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森番の娘は魔王様?!〜魔物にご飯と仕事をあげていたら、辺境村が魔王領扱いされました〜  作者: 志摩 伊純


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第1話 朝ごはんと居候


森番小屋の朝は、だいたい煙のにおいから始まる。


ミナは炉の前にしゃがみこみ、灰の下に残っていた火種を細い枝でつついた。赤い点が、奥でかすかに息を吹き返す。そこへ乾いた草を少し、細く割った薪を二本。


ふっと息を吹きかけると、炉の奥で小さな火が舌を出した。


「よし」


短くつぶやいて、ミナは黒ずんだ鍋を炉にかけた。


鍋の中には、水と麦が少し。そこへ昨夜のうちに刻んでおいた根菜の端を入れる。皮の近くの固いところ、形の悪い切れ端、葉に近い筋ばった部分。捨てるほどではないが、客に出すには少し寂しいところだ。


もちろん、森番小屋に客向きの食事などほとんどない。


ミナは棚から小さな袋を取り出し、乾いた豆を数粒、手のひらに転がした。


「……今日は、五つ」


六つにしようか少し迷って、ひとつ戻す。


豆を鍋に落とすと、底でこつんと小さな音がした。さらに干し肉の切れ端を、爪の先ほどだけ削って入れる。肉というより、肉の気配である。


最後に、塩壺を持ち上げた。


軽い。


ミナは壺を傾け、底に指先を入れた。ざらりとした粒がほんの少しだけつく。それを親指でこすって鍋に落とす。


「……今度、トレオの商人さん来るかな」


来てくれないと困る。


塩がなければ、干し肉も漬物も作りにくい。魚が獲れても長くもたない。冬の前に塩が切れるのは、森で弦が切れるよりたちが悪い。


ミナが壺を棚に戻したところで、背後の寝台から低いうめき声がした。


「……肉の匂いがした」


「気のせい」


「した」


「切れ端は入れたよ」


「切れ端を肉と呼ぶのは、肉への侮辱ではないか」


古い毛布の山がもぞもぞ動いた。


そこから現れたのは、寝起きの悪い女だった。長い髪は適当にほどけ、寝間着が肩から半分ずれている。顔立ちは整っているのに、起き抜けの目つきが悪いせいで、朝から近寄りがたい。


名前はルシェラ。


ミナの家に転がり込んでいる、よく食べる居候である。


「昨日、猪の腿を焼いたでしょ」


「昨日は昨日だ。今日の腹は今日空く」


「だからって毎朝肉は出ないよ」


「小娘、わたしは成長期だ」


ミナは振り返り、ルシェラを上から下まで見た。


背は高い。手足も長い。どう見ても育ちきっている。


「どこが?」


「魂が」


「魂は粥で育てて」


「雑だな」


「うちの朝ごはんは雑じゃなくて質素なの」


言いながら、ミナは木べらで鍋をかき混ぜた。薄い麦粥が、ぷつぷつと静かに泡を立てている。根菜の端から少し甘い匂いが出て、干し肉の切れ端からは、ほんのかすかに塩気のある香りが混じった。


ルシェラは寝台から足を下ろし、しばらく炉の火を眺めた。


「……魚は」


「ない」


「卵は」


「鶏が最近けち」


「山羊の乳は」


「村長の家の子が熱を出したから、昨日持っていった」


「肉は」


「だから昨日食べた」


ルシェラは深く息を吐いた。


「この世は厳しいな」


「今さら?」


ミナは椀を二つ並べ、粥をよそった。自分の椀には少なめ。ルシェラの椀には少し多め。


それを見て、ルシェラが片眉を上げる。


「多い方を寄越すとは、殊勝な心がけだ」


「その代わり、あとで薪を束ね直して」


「……見返りが早い」


「昨日、外に積んだ薪、崩れてた。濡れたら中まで湿るよ」


「濡れたなら乾かせばよい」


「乾かすのは誰?」


「……火」


「火を焚く薪が湿ってる話をしてるの」


「むう」


ルシェラは不満げに唸ったが、椀を受け取る手は早かった。


二人は炉のそばの低い台を挟んで座った。


小屋の中は狭い。梁は煤け、扉の下にはすきま風を防ぐための布が詰めてある。壁に吊るした木札が、すきま風でかたかた鳴った。森の獣道を刻んだ札だ。父が使っていた頃から、少しずつ増えている。


