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森番の娘は魔王様?!〜魔物にご飯と仕事をあげていたら、辺境村が魔王領扱いされました〜  作者: 志摩 伊純


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第35話 腹を空かせた優しい魔物

第1部:辺境領と教会編

第7章:オークと倉庫づくり


 いつも見回る森の浅いところから一歩奥へ進むと、土の匂いが少し変わった。


 湿った泥の匂いは同じだ。雪解け水が倒木の下にたまり、落ち葉が黒く重くなっているのも同じ。けれど、そこに木の皮を削った匂いと、掘り返した根の青い匂いが混ざっている。


 ミナは足元を見ながら、ゆっくり進んだ。大きなくぼみは、森の奥へまっすぐ続いているわけではない。水場へ寄り、倒木の陰へ寄り、また少し外縁の方へ戻る。迷っているようにも見えるし、何かを探しているようにも見えた。


「村へ向かっている感じじゃない」


 トマが小さく息を吐く。


「なら帰らないか?」


「でも、村には近い」


「嫌な返しだな」


 ガルムは弓を手にしたまま、泥の端を見ていた。矢は番えていない。けれど、いつでも動ける距離にある。


「歩幅が広く、重い。だが、走ってはいない」


「追われてる感じ?」


「それだけでは分からん」


 ミナはしゃがみ、泥に触れないぎりぎりで指を止めた。足跡の横に、根を掘った跡がある。大きな手で土をかき分けたような跡だった。食べられる根を探したのか、ただ倒木の下を見たのかは分からない。近くの木の皮も、低いところが雑に削れていた。


「腹が減ってるのかも」


「この足跡の主が?」


 トマが森の奥を見る。


「足跡から想像するに、大きいよなあ」


「だから困る」


 ミナは木の皮の削れたところを見た。乱暴に荒らしたというより、食べられるものを探して、うまくいかなかった跡に見える。火を使おうとしたらしい黒い枝もある。けれど焚き火にはなっていない。湿った枝を集めて、すぐ諦めたような、小さな失敗の跡だ。


 ルシェラは楽しそうに、けれど珍しく静かに周囲を見ていた。


「大きい。重い。腹も空いておる」


「見たの?」


「匂いで分かるものもある」


「それだけじゃ決められない」


「小娘は匂いより目を信じるか」


「見てないものを決めないだけ」


 ロウは少し前方の木立の陰にいた。鼻先を泥の端に寄せ、すぐに顔を上げる。牙は見せない。唸りもない。ただ、森の奥とミナを交互に見ている。


「ロウ、追わない」


 耳が動いた。


 従ったのか、もともと追う気がないのかは分からない。ロウはそれ以上前へ出ず、少し外側を歩いた。ほかの魔狼たちも、ミナたちの左右に散る。囲むというより、距離を置いている。


「大きい足跡、魔狼、ゴブリン、ハーピー……次は何だよ」


「まだ足跡だけだよ」


「足跡だけで十分嫌なんだよ」


「でも、村へ向かってるかは見ないと」


 トマは肩を落としたが、予備札を握った手は離さなかった。


 ミナは木の幹にもう一枚、目印札を結んだ。戻るためと、あとでバルドに説明するためだ。足元の泥は、歩くたびに少しずつ形を失っていく。印を残しておかないと、帰りに同じ道とは分からなくなる。


 昼過ぎの光が、木々の間から細く入っていた。


 まだ戻れる。


 でも、そろそろ戻ることも考えないといけない。


「もう少しだけ」


 ミナは足跡の先を見る。


「次に開けたところがあったら、そこで戻るか決める」


「それ、戻らないやつじゃないか?」


「戻るか決める」


「ほんとかよ」


 ガルムが前を見た。


「静かに」


 その一言で、トマの口が閉じた。


 水音の向こうに、別の音が混ざっていた。枝が折れる音ではない。獣が走る音でもない。何か重いものが、ゆっくり体勢を変えたような、湿った落ち葉の押しつぶされる音だった。


 ミナは足を止めた。


 少し先に、木々が途切れた小さな場所があった。倒木が何本か重なり、その間だけ空が見えている。地面はぬかるんでいるが、太い根が少し盛り上がっていて、座ることはできそうだった。


