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森番の娘は魔王様?!〜魔物にご飯と仕事をあげていたら、辺境村が魔王領扱いされました〜  作者: 志摩 伊純


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第56話 丸太橋

第1部:辺境領と教会編

第9章:壊れた橋と奉公の道


 五本の丸太は、壊れた灰石橋の横で、何も知らない顔をして並んでいた。


 灰石橋は、壊れたままだ。


 落ちた板も、傾いた横木も、片側だけ残った手すりも、そのままそこにある。石の橋脚だけは川の中で踏ん張っていて、流れは何事もなかったように足元を洗っていた。


 そこから少し外れた岸に、丸太が五本。


 橋ではない。


 橋ではないはずだった。


 けれど、五本並ぶと、人の足が置けそうに見える。手すりはない。柵もない。木の皮はところどころ剥がれ、まだ湿った色をしている。丸みも残っているし、端もきれいには揃っていない。


 それでも、一人ずつなら通れそうだった。


 通れそうだから、困る。


 ミナは丸太の手前で、さっきから同じところを見ていた。


「橋じゃない」


 その言葉は、ほとんど自分へ向いていた。


「危ない丸太」


 隣でトマが胃のあたりを押さえた。


「置いただけなのに通れそうなのが、一番面倒なんだよ」


「通れそうって言わないで」


「見えるんだよ」


「見えてるから困ってる」


 ガルムは丸太の端、岸の土、川の流れを順に見ていた。顔は苦い。


「出来は悪くない」


「ガルム」


「だから危ない。使えると思えば、人は渡る」


 ミナは何も言えなくなった。


 その通りだった。


 使えないものなら、木札一枚で済む。近づくな。渡るな。壊れている。それで足りる。


 でも、これは違う。


 壊れた橋の横で、通れてしまいそうな丸太が、黙ってそこにある。


 川の向こうでは、ヘルマンたちがまだ固まっていた。ラダーナ村の村人たちは、壊れた灰石橋と丸太五本を交互に見ている。こちらへ来ていいのか、来てはだめなのか、自分たちでも決めかねている顔だった。


 ロレンも同じように見ていたが、その目は少し違う。丸太の幅、岸の高さ、人が持てる荷の大きさを、頭の中で量っている顔だ。


 背負い荷の若者は、狼魔獣二頭とルシェラと丸太を順番に見て、どこで驚けばいいのか分からない顔をしている。


 ロウたちは、少し離れた木立の影にいた。


 二頭だけだ。


 それでも、向こう岸の人間たちにとっては、十分すぎるほど大きい。


 キキは丸太の端にしゃがみ込み、手を出さずにじっと見ていた。大人ゴブリンたちも、同じように丸太の皮や隙間を見ている。オークは少し離れて立っていた。手は出していない。けれど、丸太の重さをまだ腕に覚えているような顔だった。


 ルシェラだけが、妙に満足そうだった。


「ふむ」


 ミナの肩が、ぴくりと動いた。


「何もしないで」


「まだ何もしておらぬ」


「その“まだ”が怖い」


 ルシェラは丸太五本を見下ろし、少し顎を上げた。


「案外、悪くないと思うがな」


「思うだけにして」


「思うだけでは、道は分からぬ」


「分からなくていい」


 トマの顔が引きつった。


「待て。今の、すごく嫌な言い方だったぞ」


 次の瞬間、ルシェラは丸太の上に足を置いた。


「ちょっと!」


 ミナの声が川音を越えた。


 ルシェラは止まらない。


 五本の丸太の中央を、まるで乾いた床の上を歩くように進んでいく。足元を確かめる素振りはある。だが、それは怖がっている人の足取りではない。丸太の揺れを見て、重心を乗せ、次の丸太へ移る。その動きは静かで、危なげがなかった。


