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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第1章

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第4話 騎士団の行列と、王太子の不満

「……あの、ヴォルグ料理長」

「なんだ」

「勝手口が、開きません」


昼のピークタイムが過ぎた、午後の厨房。

私が裏口の扉を開けて換気をしようとしたところ、扉は何かに阻まれたようにびくともしなかった。

鍵は開いているはずだ。なのに、まるで巨大な岩が置かれているような重みを感じる。


「故障か? 貸してみろ」


ヴォルグが巨体を生かして体当たりをした。

ガゴンッ、という鈍い音がして、扉が数センチだけ開く。

その隙間から覗き込んだヴォルグは、ひっと息を呑んで後ずさりした。


「……く、黒い壁だ」

「壁?」

「近衛騎士団の鎧だ! しかも一人や二人じゃねぇ、分隊規模でいやがる!」


ヴォルグの言葉が終わるか終わらないかのうちに、扉の隙間から野太い声がねじ込まれてきた。


「頼む! 入れてくれ! 匂いだけで飯が食えそうなんだ!」

「団長だけズルいぞ! 俺たちも『伝説のまかない』を食いたい!」

「金なら払う! 言い値でいい!」


どうやら、レオンハルト様の口から(あるいは態度から)、この『裏・エリス食堂』の存在がバレてしまったらしい。

「騎士の名にかけて誓う」と言っていたけれど、美味しいものを食べた時の人間の表情までは隠せなかったようだ。


私はため息をつきつつも、エプロンの紐を締め直した。

扉の向こうからは、腹の虫の大合唱が聞こえてくる。これを無視するのは、料理人の名折れだ。


「……仕方ありません。ヴォルグ料理長、手伝っていただけますか?」

「へっ、面白ぇ。騎士団様を胃袋で屈服させるなんて、痛快じゃねぇか」


ヴォルグがニヤリと笑い、扉を全開にした。

雪崩れ込んできたのは、屈強な男たち十数名。狭い休憩所は一瞬で黒い鎧に埋め尽くされた。


「本日のメニューは一択です。文句は受け付けませんよ」


私が宣言すると、騎士たちは赤子のように頷いた。


今日使うのは、『ロックバード』のモモ肉だ。

岩山を走り回るこの鳥は筋肉質で、普通に焼くと硬くなりがちだが、旨味は鶏肉の比ではない。


私は一口大にカットした肉をボウルに入れ、特製ダレを揉み込む。

すりおろしたニンニク、ショウガ、黒しずく(醤油)、そして酒。

ここまでは昨日の生姜焼きと似ているが、ここからが違う。


「卵を一つ、揉み込みます。これで肉がコーティングされ、柔らかくなるんです」


さらに、白い粉をたっぷりとまぶす。

小麦粉ではない。『片栗芋』から精製したデンプン粉だ。


「さあ、いきますよ」


大鍋にたっぷりと用意した油。温度は中温。

そこへ、衣を纏った肉を次々と投入していく。


シュワアアアアッ……!!


無数の泡が肉を包み込み、心地よい音が厨房に響き渡る。

香ばしいニンニク醤油の香りが熱気と共に立ち上り、騎士たちの鼻腔を直撃した。


「ぐっ……この音だけで白飯がいける」

「何の拷問だこれは」


彼らは喉を鳴らしながら、鍋を凝視している。


私は肉がいったん揚がったところで、すべてバットに取り出した。

キツネ色にはなっているが、まだ完成ではない。


「えっ、もう終わりか?」

「まさか。ここからが魔法です」


私は油の温度を一気に高温に上げた。

そして、少し休ませておいた肉を、再び油の中へ戻す。


二度揚げだ。


バチバチバチッ!!