 そこに、大きな影がいた。


 ひとつではない。


 五つ。



 最初に見えたのは、肩だった。


 人よりずっと広い肩。丸太のような腕。大きな手。泥のついた布を腰に巻き、粗い皮を肩にかけている。顔は人に似ているようで、まるで違う。鼻は低く広く、牙のような歯が少し見えた。


 一体が倒木の陰に座り込んでいる。別の一体は、木の根元を掘っていた。二体は荷物らしきものを抱え、疲れたようにしゃがんでいる。そして一番大きな一体が、仲間を背に隠すように立っていた。


 大きい。


 近い。


 怖い。


 ミナたちが固まったのと、向こうが固まったのは、ほとんど同時だった。


「……でか」


 トマの声は、いつもより小さかった。


 根を掘っていた一体が顔を上げる。


「に、人間」


 別の一体が、慌てて荷物を胸元へ抱え直した。立ち上がろうとして、足元の泥に滑り、また座り込みそうになる。大柄な一体は、無言で半歩前へ出た。仲間を守るようにも見えるし、自分も驚いて動けなくなったようにも見えた。


 ガルムの弓が上がる。


「動くな」


 ロウたちが外側へ広がった。噛みに行かない。吠えもしない。けれど、オークたちが村側へ走れば、すぐ分かる位置にいた。


 その瞬間、大きな影たちの視線がロウへ移った。


「狼、近い」


 若そうな一体の声が震えた。


「こわい」


 次に、ルシェラを見た。


 若い一体の耳のあたりが、びくっと動く。


「あの女、もっとこわい」


 大柄な一体が、ほんの少しだけ後ろへ下がった。仲間を庇う位置のまま、足だけが下がる。怖いのか、守ろうとしているのか。


 ルシェラは目を細めた。


「ほう」


「ルシェラ、前に出ない」


「まだ出ておらぬ」


「出そうだった」


「見るだけだ」


「見るだけでも近い」


 ミナは少しだけ手を上げた。こちらが突っ込まないことを示すためだったが、自分の手も強張っているのが分かった。


 代表格らしい一体が、慌てて両手を上げる。


 大きな手だった。泥がついている。爪はあるが、刃物のようではない。武器は持っていない。


「おでたち、悪いオーク、違う」


 森の中の空気が、一瞬ずれた。


「……オーク」


 トマがつぶやく。


「自分で言った」


「言ったね」


 ミナも少しだけ混乱した。


 大きな足跡。二本で歩く。森の奥と外縁の間を迷うような痕跡。腹を空かせた跡。そこまでは見ていた。けれど、本人たちが震えながら「悪いオーク違う」と言うところまでは、考えていなかった。


 代表格のオークは、両手を上げたまま早口になる。


「村、荒らさん。人間、ここ来る、思わん。おでたち、ここ、いる。村、行かん」


 若いオークが横で小さく震えていた。


「おで、食われる?」


「誰に」


 トマが思わず聞いた。


 若いオークはロウを見て、ルシェラを見た。


「狼。あの女。どっちも」


「失礼な」


 ルシェラが一歩進みかける。


 五体のオークが、そろって固まった。


 大柄な一体の膝が、少し曲がる。若い一体は小さく「終わった」と言った。荷物を抱えていた一体が、何かを落としかけて慌てて抱え直す。代表格のオークは両手を上げたまま、目だけで逃げ道を探している。