 だからこそ、見ている方が怖い。


「まだ何も決めてない!」


「渡らないでって言う前に渡るなよ!」


 トマの声は、ミナの横で半分裏返っていた。


 キキが目を丸くして、丸太を見た。


「渡る?」


「渡らない!」


 ミナは即座に首を振った。


「キキは渡らない。誰も渡らない」


 ルシェラは向こう岸へ着いた。


 ラダーナ村側の者たちが、そろって一歩引く。ヘルマンだけは踏みとどまったが、顔は重いままだ。ロレンは帽子の縁に触れ、足元の丸太を見下ろした。


 ルシェラは向こう岸で振り返り、丸太五本をもう一度見た。


「ふむ。案外悪くない」


「それを安全確認にしないで!」


 ミナは両手を口の横へ添え、声を張った。


「ルシェラが渡れたからって、みんなが渡れるってことじゃないから!」


 川の向こうで、ルシェラは少し考える顔をした。


「足を置けば渡れる」


「そういうことじゃない!」


「雨なら滑る」


 丸太の端を見ていたガルムの声が、低く落ちた。


「夜は端が見えん。水が増えれば、丸太ごと危ない」


「荷物を持ったらふらつく。子どもだけなら足の幅も違う」


 ミナは一息で言ってから、丸太を見た。


「だから、まだ誰も渡らない」


 ルシェラは向こう岸で肩をすくめた。


「ならば、そう書けばよい」


「今から考えるの!」


 トマが額を押さえる。


「木札の前に、人が渡るなよ……」


 向こう岸で、背負い荷の若者が何かを言いかけ、ロレンに袖を引かれて止まった。細かな声は川に削られて、こちらまでは届かない。


 ただ、驚いていることだけは分かった。



 ルシェラが渡ってしまったせいで、向こう岸はさらに落ち着かなくなった。


 渡れる。


 その事実だけが、川の上に置かれてしまった。


 ヘルマンは丸太五本を見て、しばらく黙っていた。足元を見る。川を見る。壊れた灰石橋を見る。最後に、こちら岸のミナを見た。


「渡れる……のか」


 声は、川を越えて届くように張られていた。それでも、不安までは隠せない。


 ミナは首を横に振った。


「渡れそうなだけです! まだ決めてません!」


「決めぬままでは、誰かが勝手に渡る」


 ヘルマンは苦い顔をした。


 その視線は、さっき渡ったルシェラへ一度だけ向いた。


 ルシェラは悪びれず、丸太の横に立っている。


 ヘルマンは深く息を吸った。


「わしが、確かめる」


 向こう岸の村人たちがざわめいた。


「ヘルマン様」


「一人ずつだ。荷は持たん。足元を見る」


 ロレンが一歩、横へずれる。


「無理はなさらぬ方がよろしいかと」


「無理をするためではない。無理をさせぬために見る」


 ヘルマンはそう言って、腰の小袋を外し、近くの村人へ渡した。手に何も持たない。足元だけを見て、丸太の前に立つ。


 ミナは息を止めかけた。


「待ってください! ロウたち、下がって!」


 二頭の狼魔獣が、同時に顔を上げる。


「そこだと、足元じゃなくてロウたちを見ちゃうから。少し下がって」


 ロウたちは少しだけ耳を動かし、木立の方へ下がった。


 キキも丸太の近くにいた大人ゴブリンたちへ目を向ける。


「下がる?」


「うん。見えるところでいいから、少しだけ。渡る人が足元を見られなくなる」


 大人ゴブリンたちは、丸太の端から二歩、三歩と離れた。オークも一歩下がる。体が大きいので、一歩でもずいぶん違って見えた。


 ガルムは丸太の端にいる者たちへ、顎を引いた。


「近くに立つな。渡る者がそちらを見る」


「見る」


 キキはうなずいて、丸太から離れた場所に座った。


 ヘルマンは、その様子を向こう岸から見ていた。


「……助かる」


 短く言って、丸太へ足を乗せる。


 誰も声を出さなかった。


 ヘルマンは急がない。一歩目で丸太がどれくらい沈むかを見て、次の足を置く。手すりはない。伸ばした手は空をつかむだけだ。川の音が近い。足元の木の丸みが、靴の裏から伝わっているのが見えるようだった。


