8-7:鬼神の弱さ
8-7:鬼神の弱さ
事件の後始末は、陳宮が、その冷静な手腕で、迅速に行った。
華雄は、一命は取り留めたものの、右腕を粉砕骨折し、顔面も酷く損傷していた。武人として再起することは、もはや絶望的だろう。彼は、以前よりもさらに厳重な牢に繋がれた。
月は、幸いにも首筋の軽い切り傷だけで済んだ。だが、あの恐怖の体験は、彼女の心に深い影を落としていた。私の腕の中で、小さな身体を震わせ、一言も口を利こうとしなかった。せっかく開きかけた心の扉が、また固く閉ざされてしまったのだ。
軍営には、重苦しい空気が漂っていた。
兵士たちは皆、鬼神の如き呂布の力を目の当たりにした。鎖を引き千切り、屈強な男をいとも容易く薙ぎ払い、巨岩すら砕きかねぬその怪力。そして怒りに燃えた瞳に晒されたときの、あの底知れぬ恐怖。
だが同時に――彼らの胸には、別の思いも芽生えていた。
もしその怒りが、敵に向けられるならば。
もしその狂烈が、我らを護るために振るわれるならば。
「……あの方に逆らうことなど、あり得ぬ」
「だが、あのお力を敵に向ければ、誰が抗えるというのだ」
彼らはささやき合い、やがて静まり返った。呂布への畏怖は、畏敬へと変わりつつあった。
兵たちの心には、もはや彼に抗おうという思いはなく、むしろこの鬼神に従っていけば必ず勝てるという、盲目的な確信さえ生まれ始めていた。
――鬼神を、聖女が操る。
その図が、兵たちの中で、揺るぎない真理として刻まれたのだった。
私は、天幕の中で眠る月の傍らに座り、自分の計画の甘さを、深く悔いていた。
人の心を操れると、思い上がっていた。華雄の心さえも、子供の無垢な優しさで変えられると信じていた。だが現実は、あまりにも厳しかった。人の心は、私が想像する以上に複雑で脆く、追い詰められた人間の行動は予測不能なのだ。
この失敗は、私の傲慢さが招いたもの。代償として、月を、そして呂布の心をも傷つけてしまった。
私は、自分の無力さに唇を噛みしめた。
コン、コン――天幕の入り口を叩く音。
「……将軍」
入ってきたのは呂布だった。まだ興奮の余韻が残っているのか、わずかに殺気をまとっている。彼は私の傍らに立つと、眠る月の顔を心配そうに覗き込み、低い声で言った。
「……すまなかった」
その声には、鬼神の覇気はなく、ただ悔恨と自己嫌悪が滲んでいた。
「俺が、もっと早く気づいていれば……。お前を、あんな怖い目に遭わせずに済んだのに」
私たちは言葉もなく見つめ合った。
呂布の瞳には、私を傷つけられたことへの怒り、私を失うかもしれなかった恐怖、そして自らの激情を抑えきれなかった戸惑いが、複雑に入り混じっていた。
やがて彼は、ためらいがちに尋ねた。
「……怖かったか、俺の、あの姿が」
天下無双の鬼神が放ったとは思えぬほど、その声は小さく震えていた。
私は静かに首を横に振る。
「いいえ。怖くは、ありませんでした。ただ……分かりました。貴方のその力が、どれほどまでに、私のためにあるのかが」
私の言葉に、呂布は、ほっとしたように小さく息を吐いた。