「ルシェラ、止まって」


「まだ何もしておらぬ」


「今、五体とも終わった顔したよ」


「鍛え甲斐がありそうだ」


「鍛えない」


 ミナは強めに言った。


 ガルムの弓が、ルシェラとオークの間に入るように少し向きを変える。撃つためではない。線を作るためだ。


「双方、動くな」


 その低い声で、場が少しだけ戻った。


 ロウは外側で止まっている。牙は見せていない。だが、金色の目はオークたちを見ていた。オークたちにとっては、それだけで十分怖いらしい。


 ミナは息を吸った。


 目の前にいるのは、大きな魔物だ。


 怖い。


 でも、最初に言ったのは「悪いオーク違う」だった。


「武器は?」


 代表格のオークは、慌てて自分の腰を見た。木の棒が一本、荷物の横に置かれている。それは武器というより、歩くための杖に見えた。


「棒、ある。でも、振らん」


「振らないで」


「振らん」


「村へ行くつもりは?」


「行かん」


「畑は?」


「入らん」


「家畜は?」


「取らん」


 若いオークが、腹を押さえた。


「飯……いや、取らん」


 代表格が若い方をにらむ。若いオークは両手を口の前に当てた。


「取らん」


 ミナはその様子を見た。腹は減っている。隠しても分かる。頬がこけ、目が落ちくぼみ、座っている二体は立ち上がる力も惜しんでいるようだった。大柄な一体だけが立っているが、その足元にも疲れが出ている。


 仲間を支えている。


 そう見えた。


「腹、減ってるの?」


 代表格は少し黙った。


 認めるのが恥ずかしいのか、認めたら食べ物を奪うつもりだと思われると考えたのかもしれない。


「減っとる」


 大きな声ではなかった。


「けど、取らん」


「根を掘ったのは?」


「食べる根、探した。少ない。火、つかん。木、湿っとる」


「だから皮を削った?」


「少し。悪い木、したか?」


 ミナは木の皮を削った跡を思い出した。村の木ではない。森の木だ。けれど、削りすぎれば木は傷む。


「削りすぎはだめ」


「分かった。少しにする」


「少しも、場所による」


「むずかしい」


「難しいよ」


 トマが小さく言う。


「森の中でオーク相手に木の皮の削り方を注意してる……」


「木が枯れたら困るでしょ」


「今そこかなあ……」


 ルシェラは楽しそうに笑った。


「小娘、木を庇い、オークを叱るか」


「叱ってない。木の話」


「同じだ」


「違う」


 若いオークが、ルシェラの声にまたびくっとした。


「あの女、笑った。おで、終わる?」


「終わらない」


 ミナはルシェラの前に一歩出た。


「ルシェラは後ろ」


「わたしは何もしておらぬ」


「怖がってる」


「魔物が怖がるな」


「怖いものは怖いよ」


 オークたちが、そろって小さくうなずいた。


 ルシェラは不服そうだったが、足は止めた。



 聞けたことは、本当に少しだけだった。


 オークたちは五体。森の奥から来た。ここに長くいるつもりではなかったが、戻りにくい。何かに追われたような気配はある。けれど、何に、いつ、どこから、という話になると、代表格の言葉は急に少なくなった。


「奥、だめ」


「何が?」


「だめ。戻れん」


「追われた?」


 代表格は、すぐには答えなかった。大柄な一体が、荷物を抱えた仲間の前に少し体を寄せる。若い一体は森の奥を見て、すぐ目をそらした。


「今は、言わん」


 ガルムの目が細くなる。


「言えん、か」


「言わん。悪いこと、してない。けど、言うと、こわい」


 ミナはそれ以上、追わなかった。


 事情は聞きたい。


 でも、ここで無理に聞けば、相手は逃げるか、固まるか、嘘を言う。逃げた先が村側なら、もっと困る。


「じゃあ、今は聞かない」


 トマが少し目を丸くする。


「聞かないのか」


「今は」


「今は、が増えたな」


「村に近づかない方が先」


 ミナは代表格のオークを見た。


「ここより村側には来ない。畑、水路、家畜小屋、村道には近づかない。人を見つけても近づかない。食べ物が欲しくても、取らない」


 代表格は必死にうなずいた。


「村、行かん。畑、入らん。家畜、取らん。人、近づかん」


 若いオークが口を開きかけた。


「飯は」


 代表格と大柄な一体が同時に若いオークを見る。


 若いオークは肩をすくめた。


「取らん」


「明日、少し持ってこられるか相談する」


 ミナが言うと、オークたちの動きが止まった。


 トマも止まった。


「ミナ」


「少しだけ」


「少しで足りる大きさか?」


「足りない。でも、何もせず取られるよりいい。今日は手持ちだけ」


 ミナは道具袋を開けた。中には、森歩き用の固い黒パンの欠片と、干し肉が少しだけある。昼前に出た時、もし戻りが遅くなったら食べるつもりで入れたものだ。五体のオークの腹を満たす量ではない。


