6-2:不和の種
6-2:不和の種
李儒の献策は、毒蛇が草むらで身を潜め、獲物の呼吸を待つかのように、静かで冷徹だった。
声色も表情も変えぬまま、しかし一言ごとに董卓の胸に黒い種を植え付けるように、淡々と語る。
「呂布軍の中には、かつて丁原に仕えていた者たちが、まだ数多くおります。彼らは……呂布将軍が丁原様を討った、その事実を、今も心の奥で快く思っておりませぬ」
董卓の目が、冷たい興味の光を帯びる。
李儒は間を置き、懐から細長い竹簡を取り出すと、その一枚を指先で軽く弾いた。
「その中に――李粛という男がおります。野心家で、金に汚い。そして、今の呂布将軍のやり方に、最も強い不満を抱く一人です。もし彼に接触し、金品と高官の地位を約束すれば……必ずや我らの手の者となりましょう」
董卓の口元に、鈍く光る笑みが浮かんだ。
「……ほう、李粛か。名は聞いたことがある。確か、剣よりも銀を好む男だったな」
李儒は深く頷く。
「ええ。そして、彼を使い、こう囁かせるのです――『将軍は女に誑かされ、并州武人の誇りを忘れた』と。兵たちの胸に燻っていた小さな火種は、やがて燃え広がるでしょう。内部から結束は崩れ、呂布軍は自ら瓦解いたします」
その言葉を聞いた董卓の笑いは、低く、そして嫌悪を催すほど醜悪だった。
「ふ、ふふ……面白い。実に、面白いではないか。奉先が、自分の育てた犬に足を噛まれる様を……この目で見られるとはな」
李儒は一礼し、静かに部屋を辞した。背後の蝋燭の炎が、彼の影を長く引き伸ばし、まるで獲物を飲み込もうとする蛇のように、床を這っていった。
その数日後――。
呂布軍の軍営には、目に見えぬ毒がじわじわと回り始めていた。
中心にいたのは、李粛。その顔には、董卓側から約束された金銀財宝の輝きが、既に映っていた。密使との密やかな取引は、夜の帳に紛れ、誰にも悟られず行われた。
彼は、丁原の旧臣という立場を利用し、同じ境遇の古参兵たちを集めては、夜ごと天幕の中で酒宴を催した。
安酒の匂い、燻された肉の脂、そして湿った草の匂いが混ざり合う。粗末な木の卓には杯が何度も打ち付けられ、笑い声が響くが、その奥には、淀んだ感情が蠢いていた。
「なあ……最近の将軍のやり方、どう思う?」
李粛は、杯を揺らしながらわざとらしく溜息をつく。炎に照らされたその顔は、酔いではなく計算の赤みに染まっていた。
「衛生改革だか何だか知らんが……俺たち武人に泥仕事や掃除をさせるなんざ、聞いたことがない。あれは全部、あの都から来た小娘の入れ知恵だ」
彼はわざと声を潜め、兵たちを覗き込むように言った。
「俺たちは、戦場で武功を立てるために将軍についてきたんじゃないのか?」
酒が回った古参兵の一人が、鼻を鳴らして言葉を返す。
「そうだ!俺たちは并州の武人だぞ! 女の尻を追うために故郷を捨てたんじゃねえ!」
別の兵も、豪快に笑いながら杯を煽る。
「将軍も、すっかり腑抜けになっちまった。昔の、鬼神と呼ばれた頃の荒々しさは、どこへ行った?」
下卑た笑いと、荒い呼吸、酒の匂いが天幕に充満する。
李粛は内心で薄く笑った。
――そうだ、それでいい。もっと吐き出せ。もっと誇りを傷つけられたふりをしろ。
彼の言葉は、まるで毒酒のように、兵士たちの心にじわりと染み込み、結束という名の鎖を錆びさせていった。
私は、その不穏な空気にいち早く気づいていた。
軍営を歩けば、以前は胸を張って笑顔で挨拶してきた兵士たちの視線が、どこか冷たくなっている。
挨拶の声はある。だが、その目は笑っていない。中には、あからさまに私を避ける者もいた。背中に刺さる視線は、かつて感じた羨望や敬意ではなく、棘を含んだ疑念と蔑みだった。
「……何かが、おかしい」
私は小蘭にさえ不安を悟られぬよう、表情を整えた。だが、心の奥では警鐘が鳴り続けていた。
原因を探る日々。
そんな中、私が最も信頼する男――陳宮が、私のもとを訪れた。
彼の顔は厳しく、しかし瞳には、真実を告げようとする揺るぎない光が宿っていた。