先ほどより高く、鋭い音が響く。

衣に含まれた水分が一気に飛び、表面が硬化していく音だ。

この工程を経ることで、衣はカリッと、中はジューシーに仕上がる。


黄金色の鎧を纏った『ロックバードの唐揚げ』の完成だ。


大皿に山盛りにされた唐揚げ。

その横には、櫛形に切ったレモン(に似た酸味の強い柑橘『シトロン』)と、山盛りのキャベツ。

そして飲み物は、エールではない。

勤務中の彼らのために用意したのは、炭酸水にシトロンの果汁と氷をたっぷり入れた『特製ハイボール風ソーダ』だ。


「お待ちどおさま!」


ドン、とテーブルに置かれた瞬間、戦いが始まった。


「いただきます!!」


先頭の騎士が、熱々の唐揚げを口に放り込む。


カリッ!!!


小気味よい破砕音。

その直後、彼は目を剥いて天を仰いだ。


「あっちち! でも……うめぇええええ!!」


カリカリの衣を突破すると、中から熱々の肉汁が鉄砲水のように噴き出したのだ。

ロックバード特有の弾力ある肉質は、噛むたびに旨味を染み出させる。

ニンニクと醤油のパンチの効いた味付けが、脳髄を痺れさせる。


「なんだこの衣は!? サクサクなのに、中は蒸し焼きみたいに柔らかいぞ!」

「肉汁で口の中が火傷しそうだ、だが止まらねぇ!」


脂っこくなった口の中を、冷えたソーダで流し込む。

シュワッとした炭酸と酸味が脂を切り、口の中がリセットされる。

すると、また次の一個が欲しくなる。

無限機関の完成だ。


「エリス殿……いや、エリス女神……」

「一生ついていきます」


騎士たちが涙目で唐揚げを貪る中、遅れてやってきたレオンハルト団長が、その惨状(狂喜乱舞)を見て額を押さえた。


「お前たち……抜け駆けとはいい度胸だ」

「あ、団長! これヤバいです! 飛びます!」

「……私にもよこせ。あと、エリス。私の分は確保してあるんだろうな?」


レオンハルトが、子供のように不安げに私を見た。

私はこっそり取り分けておいた「揚げたて特盛セット」を差し出す。


「もちろんですよ、レオンハルト様」


彼が安堵の息を吐き、唐揚げを頬張って頬を緩ませるのを見て、私は確信した。

これで、城の武力(近衛騎士団)は完全に掌握した、と。


   ◇


一方、その日の夜。

王宮のダイニングルームは、騎士団の熱気とは対照的に、お通夜のように静まり返っていた。


カチャ、カチャ……。


食器の音だけが響く。

ギルバート王太子は、皿の上に乗った『鶏肉の香草焼き』を睨みつけていた。


「……硬い」


ナイフが通らない。

無理に切ろうとすると、肉の繊維がボロボロと崩れる。

口に入れると、パサパサとして水分がなく、喉に詰まりそうになる。

味付けも薄く、ただ塩を振っただけのようだ。


「どうなっているんだ……」


ギルバートはナプキンを投げ捨てた。

昼間、裏庭の方から漂ってきた、あの抗いがたいほど香ばしい匂い。

あれを嗅いでしまっていたせいか、目の前の食事が泥のように感じられる。


「料理長を呼べ!!」


王太子の怒鳴り声に、給仕たちが震え上がる。

やがて、白い制服を着たヴォルグが、面倒くさそうに……いや、恭しく現れた。


「お呼びでしょうか、殿下」

「ヴォルグ! これは何だ! 余への嫌がらせか!?」

「『ロックバードの香草焼き』でございますが」

「そんなことは分かっている! なぜこんなに不味いんだと聞いているんだ! 昔はもっと、皮がパリッとしていて、中は柔らかかったはずだぞ!」


ヴォルグは表情一つ変えずに答えた。


「それは、良質な油と、新鮮な肉を使っていたからでございます」

「……なに?」

「今月より、厨房への予算が三割削減されました。そのため、最高級のロックバードは仕入れられず、また、揚げ油やバターなどの油脂類も購入できませんでした。結果、安価な胸肉を、少量の油で焼くしかないのでございます」