 丸太は、大きくは揺れなかった。


 それでも、ヘルマンの顔は緩まない。


 半分ほど来たところで、向こう岸の村人が息を飲む音がした。川音に混じって、こちらにも分かった。


「足元だけ見てください!」


 ミナの声が、丸太の上へ飛んだ。


「前を見すぎないで!」


 ヘルマンは一度うなずき、また足元へ目を落とした。


 最後の一歩で、こちら岸の土を踏む。


 渡り終えた瞬間、ヘルマンは深く息を吐いた。


 誰も拍手はしなかった。


 祝いの空気ではない。


 ただ、渡れてしまった、という重さだけがあった。


「これは……助かる」


 ヘルマンは丸太を振り返った。


「助かるが、軽く扱うものではない」


「はい」


 ミナはすぐにうなずいた。


「橋じゃないです。危ない丸太です」


「渡れてしまうからこそ、決めねばならんな」


 ヘルマンの声は重かった。


 その後、ラダーナ村の者が二人、同じように渡った。誰も荷は持たない。足元を見る。息を詰める。渡り終えてから、ようやく肩を落とす。


 ルシェラは最後に、また丸太を渡って戻ってきた。


 今度は何も言わなかった。


 ミナは言いたいことがたくさんあったが、先に木札のことを考えるしかなかった。



 人が渡れると分かったことで、余計に何も決めないわけにはいかなくなった。


 ミナは丸太の手前にしゃがみ、棒で土に線を引いた。


「たくさん書いても、読まない人は読まないよね」


「読まん者は読まん」


 ガルムの返事は短かった。


「でも、何も書かないと、もっとだめ」


 トマが丸太を見たまま、弱い声で続けた。


「橋じゃないから木札がいる、ってすごい言葉だな」


「橋じゃないから、木札がいるの」


 ミナは土の上に、短く書いていった。


 ひとりずつ。


 荷車だめ。


 雨・夜だめ。


 それだけで、もう土の上がいっぱいに見えた。


 キキが隣からのぞき込む。


「ひとり、ずつ?」


「うん。一人ずつ。二人で乗ったら揺れるかもしれない」


「荷車、だめ?」


「だめ。丸太が動くし、車輪が落ちる」


「雨、だめ?」


「滑る。夜も端が見えないからだめ」


 キキは三つの言葉を、口の中で転がすように繰り返した。


「ひとり。荷車だめ。雨、夜だめ」


「水が増えた時も使わせん」


 ガルムの視線は、丸太の端から離れない。


「それも書く?」


 トマが土の文字を指した。


 ミナはしばらく土の文字を見た。


「全部書くと、読まない気がする」


「でも増水は危ない」


「見張りか、大人が止める。子どもだけもだめ。大きな荷もだめ。馬も家畜もだめ。でも、木札はまず三つ」


 ヘルマンは腕を組み、土の文字を見下ろした。


「こちら側にも同じ札を置こう」


「お願いします」


「ラダーナの者にも、勝手に使わせぬ」


「こっちも、勝手に使わせないです」


 言いながら、ミナは不安になった。


 こっちも、というほど簡単ではない。見張りを誰がするのか。雨が降った時に誰が止めるのか。夜に誰かが来たらどうするのか。決めることは、木札三つでは終わらない。


 でも、全部をここで決めようとすると、誰も動けなくなる。


 まずは、読める木札。


 そのあと、村で相談する。


「見張りもいるな」


 ガルムの低い声が落ちた。


 ミナはうなずいた。


「うん。でも、誰がずっと見るかは、村で決める。今日は、勝手に渡らないようにするところまで」


「村長に報告だな」


 トマの視線が、村の方へ向いた。


「うん。村長にも言う。釘壺より大きい話になってる」


「釘壺が小さく見えてきた」


「小さくはないよ。釘もいるから」


「胃には全部大きい」


 ルシェラは土の文字を見て、うっすら笑った。


「三つか。ずいぶん少ない法だな」


「法じゃない。木札」


「人が守るなら同じことだ」


「同じじゃない」


 ミナは棒で、土の上の言葉をもう一度なぞった。


 ひとりずつ。


 荷車だめ。


 雨・夜だめ。


 簡単すぎる。


 でも、最初に止めるには、これくらいしかない。



 木札の言葉が決まると、次に人が動く場所を決めなければならなかった。


 丸太の近くにいるだけで、渡る人の目が迷う。ゴブリンが動けば、足元ではなくそちらを見てしまう。オークが立てば、丸太よりオークを見る。ロウたちは、遠くにいても目立つ。


