野兎を見ると、野犬にでも襲われたのか腸が飛び出ししたまま必死に息をしている。
ファルが私の斜め上から顔を覗かせた。
「…助けたい、ですか?」
「んー…普通なら食料なんだけどね。私たちには必要ないし、助けられるなら助けたいよ」
私は不意に殺された両親と、今も家にいるライルを思い出した。
そうだ、今私の後ろにいるこの人は、死んでさえいなければ助ける事ができるのではないか。
「もしかして、治せるの?」
「それは、この兎次第ですね」
「どういう意味?」
ファルは少し答を考える。
これだ。ファルは、何か重要な事は必ず一呼吸間がある。
「この兎が、まだ生きるというなら助かりますね」
「兎は喋らないよ?」
「ああ、何と言うか…まだ死ぬときではないなら戻せますよ」
「その言い方、嫌だな」
ファルが不思議そうに私を見た。だから、少し睨み返した。
「戻すって…物じゃないんだよ?」
「そう…ですね。すみません」
悪気はないのは分かってる。
穏やかで、優しいのも分かる。
でも、淡泊で、…凄く冷たく感じる時がある。
「…治してみましょうか?」
「うん、お願い」
両親の時と同じだ。ファルが野兎に手を翳すと、時間を戻しているかのように傷が消えていく。
「魔法じゃないみたいだよね」
「まぁ、少し違いますね」
「そうなんだ…あっ」
私が質問しようとしたとき、野兎は勢い良く起き上がり駆けていった。
「良かった、助かったね」
「そうみたいですね。さて、食事にしましょうか」
ファルは直ぐに話を逸らすように食事の支度を始めて、あっという間に料理が並ぶ。
「今、野兎助けたのにお肉料理って…」
「おや、魚の方が良いですか?」
「いや、良いんだけどさ」
ファルが小首を傾げたのが少し可笑しくて、でも掴めない感じがした。
夜になると、一昨日のことを思い出した。
ライルを置いて出てきたこと。ファルが預かり物と言って渡してくれた綺麗な石。
私が石を眺めていると、ファルが隣に座った。
「ねえ…ファルはさ、家族とかどうしてるの?」
「以前はいましたよ」
「そっか…寂しい?」
「もう、慣れてしまいました」
ファルの横顔は、どこか遠くを見ている。私がずっと見ていると、不意に目があった。
「慣れた方がいいのかな…」
「いいえ。サラさんは、慣れないで下さい」
「どうして?」
「寂しさを忘れてしまったら、いつか…帰るのを忘れてしまいますから」
そう言ってファルは立ち上がり、焚き火の近くへ歩いて行った。
私には、帰る場所がある。
村に、ライルの待つ家に…帰っていいんだよね。
それから――
ファルを見ると、この数日間で見慣れた光景が目に入る。
いつものように紅茶を丁寧に入れているファルの背中だ。その背中は無防備で、私の警戒心を解いていった。




