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歌姫、鬼神を飼う。ー連環の計の駒?いいえ、鬼神の主は私です。未来知識で天下を操る。ー  作者: チャプタさん


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8-6:私が、鎮める

8-6:私が、鎮める

暴走する呂布を、誰も止められなかった。

張遼も、陳宮も、屈強な兵士たちも、必死にその両腕にしがみつき、足を絡め、全身の力を振り絞って押さえ込もうとする。だが、鬼神と化した呂布の怪力は、彼らをまるで子供の人形のように引きずり回す。


「ぐっ……抑えろ!」

「離すな! まだ暴れるぞ!」


必死の掛け声が響く。しかし、誰の声も彼の耳には届かない。

このままでは、本当に華雄を殺してしまうだろう。


それだけではない。

彼の狂乱を見ている兵士たちの心に刻まれていくのは、畏敬ではなく――恐怖だ。

私がこれまで少しずつ積み上げてきた「呂布は民を守る英雄」という像は、いま目の前で無惨に砕け散ろうとしていた。


私は震える月を小蘭に預け、意を決して立ち上がった。

血の匂いが濃く漂う広場。その中心へ向かって、私はゆっくりと歩みを進める。


「貂蝉様、危険です!」

陳宮が、悲痛な声で叫ぶ。

今の呂布には敵も味方も見えていない。近づけば、私すら踏み潰してしまうかもしれない。


――それでも。

私しかいないのだ。


私は足を止めず、彼へと歩み寄る。


「将軍」


かすかな声だった。怒号と悲鳴が渦巻く広場には、あまりにも場違いで、頼りない響き。

けれど、その小さな声が、確かに彼の耳に届いたのだろう。


呂布の動きが、ぴたりと止まった。


「……」


ゆっくりと、血に染まった顔を上げる。

その瞳は、赤く充血し、怒りと混乱に揺れていた。だが、その奥に、ようやく微かな理性の光が戻りつつある。


「……貂蝉」


震える声で、私の名を呼ぶ。

私は彼の前に歩み寄り、深く息を吸って、静かに微笑んだ。


「もう、よろしいのです」

「……」

「将軍のおかげで、月は無事でございました。ありがとうございました」


私は、彼の血に濡れた拳を両手でそっと包み込む。

その手は硬直し、激しい怒りで小刻みに震えていた。まるで鋼のように硬く、触れる指先が痛むほどだった。


「……だが、こいつは……お前を……!」

「ええ。ですが、もう、終わりました」


私は彼をまっすぐに見つめた。

その瞳に込めたのは、恐怖ではなく、確固たる信頼と慈しみ。


「これ以上、貴方の尊い手を汚す必要はございません。あとは、法に従って裁けばよいのです」


呂布の息が乱れる。肩が大きく上下し、今にも再び暴れ出すかのように見えた。

だが私は一歩も引かず、彼の手を強く、しかし優しく握りしめる。


「将軍。どうか――私のために、ここで止まってください」


私の声と、手の温もり。

その二つが、彼の荒れ狂う心を少しずつ鎮めていく。


やがて、呂布は大きく息を吐いた。

長く、深く、全てを吐き出すようなため息だった。


その瞬間、彼の全身から力が抜け落ちた。

巨躯ががくりと揺れ、その場に膝をつく。


「……貂蝉」

その声は、怒りの咆哮ではなく、救いを求める子供のように弱々しかった。


張遼も陳宮も、兵士たちも、その光景を呆然と見つめていた。

誰もが悟った。

――鬼神と化した呂布を鎮められるのは、この世にただ一人。

聖女と謳われるこの女だけなのだ、と。


私は静かに微笑みながら、彼の血に濡れた手を握り続けた。

胸の奥に湧き上がるのは、安堵と……そして、新たな覚悟。


この途方もない力を、私が制御せねばならない。

私だけが、彼を人に戻せるのだから。


――それは甘美な優越ではなく、逃げられぬ責務だった。


私は、呂布の荒ぶる心を抱きとめる唯一の存在として、己の宿命をはっきりと受け止めた。

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