 ミナは周りを見回した。


「みんな、少し下がって」


 キキが首を傾げる。


「下がる?」


「うん。渡る人が足元を見られなくなるから。怖がってる時に横に立たないで」


「見るだけ?」


「見えるところでいいから、少しだけ」


 キキは大人ゴブリンたちへ振り向いた。


「下がる」


 大人ゴブリンたちは、丸太から離れて、橋の手前の草地へ移った。オークもその横へ動く。ロウたちは、さらに木立の影へ下がった。


 二頭だけだ。


 それでも、下がると空気が少し軽くなった。


 その様子に、ヘルマンの息が少しだけ抜けた。


「ありがたい。足元だけ見るのも、なかなか難しい」


「怖い時に横に狼魔獣がいたら、見ちゃうと思います」


「見るなと言われても、見るな」


「はい」


 ミナはロウたちの方を見た。


 二頭は何もしていない。ただ座っているだけだ。それでも、外の人には怖い。


 怖がらせるためにいるわけではない。


 そこは、ちゃんと分けないといけなかった。


 ロウたちの耳が、少しだけ動いた。



 ロレンがこちら側へ渡ってきたのは、そのあとだった。


 先にマリクが背負い荷を見下ろし、ロレンへ小さく口を動かした。川音に削られて、ミナには聞こえない。


 ロレンは首を横に振り、荷は向こう岸へ置かせた。


 背負い荷の若者は、少しほっとした顔になった。


 ロレンだけが、丸太道の前に立つ。


 渡る前に、丸太、岸、川、こちら側の土を順番に見た。荷はない。片手で外套の裾を少し押さえ、足を置く場所を選ぶ。


 商人の足取りは、ヘルマンより少し軽かった。


 ただし、油断はない。


 一歩ごとに、どこへ荷を置いたら危ないか、どこで靴が滑るか、どの幅なら背負えるかを見ているようだった。


 こちら岸へ着くと、ロレンはまず丸太を振り返った。


「こわい道ですね」


 向こう岸から、マリクの声が届く。


 ロレンは少し笑った。


「ええ。こわい道です」


 それから、ミナへ向き直る。


「改めまして、ロレンと申します。トレオの方から、細い荷を扱っております」


 ミナは少し慌てて頭を下げた。


「ミナです。今日は、その……来てくれてありがとうございます」


「こちらこそ、道を見せていただきました」


 ロレンは丸太五本へ目を向ける。


「荷車は無理です。馬も無理でしょう。ですが、人が背負う分なら、考えようはあります」


 トマの声が、小さく落ちた。


「商人って、こういう時でも商人なんだな」


「こういう時だから、商人なのですよ」


 ロレンの返しは穏やかだった。


 ミナは少し迷ってから、言葉を選んだ。


「うちは、塩も釘も縄も布も薬も、欲しいものは多いです」


「はい」


「でも、いっぺんには買えません。値段と量を聞かせてもらって、村で相談したいです」


「ええ。それが商売です。急がせるつもりはありません」


 その声に、ミナは少しだけ肩の力を抜いた。


 商人は怖い。


 だが、来てくれるなら助かる。


 塩はいる。釘もいる。縄も、布も、薬もいる。欲しいものを数えたら、村の財布が先に逃げ出しそうになる。


 だから、今決めない。


 聞く。


 持ち帰って、村で考える。


「それと、皮も……売れるかどうか、見てもらえると助かります」


 ロレンの目が少しだけ動いた。


「皮ですか」


「はい。でも、村で使う分もあるので、全部売るわけじゃないです」


「もちろん」


 ロレンはすぐにうなずいた。


「売れるもの、使うもの、売らない方がよいもの。分けて見るところからでしょう」


「そうしてもらえると、助かります」


「まずは、値と量を出しましょう。背負える荷なら、日を改めて考えられます」