 それでも、何もないよりはましだった。


 ガルムが眉をひそめる。


「餌づけるな」


「餌じゃない。約束の代わり」


「食べ物を見せれば近づく」


「だから、ここに置いて、明日もう一度見る。村では出さない」


 ガルムは少し黙った。危険を見ている顔だったが、反対だけをしている顔でもなかった。腹を空かせた大きなものが村へ向かう方が、もっと危ない。それは分かっている。


「量は少しだ。手渡しはするな」


「うん」


 ミナは近くの平たい石を指した。


「そこに置く。私たちは下がる。取るのは、そのあと」


 代表格のオークは、何度もうなずいた。


「分かった。置く。下がる。取る」


「違う。私たちが置いて下がる。そっちが取る」


「分かった。人間、置く。人間、下がる。おでたち、取る」


「あと、取り合わない」


 若いオークが固まる。


「……取り合わん」


 大柄な一体が、若いオークの肩を軽く押さえた。押さえ方は重いが、乱暴ではない。仲間が前へ出ないようにしている。


 ミナは黒パンと干し肉を石に置いた。


 少ない。


 本当に少ない。


 けれど、オークたちはそれを見て、妙に静かになった。若いオークだけが一度喉を鳴らし、すぐ自分の口を押さえる。


 ミナたちは下がった。


 ロウは動かない。


 ルシェラも、ミナに見られているので動かない。


 代表格がゆっくり近づき、石の上の食べ物を取った。真っ先に自分の口へ入れるのではなく、座っている二体へ分ける。次に若い一体へ少し。大柄な一体へも渡そうとしたが、相手は首を横へ振った。


