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歌姫、鬼神を飼う。ー連環の計の駒?いいえ、鬼神の主は私です。未来知識で天下を操る。ー  作者: チャプタさん


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10-8:道化を演じてもらう

10-8:道化を演じてもらう

私は、自ら王允のもとを訪れた。

夜の洛陽を包む静寂を抜け、重厚な書斎の扉を開くと、そこには荒れ果てた机と、酒の匂いに満ちた空気が漂っていた。彼の背中はまるで世界の重さに押し潰されたかのように丸まり、かつての威厳は影も形もない。それでも、机に肘をつき、目だけは私を鋭く見据えていた。


その視線を受け止めながら、私は表情を柔らかく変えた。かつて反抗的に突き放した態度とは打って変わり、今度は心配そうに微笑む、従順な娘の顔。

「お父様、お身体の具合は、いかがですか。最近、お酒の量も増え、お疲れのご様子。娘として、心配にございます」


私の声は、甘く、温かく、そしてどこか柔らかい響きを持たせた。それは氷のように冷たい策略の影を、一瞬も見せない完全な「仮面」。


王允の瞳が瞬き、少し戸惑う。彼は、私が何かを企んでいるのではないかと、鋭く、疑いに満ちた目で私を値踏みしていた。しかし、その猜疑心は、同時に微かな安心へと揺れ動き始めているのも事実だった。


「……何の用だ」

「いいえ、ただ、お父様のお顔が見たくなっただけです。先日は、私が、あまりに生意気な口をきいてしまい、申し訳ございませんでした。私も、若気の至りで、少し、調子に乗っておりましたようです」


私は、深々と頭を下げる。

その所作は、完璧な謝罪であり、王允にとっては救いのように映るだろう。「娘はわかってくれた」と錯覚させるための、精密な舞台の一幕である。


王允の目がわずかに細められ、眉の端が緩む。

―――あるいは、この小娘も、ようやく自分の立場を思い知ったのかもしれん。

彼は心の中で、錯覚を育て始めた。陳宮や張遼が側にいるとはいえ、この屋敷の中での立場は自分が上だと、勝手に信じ込む。私が彼の権威に屈した、と錯覚している。


その隙間に、私は冷ややかな策略を差し込む。

「お父様。私も、色々と考えました。そして、やはり、お父様のお考えが、正しかったのだと、思い至りました。董卓という、諸悪の根源を討ち果たさねば、この国に、真の平和は、訪れないのだと」


私の言葉に、王允の肩の力がわずかに緩む。顔には安堵の影が浮かんだ。

錯覚の中で、計画が再び自分の手中に戻ったと信じ込み、心の中で小さく勝ち誇る父の姿――その愚かさを、私は心の奥底で嘲笑った。


書斎の空気は一瞬、柔らかく、穏やかに変化したかに思えた。だが、それは嵐の前の静けさ。

私は、父の心の隙間を、さらに広げ、確実に掌握していく。

「お父様、お待たせいたしました」

その声は甘く、絹のように滑らかでありながら、耳の奥に鋭利な刃を忍ばせているかのようだった。


王允の耳元で、決定的な一言を囁く。

「貴方が、ずっと、ずっとお望みだった、董卓の命日。その日取りが、ようやく、決まりました」


言葉の響きが静かに、しかし重く書斎の壁にぶつかる。

その瞬間、王允の背筋が僅かに凍りついた。目には微かに恐怖が宿り、手がわずかに震える。彼はまだ気づいていない――私の微笑みの裏に潜む計略の深さ、そして、すでにすべてを掌握している冷徹な意志の存在に。


その夜、書斎に立つ王允は、かつてのような司徒としての威厳を完全に失い、ただ道化に酔いしれる老人の姿となった。私は、表面上の従順を装いながら、静かに未来の駒を動かす。その手は、すでに勝利を確信しているかのように、微動だにしなかった。


水面下で、すでに嵐の輪郭は形成されている。王允が操ると思った棋盤の駒は、すでに私の掌の上にあった。

彼の盲信と錯覚を利用し、未来の夜明けへと、静かに、しかし確実に歩を進める――その瞬間の静寂こそが、最も鋭い緊張を生む道であった。

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