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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第1章

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第3話 深夜の食堂と、黒狼騎士団長

王宮の厨房が静寂を取り戻すのは、日付が変わる頃だ。


昼間の喧騒が嘘のように静まり返った石造りの部屋。

ヴォルグ料理長たちを帰した後、私は一人、調理台に向かっていた。


「ふぅ……。ようやく私の時間ね」


下働きとしての業務――主に掃除と下処理、そしてヴォルグたちへの「技術指導」という名の料理教室――を終えた私は、猛烈な空腹に襲われていた。

昼間は味見程度しかしていない。


「さて、今夜の夜食は……これしかないわね」


私は保冷庫から、肉の塊を取り出した。

『グレート・ボア』のバラ肉だ。

昼間、冒険者ギルドから納品されたばかりの新鮮な猪肉。脂身が甘く、赤身には野性味溢れるコクがある。


「疲れた体には、ビタミンB1と……ガツンとくるニンニク醤油味よね」


私はナイフを滑らせ、バラ肉を薄切りにしていく。

この世界にはスライサーがないので手作業だが、生活魔法で切れ味を強化したナイフなら、透き通るような薄切りも思いのままだ。


次に用意するのは、土がついたままの根菜『黄金生姜(ゴールデン・ジンジャー)』。

普通の生姜より辛味が強く、加熱すると爽やかな香りが倍増する。これを皮ごとすりおろす。


合わせ調味料を作る。

東方の国から輸入された黒い調味料『黒しずく』(醤油に近い発酵調味料)に、地酒、そして隠し味にハチミツを少々。そこにたっぷりのすりおろし生姜を投入する。


「よし」


準備は整った。

私はフライパンを熱し、薄く小麦粉をまぶしたボア肉を並べる。


ジューッ……!!


深夜の厨房に、脂が弾ける小気味よい音が響く。

肉の色が変わったところで、合わせダレを一気に回し入れる。


ジュワァアアアッ!!


蒸気と共に、醤油の焦げる香ばしい匂いと、生姜の刺激的な香りが爆発的に広がる。

タレが煮詰まり、とろみがついて肉に絡みつく。照り輝く飴色の豚肉。

その横には、あらかじめ刻んでおいた山盛りの千切りキャベツと、炊きたての白米『パールライス』。


「完成。特製ボア肉の生姜焼き定食」


皿に盛り付けようとした、その時だった。


「……誰だ」


背後から、地底の底から響くような低い声が聞こえた。

私はビクリと肩を震わせ、フライパンを持ったまま振り返る。


そこに立っていたのは、闇そのものだった。

黒一色の重厚な鎧。背中には身の丈ほどの巨大な剣。

乱れた黒髪の間から覗くのは、獲物を射抜くような鋭い金色の瞳。


近衛騎士団長、レオンハルト・ヴァン・アークライト。

戦場では「黒狼」と呼ばれ、泣く子も黙るこの国の英雄。

そして、王宮内で最も恐れられている人物だ。


(ひっ……! 不審者だと思われた!?)


私は息を呑んだ。

下働きが深夜に勝手に厨房を使っているとなれば、問答無用で斬り捨てられるかもしれない。


レオンハルトは眉間に深い皺を寄せ、ゆっくりと私に近づいてくる。

その手は腰の剣に伸びていて――。


グゥゥゥゥゥ~~~~~~。


「……あ」


殺気立った空気を、間の抜けた音が切り裂いた。

音の出処は、騎士団長の腹のあたりだ。


レオンハルトの動きがピタリと止まる。

恐ろしい形相はそのままに、彼の耳だけが赤く染まっていくのが見えた。


「……す、すまない。忘れてくれ」


彼は気まずそうに視線を逸らした。

その顔色をよく見れば、目の下には濃いクマがあり、頬もこけている。

噂によれば、彼は真面目すぎて激務をこなし、食事をとる時間すらないという。


私はフライパンを置いた。

恐怖心は、一瞬で「料理人としての使命感」に変わっていた。


「お腹、空いているのですか?」

「……いや、公務中だ。そのような個人的な欲求は――」


グゥゥゥゥゥッ!!