 若いオークがその分を見て、少しだけ手を伸ばしかける。


 大柄な一体が、また肩を押さえた。


「おで、分かっとる」


 若い声は小さかった。


 代表格は最後に、本当に小さな欠片を自分の口へ入れた。


 トマが声を低くする。


「腹減ってるな」


「うん」


「でも、取り合わなかったな」


「うん」


 ミナはその様子を見た。


 怖い。


 大きい。


 でも、仲間に先に渡した。


 だから安全、とはならない。


 でも、見たことは、見た。


「明日、また来る」


 代表格のオークが顔を上げた。


「明日?」


「食べ物を少し。話も少し。だけど、村には近づかない。ここから動くなら、村と反対側」


「ここ、いる。村、行かん」


「森の奥へ逃げる?」


 代表格は森の奥を見た。


 若いオークも、大柄な一体も、同じ方を見た。


 誰もすぐ答えなかった。


「……今は、ここ」


「じゃあ、ここから村側へ来ない」


「来ん」


「ロウ、追わない」


 ミナは念のため、森側の金色の目へ向けても言った。


 ロウの耳が動く。


 オークたちもロウを見て、また少し固まった。


「狼、追わん?」


「今は追わない」


「今は」


 若いオークが、その言葉にさらに青ざめたような顔をした。


「言葉、こわい」


「村へ来なければ、追わない」


 ガルムが低く補った。


「約束を破れば、話は別だ」


 代表格は深くうなずいた。


「破らん」



 帰り道、トマはずっと黙っていた。


 珍しいことだった。森のぬかるみを避け、目印札をたどり、倒木の横を戻るあいだ、何度か口を開きかけては閉じる。村の方の煙が見えてくる頃になって、ようやく声を出した。


「……オークだったな」


「うん」


「でかかったな」


「うん」


「悪いオーク違う、って言ってたな」


「言ってた」


「どうするんだよ」


「村に近づけない。明日、少し食べ物を持ってもう一度見る」


「それで済むか?」


「済ませたい」


「願いになってるぞ」


「うん」


 ガルムは前を歩いている。弓は下げたが、警戒は解いていなかった。


「大きい。しかも、腹を空かせている。事情も言わん。甘く見るなよ」


「うん」


「だが、村へ走る様子はなかった」


「うん」


「食べ物を取り合わず、分けた」


「見た」


「なら、明日もう一度見るしかない」


 ガルムの声は硬い。けれど、そこで切らなかった。


 ミナは少しだけ息を吐いた。


 ルシェラは横で退屈そうではなく、妙に満足そうだった。


「腹を空かせた大きな者どもか。なかなかよい」


「よくない」


「怖がり方もよい」


「ルシェラが怖がらせたの」


「わたしは立っていただけだ」


「立ってるだけで怖いこともある」


「それは誉め言葉か」


「違う」


 ロウたちは少し離れて戻った。村の外縁が近づくと、森側の線で止まる。いつものように、木札より内側へは来ない。


 オークたちと違って、ロウたちはもう線を知っている。


 ミナはそれを見て、少しだけ息を詰めた。


 線は、一度引いたら終わりではない。


 相手が増えれば、また引き直すことになる。



 村へ戻って報告すると、すぐに騒ぎになった。


 まずバルドの眉間にしわが寄り、次にトマの説明を聞いていた村人の顔が青くなり、最後にリィナが薪小屋の入口から羽を広げて叫んだ。


「オーク!?」


「大声を出すなよ」


「出るでしょ! オークって大きいやつでしょ!」


「でかかった」


「どのくらい?」


 トマが両手を広げた。


「これくらい」


「雑!」


「実際でかいんだよ」


 キキは木札の外で、話を聞いていた。オークという言葉に反応したのか、少しだけミナの方へ寄る。


「オーク、こわい?」


「大きいから怖いね」


「悪い?」


「まだ決めない」


 キキは少し考えた。


「ミナ、いつも」


「いつもだね」


 バルドは深く息を吐いた。


「五体か」


「五体」


「村へ近づけるな」


「近づけない」


「食べ物をやるのか」


「少しだけ。取られるより、約束を作る方がいいと思う」


「約束で止まる相手か」


「まだ分からない。でも今日、食べ物は分けた。取り合わなかった。村へ行かないと言った」


 バルドは黙った。


 村人たちはざわついている。オーク。五体。森の少し奥。腹を空かせている。どれも安心できる言葉ではない。しかも、ミストル村にはすでにゴブリン、魔狼、ハーピー、スライムがいる。外からどう見えるかなど、考えたくもなかった。


 考えたくなくても、トマは考えてしまったらしい。


「ゴブリンの次はオークか。外から見たら、もう魔物が順番待ちしてる村だぞ」


「順番待ちじゃない」


「じゃあ何だよ」


「森で困ってた」


「それを外の人が分かってくれるかな」


「分かってくれないかも」


「そこは否定してほしかった」


 ガルムが短く言う。


「明日は人数を絞る。村人は近づけん。食べ物も少しだ。武器を持つ者は離れて見る。挑発はするな」


 リィナが手を上げた。


「あたしは?」


「留守番」


「まだ何も言ってない!」


「飛んで見に行きたい顔してる」


「顔は自由じゃん!」


「オークが驚く。リィナも驚く。多分うるさい」


 キキがうなずいた。


「リィナ、うるさい」


「キキまで!」


 少しだけ、村人の空気が緩んだ。


 すぐにまた重くなる。


 バルドはミナを見た。


「明日、食べ物を持って行く。ただし、村には入れん。近づけん。できれば、村近くから離れてもらう」


「うん」


「事情は聞く。だが、すぐ受けるな」


「受けない。まだ何も決めない」


「いつも言葉だけはよいんじゃがな……」


 ミナは森の方を見た。


 黒枝の森は、夕方の影に沈み始めている。あの奥に、五体の大きなオークたちがいる。腹を空かせ、疲れ、何があったかを言えないまま、ここに留まっている。


 怖い。


 放っておくのも怖い。


 近づけるのは、もっと怖い。


「明日、もう一度見る」


 ミナはそう決めた。


「食べ物は少し。話も少し。村へは近づけない」


 リィナが小さくつぶやく。


「少しばっかり」


「一度にたくさんは、危ないから」


 森側で、ロウの金色の目が動いた。


 その目が、村ではなく、森の奥を見ていた。


 ミナはそれを見て、明日の食べ物の量と、連れていく人数と、帰る時間を頭の中で並べ始めた。


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