ギルバートは絶句した。

予算削減? そんな命令を出した覚えはない。


「誰だ、勝手に予算を削ったのは!」


ヴォルグの視線が、ギルバートの隣へ、すっと流れた。

そこでは、新しいドレスを着たミアが、気まずそうに目を泳がせていた。


「……ミ、ミア?」

「あ、あの……ギル様。ほら、来月は建国記念パーティーでしょう? だから、私のドレスや装飾品を新調しなくてはと思って……」


ミアは上目遣いで、可愛らしく小首を傾げた。


「たかが食事じゃありませんか。パンさえあれば生きていけますもの。それより、私が綺麗になることの方が、ギル様も嬉しいでしょう?」


いつもなら、「そうだね、ミアは可愛いね」と答えていたかもしれない。

だが、今のギルバートは空腹だった。

そして、不味い飯への怒りは、人間の最も原始的な感情を刺激する。


「……ふざけるな」


ギルバートが低く呟いた。


「え?」

「たかが食事だと? 余は王太子だぞ! 国の顔だ! その余に、毎日こんな鳥の餌のようなものを食えというのか!」


ドンッ! とテーブルを叩く。

ミアが「ひっ」と悲鳴を上げた。


「それに、エリスがいた頃は……」


口に出してから、ハッとした。

そうだ。エリスが婚約者だった頃、彼女は徹底的に帳簿を管理していた。

無駄を省きつつも、食事の質だけは絶対に落とさないよう、目を光らせていたのだ。

「健康な体は食事から作られますのよ」と言って。


(あいつは……俺のためにやっていたのか?)


いや、認めるわけにはいかない。

あんな地味で可愛げのない女が、この愛らしいミアより優れているはずがない。


「……もういい、下がれ!」


ギルバートはヴォルグを下がらせると、不味いワインを一気に煽った。


(どこかで……どこかで美味そうな匂いがしていたはずだ)


彼の脳裏に、昼間の香ばしい匂いが蘇る。

あれはどこだ? どこの厨房だ?


王太子が本当の美食(エリス)に辿り着くまで、あと数日。

だがその時、彼の胃袋を満たす席は、すでに屈強な騎士たちによって埋め尽くされていることを、彼はまだ知らない。


   ◇


深夜。

騎士たちの襲来を終え、疲れ果てながらも充実感に満ちていた私は、裏口の掃除をしていた。


「ふふ、今日はたくさん食べてくれたわね」


空になった大鍋を見るのは気持ちがいい。

と、その時。

暗闇の中から、一人の人影が現れた。


「……エリス」


レオンハルト様だった。

彼は一度帰ったはずなのに、私服姿で戻ってきたのだ。

その手には、小さな包みが握られている。


「どうなさいました?」

「いや、その……礼を、と思ってな」


彼はぶっきらぼうに包みを差し出した。

開けてみると、中には高価な『癒やしの茶葉』と、私の大好きな製菓用のバニラビーンズが入っていた。


「騎士団の連中が世話になった。それに、私の……その、個人的な感謝だ」


彼は耳まで赤くしている。

甘いものが好きだという噂は聞いていたけれど、こんな気の利いたプレゼントをくれるなんて。


「ありがとうございます。これ、すごく高かったのでは?」

「……気にするな。それより、そのバニラとやらで、何か甘いものが作れるのか?」


期待に満ちた目。

私は思わず笑ってしまった。


「ええ、作れますよ。とびきり甘くて、とろけるような『プリン』が」

「プリン……」


レオンハルト様がゴクリと喉を鳴らす。

どうやら、この強面の騎士団長様は、唐揚げだけでなく、甘味の罠にも掛かってしまいそうだ。


「明日、楽しみにしてくださいね」


私が微笑むと、彼は「うむ」と短く答え、逃げるように去っていった。

その後ろ姿を見送りながら、私は確信した。


この人は、チョロい……ではなく、とても素直で素敵な人だ、と。


厨房改革は順調。

騎士団の胃袋も掌握。

次は、いよいよ甘いお菓子(スイーツ)で、王宮の女性陣を味方につける番だ。


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