二度目の腹の虫は、一度目よりも自己主張が激しかった。

彼は口を結び、うなだれた。


「……三日ほど、まともな食事をしていない」

「三日!?」


自殺行為だ。

私は手早く皿をもう一枚用意した。


「座ってください。ちょうど作りすぎたところなんです」

「だが、私は部外者で……それに、毒見もしていないものを口にするわけには」

「ここにあるのは、ただのボア肉と野菜です。毒なんて入っていませんよ。……それとも、私の料理がお気に召しませんか?」


私は出来立ての皿を、カウンター越しに差し出した。

湯気と共に漂う、醤油と生姜の暴力的な香り。

空腹の人間にとって、この匂いは拷問に近い。


レオンハルトの喉がゴクリと鳴った。

本能が理性を凌駕した瞬間だった。


「……では、一口だけ」


彼は吸い込まれるように椅子に座った。

兜を外し、ナイフとフォークを手に取る。

だが、私は首を横に振った。


「その料理は、フォークよりもこちらの方が食べやすいですよ」


私は箸(のような木製の棒)を渡した。彼は不器用そうにそれを持つと、タレが絡んだ肉と千切りキャベツをまとめて掴んだ。


そして、口へ運ぶ。


「ん……ッ!?」


カッ、と彼の金色の瞳が見開かれた。


最初に舌を直撃するのは、黒しずくの濃厚な塩気とハチミツの甘み。

それを追いかけるように、黄金生姜のピリッとした辛味が鼻を抜けていく。

噛み締めれば、グレート・ボアの脂の甘みがジュワリと溢れ出し、タレと混ざり合って至福のハーモニーを奏でる。


濃い。

とにかく味が濃くて、強い。

疲労困憊の体に、エネルギーが直接注入されるような感覚。


「なんだ、これは……」


レオンハルトの手が止まらない。

肉を飲み込む前に、体が勝手に白米を求めた。

ふっくらと炊かれたパールライスを口いっぱいに掻き込む。

肉の濃い味を白米が受け止め、口の中で完璧な調和が生まれる。


「米が……こんなに甘いものだったとは」


肉、キャベツ、米。肉、米、米。

無限のループ。

タレが染み込んだキャベツだけでも、丼一杯食べられそうだ。


彼は無言だった。

眉間の皺はいつの間にか消え去り、ただひたすらに料理と向き合っていた。

その勢いは、まるで餓えた狼だ。


カチャン。

最後に箸を置いた時、皿の上には米粒一つ残っていなかった。


「……ふぅ」


レオンハルトは深く、満足げな息を吐いた。

その表情は、私が今まで見たことがないほど穏やかで、憑き物が落ちたようだった。

強面の騎士団長が、まるで満腹になった大型犬のように見える。


「いかがでしたか?」


私が尋ねると、彼はハッとして居住まいを正した。


「……失礼した。あまりの美味さに、我を忘れていた」


彼は真っ直ぐに私を見た。


「王宮の晩餐会でも、これほど美味いものを食ったことはない。……これは、魔法か何かか?」

「ただの生姜焼きですよ。魔法なんて、美味しくなるようにかけた『おまじない』くらいです」


私が笑うと、彼は眩しいものを見るように目を細めた。


「名前を、聞いてもいいか」

「エリスです。ここの下働きです」

「エリス……。私はレオンハルトだ」


彼は立ち上がると、騎士の礼をとった。

下働きの私に対して、敬意を払う姿勢。

噂とは違い、実直で誠実な人なのだと思った。


「エリス。……その、また」


彼は言い淀み、視線を泳がせた後、意を決したように言った。


「明日も、ここに来ていいだろうか」


その言葉は、まるで初恋の少年の告白のようだった。

私は思わず吹き出しそうになりながら、頷いた。


「ええ、歓迎しますよ。ただし、他の方には内緒です。ここは『秘密の食堂』ですから」

「ああ、誓おう。騎士の名にかけて」


レオンハルトは口元を緩め、満足げに厨房を去っていった。

その足取りは、来た時よりも随分と軽そうだった。


私は空になった皿を洗いながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。

ヴォルグたち料理人の反応も嬉しかったけれど、あんな風に、心から救われたような顔で「美味い」と言われるのは、格別だ。


(さて、明日は何を作ろうかしら)


お客様第一号は、国最強の騎士団長。

この『深夜の食堂』が、やがて騎士団全体を巻き込む大行列店になることを、私はまだ知らなかった。


   ◇


翌日。


王宮の練兵場にて。

部下たちは、信じられない光景を目撃してざわついていた。


「おい……見ろよ、団長を」

「朝から一度も怒鳴っていないぞ」

「それに、あの顔を見ろ。肌ツヤが良すぎて光って見える」

「一体何があったんだ……?」


レオンハルトは、いつものように厳しい顔で剣を振るっていたが、その内側には昨晩の余韻――生姜焼きの記憶――が温かく残っていた。


そして、昼時。

食堂で出されたパサパサのパンとスープを見た瞬間、彼は無意識に呟いてしまったのだ。


「……エリスの飯が食いたい」


その呟きを、鋭い耳を持つ副団長が聞き逃すはずはなかった。


「エリス? 誰です、その女性は。詳しく聞かせてもらいますよ、団長」


美食の噂は、風よりも早く駆け抜ける。

私の平穏な下働き生活が終わりを告げるカウントダウンは、もう始まっていた。


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― 新着の感想 ―
飯テロ描写素晴らしいですけどニンニク醤油の舌になってるのに出されるのはしょうが焼きって……
飯テロ加減が素晴らしいの一言です! それはそうとして「パールライス」って、ローカルCMもやってる某地方の商品ブランド名と同じなんですが…………
下働きがなんの名目もなく勝手に食材使ってるの? そしていきなり箸使えはちょっと。 フォークでえぇやん
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