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歌姫、鬼神を飼う。ー連環の計の駒?いいえ、鬼神の主は私です。未来知識で天下を操る。ー  作者: チャプタさん


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8-3:剥き出しの牙

8-3:剥き出しの牙

「華雄殿、お鎮まりください! その子を離せば、貴方の身の安全は、私が保証いたします!」


 私は、必死に声を張り上げた。心臓は胸を打ち破らんばかりに高鳴り、喉は乾ききっている。それでも、震えを悟られぬよう、冷静を装い言葉を繰り出す。ここで私が怯えを見せれば、狂犬の牙は、たちまち小さな命を噛み砕くだろう。だが――私の声は、彼の耳には届いていなかった。


「黙れぇぇっ!」


 華雄の咆哮は、炎と血の臭いを孕んだ獣の咆哮だった。眼は血走り、顔には憤怒と絶望がない交ぜになった歪み。彼は月の細い身体を盾にし、喉元に陶片を突き立てながら、よろめきつつも後退する。


「全て……貴様のせいだ! 貴様が、俺の誇りを、ズタズタに引き裂いた! 貴様が……俺を、子供の憐れみを受ける惨めな犬に貶めた! 俺は、華雄だぞ……董卓軍の猛将と呼ばれた男だ! それを……俺を……!」


 その声は怒号であると同時に、哀哭でもあった。敗北の屈辱と、救いようのない自尊心。彼をここまで狂わせたのは、私の計略に他ならない。その事実が、氷の杭のように胸に突き刺さる。


「今日こそ……落とし前をつけてもらう!」


 華雄は吐き捨てるように叫び、後方に繋がれていた馬へとじりじり歩を進める。彼の狙いは明らかだった。単なる逃亡ではない。――私を、心から打ち砕くこと。私の目の前で、大切な子供の命を絶つことこそが、彼の復讐の完成なのだ。


 その光景を、数多の兵士たちが固唾を飲んで見守っていた。騒ぎを聞きつけ、張遼をはじめとする将兵たちが広場に駆けつける。だが、彼らは動けなかった。人質に取られた月の姿が、彼らの足を縛りつけていたのだ。弓兵が矢を番えるも、華雄が陶片を強く押し付けるたびに、その矢は空しく下ろされる。


 広場全体が、異様な沈黙に包まれていった。聞こえるのは、風が火の粉を散らす音、華雄の荒い呼吸、そして……私の腕の中で必死に震える月の、細い細い呼吸音だけ。幼い体が小刻みに震え、その震えが私の心臓を締め付ける。声にならぬ嗚咽が、確かに私の胸元で響いていた。


「やめて……どうか……」


 小さな唇が、恐怖に凍り付きながらも、かすかな声を漏らした。その瞬間、華雄の眼がさらに狂気を帯び、破れ鐘のような笑い声が広場に響く。


「ほう……泣くのか……怖いか……? いいぞ、もっと泣け! お前の聖女様が、どれほど無力か、思い知るがいい!」


 陶片の破片が、月の白い首筋をかすめ、一筋の赤が浮かんだ。血の匂いが空気を裂き、私の心臓を鷲掴みにする。息が詰まり、頭の奥で鐘が鳴るように目眩が広がった。


 ――私のせいだ。


 私の傲慢さ、私の「計略への自負」が、この子を傷つけた。どれほどの知略も、どれほどの計画も、いま目の前にある「暴力」という牙の前では、まるで紙のように脆い。私は何を信じ、何を誇ってきたのか。慈悲をもって彼を生かした選択が、こうして牙となって私の喉を食い破ろうとしている。


 絶望の闇が、私を呑み込もうとした。張遼も陳宮も、兵士たちも、皆が立ち尽くし、恐怖に縛られている。広場は人で満ちているはずなのに、救いの手はどこにもない。誰一人、彼を止めることはできない。――そう、ただ一人を除いては。


 私自身だ。


 だが、足がすくんで動かない。脳裏をよぎるのは「もし失敗したら」という悪夢ばかり。刃は月の喉に触れている。わずかな刺激でも、その命は失われる。


(どうすれば……どうすれば、この子を……!)


 華雄の瞳が私を射抜く。その瞳に宿るのは、復讐を遂げるためだけの純然たる殺意。理屈も情けも通じない、剥き出しの牙。私がこれまで築いてきた言葉と計略の全てを嘲笑うかのように、暴力はそこに在った。



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