古い弓、予備の縄、薬草の束。戸口には繕った跡の多い外套。炉のそばには、割った薪が少し斜めに積まれていた。


きれいな家ではない。


けれど、必要なものは手の届くところにある。


ミナは粥をひと口すすった。


薄い。


でも温かい。


「塩、やっぱり少ないね」


「わたしは構わん。肉があれば」


「肉にも塩はいるの」


「肉はそのままでもうまい」


「保存する話」


「食えば保存する必要はない」


「全部食べたら冬に困るでしょ」


「冬は冬で狩ればよい」


ミナは椀を置いて、じっとルシェラを見た。


「吹雪の日に?」


「……吹雪の日は寝る」


「だから保存するの」


「理屈はわかった。納得はしていない」


「そこはして」


ルシェラはぶつぶつ文句を言いながらも、粥を食べる手を止めなかった。むしろ速い。肉がない、薄い、塩が足りない、と散々言っていたわりに、椀の中身はあっという間に減っていく。


ミナが半分ほど食べた頃には、ルシェラの椀は空になっていた。


「おかわり」


「ない」


「鍋にある」


「あれは昼の分」


「昼のわたしが我慢すればよい」


「朝のルシェラが我慢して」


「朝のわたしは腹が減っている」


「昼もどうせ減ってるでしょ」


「よくわかっているではないか」


「毎日見てるからね」


ミナは鍋の中を見た。昼まで残すには少し心もとない量だ。けれど、ルシェラは昨日、本当に大きな猪を一頭運んできた。村にも肉を分けられたし、骨は煮出せるし、皮も使える。