 その言い方は、助けるでも、従うでもない。


 商売だった。


 だから、ミナは少しだけ安心した。


「お願いします」


 ただし、何も決まっていない。


 釘も縄も、布も薬も、まだこちらへ来ていない。皮も売れていない。ロレンはミストル村の中へも入っていない。


 丸太道を渡って、挨拶をしただけだ。


 それでも、道が通れてしまうと、話も少し通ってしまう。


 それがまた、ミナには少し怖かった。



 木札の言葉とロレンの挨拶が一段落すると、別のものが動き始めた。


 キキの目が、丸太から灰石橋へ移っていた。


 大人ゴブリンたちも、同じように壊れた橋を見ている。落ちた板。傾いた横木。石の隙間。橋脚の根元。さっきまで丸太を見ていた目が、今度は壊れた橋そのものを測るように動いていた。


 オークも、灰石橋の橋脚を見ていた。


 重さを見ている顔だった。


 トマがすぐ気づく。


「今、そっち見たよな。橋本体の方、見たよな」


 ミナも振り向く。


「キキ」


「石、見る?」


「今日はそこまでしない」


「木、足りない?」


「灰石橋はまだ」


「まだ?」


「まだ。危ないところには近づかない」


 キキは少しだけ残念そうに、けれど素直にうなずいた。


「まだ」


 大人ゴブリンたちも、橋本体から一歩下がる。オークは橋脚を見たまま、動かなかった。動かなかっただけ、ましだった。


 ガルムは橋脚を見ていたオークの前に、静かに立った。


「今日はそこまでだ」


 オークはようやく目を下げた。


「まだ」


「そう。まだ」


 ミナは強めにうなずいた。


 灰石橋は壊れている。


 直っていない。


 今は、そこへ手を出す日ではない。


 それなのに、ゴブリンたちの目はもう、壊れたものをどう見るか覚え始めている。


 トマの胃が、音を立てずに沈んだ気がした。


「木札が先。橋はまだ。商人さんの値段もまだ。皮もまだ。肉もまだ」


 言ってから、ミナは最後の一つを自分で足してしまったことに気づいた。


 ルシェラの目が、ゆっくりこちらを向く。


「肉か」


「言ってない」


「今、言った」


「言ったけど、そういう意味じゃない」


 ルシェラは丸太道を見て、満足そうにうなずいた。


「道が通った祝いだ。今夜も肉だな」


 木立の影で、ロウ二頭の耳が同時に伏せた。


 その動きを、トマは見逃さなかった。


「今、ロウたちの耳が一斉に寝たぞ」


「毎回、肉にしないで」


 ミナはすぐ顔を上げた。


「塩がないんだよ。肉を焼くにも、保存するにも、塩がいるの」


「祝いより塩か」


「今日は木札が先」


「道より木札か」


「通ったから危ないの。まず木札」


 ルシェラは少しだけ考え、それから楽しそうに笑った。


「ふむ。危ないから札を立て、通るから塩を買う。忙しい道だな」


「道じゃない」


 ミナは最後までそこだけは譲らなかった。


「危ない丸太。灰石橋は壊れたまま。今日は、木札を決めて、村に戻って相談する」


 土の上には、短い三つの言葉が残っている。


 ひとりずつ。


 荷車だめ。


 雨・夜だめ。


 川の向こうでも、ラダーナ村の者たちが同じように場所を見ていた。どこに札を立てるか。誰が止めるか。どこまで使わせるか。まだ全部は決まっていない。


 ロレンは、丸太道とミナと土の文字を順に見た。


 商売は、まだ始まっていない。


 橋修理も、まだ始まっていない。


 肉の支度も、始まっていない。


 ただ、壊れた灰石橋の横に、通れてしまう危ない丸太がある。


 そして、その前で、ミナは木札に書く言葉を見下ろしていた。


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