7-4:静かなる迎撃
7-4:静かなる迎撃
呂布の天幕は、軍営の中心にそびえる一つの要塞のようだった。
広く張られた幕は深紅と黒の布地が重ねられ、夜の闇の中でも異様な威厳を放っている。周囲には大小十余りの篝火が煌々と焚かれ、炎の光が衛兵たちの甲冑を黄金色に染め上げていた。
その炎の揺らめきは、まるで獣の瞳のように、近づく者すべてを警戒しているかのようだ。屈強な衛兵たちは無言のまま槍を構え、外界とこの聖域を隔てる壁となっていた。
だが、その厳重さをものともせず、闇を裂いて近づく一団があった。
華雄――董卓軍の猛将。その背後に、同じく鍛え抜かれた五人の刺客が影のように従う。
彼らは息を殺し、砂粒一つ蹴らぬほどの静けさで、闇から闇へと溶けるように移動する。その足取りは音もなく、月光すら避けるかのように姿を隠していた。
近づくたび、緊張が濃くなっていく。篝火の明かりが遠くで揺れ、地面に落ちる影がゆらゆらと伸びていく。あと数十歩で、天幕の布地を裂き、首を刎ねることができる――そう、華雄は確信していた。
「……よし、ここから一気に突入する。狙うは呂布の首、ただ一つ。他の者には構うな」
低く押し殺した声が仲間たちに伝わる。
華雄の目には、獣じみた光が宿っていた。天下無双と謳われる呂布を討ち取れば、その名は瞬く間に中原に轟く。
董卓の寵愛を受けることはもちろん、敵味方問わず畏れられる将としての地位を得られるだろう――その野望と渇望が、胸の奥で煮えたぎっていた。
だが、その決意が行動へ移ろうとした刹那。
「――ずいぶんと、遅いご到着でしたね。お待ちしておりましたよ、華雄殿」
静かでありながら、どこまでも凛とした声が、闇の中を真っすぐ切り裂いた。
その声は風のように冷たく、しかし耳朶に触れた瞬間、背筋を痺れさせる熱を帯びている。
華雄たちの視線が、一斉に声の方へ向けられる。
篝火の光が届くその場所――天幕の入り口に、純白の衣を纏った女が立っていた。
長い黒髪は夜の闇よりも深く、衣の白と対照的に輝いている。その姿は静謐でありながら、近づけば触れることすらためらわれる鋭さを秘めていた。
「なっ……!?」
一団の間に、抑えきれぬ驚愕の息が走る。
自分たちの動きは完璧だったはず。足跡も気配も残さず、影に潜む幽鬼のように進んできた。なのに――なぜ、この女は、まるで最初から待ち構えていたかのように現れるのか。
「……貂蝉か。なぜ貴様がここに」
華雄の声には、怒気と動揺が入り混じっていた。
私は、ほんのわずか唇を緩め、まるで宴に遅れて現れた客人を歓迎するかのように微笑んだ。
「貴方様方のような、血の気の多いお客様を、将軍お一人でお迎えするのは、あまりに無粋かと思いまして。それに――夜風は女の肌に毒でございますから」
挑発とも余裕ともつかぬ言葉が、闇に柔らかく落ちる。
だがその奥底には、華雄の刃に怯えるどころか、むしろ逆に手玉に取ろうとする意志が潜んでいた。
その瞬間、私の背後に、ぬっと巨大な影が立ち現れる。
鎧も兜も身に着けず、普段着のまま。だが、その肩に軽々と担がれているのは、人間離れした長さと重さを誇る方天画戟。
呂布――その姿は、夜の獣が目覚めた瞬間のようだった。
身体はどこまでも無防備に見えるのに、その瞳は冷たい鋼の刃そのもの。暗闇に潜む獲物を、瞬き一つせず射抜くように光っていた。
「……呂布!」
華雄の足が、一歩、自然と後ろに退く。
全てが読まれていた――その事実が、冷たい汗となって背を伝う。
「わざわざ俺の寝床まで、首を届けに来てくれるとは……ご苦労なことだ」
呂布の声は静かだが、地を這う雷鳴のような低さを帯びていた。その言葉一つで、空気が一層重くなる。
華雄は自らの矜持を守るため、虚勢を張った。
「ふん! 気づかれたところで、どうということはない! 我ら六人、相手はお前一人! 多勢に無勢よ!」
言葉と同時に、彼は大刀を抜き放ち、獣の咆哮をあげて飛びかかる。手下たちも四方から殺到し、刃が夜気を裂いて一斉に呂布へと迫る。
――だが、その全ては、あまりにも遅すぎた。