文句は多い。


鍋は洗わない。干し肉は勝手に減る。大根もたまに抜く。


それでも昨日の猪は、村の何軒かに肉を分けられるほど大きかった。骨も皮も、冬までに使い道がある。


「……少しだけね。働いた分は食べていいから。その代わり、薪」


「よし」


ルシェラは椀を差し出した。


ミナは粥を少しだけ足す。ほんの少しのつもりだったが、ルシェラの視線があまりにまっすぐだったので、さらに木べら一杯分増えた。


ルシェラは椀を見下ろし、ふっと目を細める。


「働きに食を返し、食に務めを結ぶか」


「粥と薪の話だよ」


「小娘、やはりおぬしは――」


「鍋も洗ってね」


「……むう」


ルシェラは何かを飲み込むような顔をしたあと、二杯目をすすり始めた。


「食卓は戦場だ」


「こぼさないで。洗う布、もう替えが少ないんだから」


ルシェラは椀を少しだけ台の中央へ寄せた。


その横顔を見ながら、ミナは小さく息をつく。


最初にこの人を拾った時、こんなふうに朝ごはんの量で言い争うようになるとは思わなかった。


いや、拾ったというより、勝手に居座ったという方が正しい。


森の近くで出会って、いつの間にか小屋にいて、気づけば炉の前で肉を食べていた。追い出そうにも追い出せず、村の人には「遠い親戚みたいな人」と説明した。


それで通ったのだから、村の人もだいぶ疲れている。


ルシェラは口が悪い。偉そう。家事は雑。寝相も悪い。たまに畑の大根を勝手に抜く。


けれど、森の奥の危ない気配に誰より早く気づく。大きな獣を軽々と運んでくる。ミナが重い薪束を抱えていると、文句を言いながら代わりに持つ。


ありがたい居候ではある。


そう思うことにしている。


ミナは食べ終えた椀を置き、立ち上がった。


「私、見回り行ってくる」


「もう行くのか」


「朝のうちに森の境を見ておきたいの。昨日、南の罠がずれてたし、畑の柵も見ないと」


「罠なら獣が踏んだのだろう」


「だから見るんでしょ。獣か、風か、誰かが引っかけたのかで直し方が違う」


ミナは壁から外套を取った。何度も繕われた古い外套だ。裾は少し擦り切れ、肩のところには違う色の布が当ててある。


その下に道具袋を斜めにかける。


中身をひとつずつ確かめた。


小刀。火打ち石。縄。乾いた布。薬草を包んだ小袋。針と糸。木札。古いが手入れされた弓弦。


どれも新しくはない。


でも、どれも使える。


「小刀、研いだか」


ルシェラが椀を抱えたまま言った。


「昨日研いだ」


「縄は」


「結び直した」


「水袋は」


「半分。井戸に寄って足す」


「干し肉は」


「今日はなし」


「なぜだ」


「ルシェラが昨日、夜につまんだから」


ルシェラは目をそらした。


「……鼠の仕業かもしれん」


「うちの鼠は干し肉を切り分けて食べない」


「器用な鼠かもしれん」


「ルシェラ」


「はい」


急に素直になった。


ミナは空になった椀を指さした。


「食べ終わったら洗って。鍋も」


「鍋もか」


「鍋も」


「小娘、わたしは居候ではあるが、客でもある」


「ずっといる客は、もう居候だよ」


「言葉とは残酷だな」


「薪もお願いね」


「増えた」


「昨日崩した分」


ルシェラは肩を落とした。


強そうな見た目のわりに、食器洗いと薪の整理には勝てないらしい。


ミナは戸口へ向かった。


扉を開けると、朝の冷たい空気が小屋の中へ流れ込んだ。


外には、雑多なものが並んでいる。割った薪の束。吊るした毛皮。干しかけの薬草。古い罠の部品。大きな獣の骨。


骨は、人の背丈ほどもある肋骨だった。


村の猟師なら三人がかりで運ぶようなものが、小屋の脇に無造作に立てかけてある。昨日、ルシェラが「邪魔だった」と言って片手で持ってきたものだ。


ミナはそれをちらりと見て、眉をひそめた。


「ルシェラ、あの骨、道具置き場の前に置かないでって言ったよね」


「飾りになると思った」


「ならない。邪魔」


「迫力はある」


「迫力より通り道」


「はい」


小屋の中から、気の抜けた返事がした。


ミナは外套の前を合わせ、森の方を見た。


黒枝の森は、朝靄の向こうで静かに沈んでいる。枝先には夜露が残り、湿った土の匂いが風に混じっていた。


昨日より、少し湿り気が強い。


そう思った時、背後でルシェラの声がした。


「水の匂いが変だな」


ミナは振り返った。


ルシェラは椀を手にしたまま、戸口の奥から外を見ていた。眠そうな顔は変わらない。けれど、その目だけが少し細くなっている。


「雨が来る?」


「雨ではない。土の下が詰まったような匂いだ」


「土の下……」


ミナは村の畑の方角を見た。


森番小屋から少し下った先に、ミストル村の畑がある。水路から細い引き込み溝を伸ばして、畑の端まで水を回しているはずだった。


けれど、ここ数日、村長が何度か言っていた。


畑の南端だけ、土が乾きすぎている、と。


「……引き込み溝、また詰まってるのかな」


「見ればわかる」


「うん。森の境を見たら、畑も回る」


ミナは腰の縄を確かめ、小刀の柄に軽く触れた。


大事件ではない。


ただの水路の詰まりかもしれない。


でも、畑の水が止まると、冬の粥がさらに薄くなる。


粥が薄くなるだけならまだいい。畑が弱れば、村長の眉間のしわまで深くなる。


それは困る。


「じゃあ、行ってくる。鍋、焦げつかないうちに洗ってね」


「まだ言うか」


「言わないと忘れるでしょ」


「忘れたことはない」


「昨日」


「昨日は考え事をしていた」


「何を?」


「肉について」


「洗って」


ルシェラは渋い顔で椀を見下ろした。


ミナは少し笑って、森番小屋を出た。


朝の土は冷たく、靴底にしっとりとついた。


村の方からは、まだ細い煙がいくつか上がり始めたばかりだ。誰かが炉に火を入れ、誰かが家畜に餌をやり、誰かが畑へ出る準備をしている。


今日も、足りないものばかりの一日が始まる。


それでも、炉には火がついた。


粥は温かかった。


だからミナは、まず水の流れを見に行くことにした。


作品情報(この話数の現在地)

第1部:辺境領と教会編

第1章:森番の娘と居候

第1話:朝ごはんと居候

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