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歌姫、鬼神を飼う。ー連環の計の駒?いいえ、鬼神の主は私です。未来知識で天下を操る。ー  作者: チャプタさん


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4-8:知将、帳簿に絶句す

4-8:知将、帳簿に絶句す

張遼は、私の言葉に何も返すことができなかった。

彼の唇がわずかに動きかけたが、音は漏れない。ただ、視線が揺れ、何かを深く噛みしめるように眉間に皺が寄っていく。

やがて、長い沈黙の末に、彼は一歩下がり、胸に手を当てて深く一礼した。

その礼は、形式的なものではなかった。何かを悟り、あるいは決意した者の、静かだが重い礼。


その背中がゆっくりと私の前から遠ざかっていく。

昼間まで纏っていた迷いの影は、もうどこにもなかった。代わりに、燃えるような決意の輪郭が見える。

――この男は、自分の中の「義」の形を見つけようとしている。いや、もしかすると、すでにその輪郭を掴みかけているのかもしれない。


夜が落ち、軍営の灯火が揺らめく頃。

張遼は陳宮の天幕を訪ねた。外は静まり返っているが、その静けさの奥で、虫の声と遠くの焚き火のぱちぱちと弾ける音が、妙に耳に残る。

幕の中に入ると、陳宮は机上の地図から顔を上げ、驚いたように眉を動かした。


「珍しいな、文遠。こんな時刻に」

「少し、話したいことがある」


二人は卓を挟んで座り、酒を酌み交わした。

杯を傾けるうち、張遼が口を開く。


「陳宮殿……俺は、我々が貂蝉様を誤解していたのかもしれん」


その一言に、陳宮の目が細くなる。

張遼は続けた。

昼間に見た光景――子供たちと屈託なく笑い合い、泥にまみれて働く私の姿。そして、焚き火のそばで語った「将が守るべきは未来だ」という言葉。

彼はそれらを、一言も漏らさぬよう、丁寧に、まるで証言のように語った。


陳宮は腕を組み、静かに聞いていたが、やがて低く言った。

「……それは、あの女の巧妙な芝居やもしれんぞ、文遠。あの女は人心掌握に長けている。お前のような実直な男は、ああいう女に騙されやすい。油断はできん」


張遼は小さく笑った。

「芝居……かもしれん。だが、あそこにいた子供たちの笑顔は、あれはどう見ても本物だった。それに、あの目――貂蝉様の目は、剣を構えた武将の目だった。覚悟を宿した光を、俺は見た」


その声は迷いのない響きを帯びていた。

陳宮は杯を置き、しばし張遼を見つめた。

彼は張遼という男をよく知っている。誇張や美辞麗句とは無縁な男だ。人を見る目の確かさは、幾度の戦場で証明されてきた。もし張遼がここまで言うのなら――。


翌日。

陳宮は決意したように、王允の屋敷に使者を送り、「慈愛院」の会計帳簿の提出を求めた。表向きの理由は「運営に協力するため金の流れを把握しておきたい」というもっともらしいものだった。

だが、その内心はひとつ――貂蝉がもし私腹を肥やしているのなら、必ず数字のどこかに綻びが出る。言葉や態度は偽れるが、数字は決して裏切らない。


その報せを聞いた私は、微笑んで頷いた。

もちろん、こうなることはとうに計算の内だった。


数日後、陳宮の元に、木簡数冊にまとめられた帳簿が届いた。

彼はそれを手に取った瞬間、ただの記録ではないことを直感する。

まず目を引いたのは、その緻密さだった。


呂布が集めた金品が、どの富商から、いつ、どれだけ入ったのかが一目で分かる。

さらに、それがどこへ使われたか――資材の購入費、人夫への支払い、子供たちの食費、衣料費、薬代――すべてが克明に記録されていた。

しかも収入と支出は常にぴたりと一致し、差額はゼロ。

いくつかの項目には「貂蝉様私財より補填」と添え書きがある。


その明瞭さは、疑う余地を一切与えなかった。


だが、陳宮をさらに震撼させたのは、記帳方法そのものだった。

収入を右、支出を左に分け、項目ごとに整理し、差し引きの残高を明確に示す――この時代では到底考えられない合理的な体系。

それはまるで、未来の誰かが編み出す会計術を、この時代に合わせて蘇らせたかのようだった。


「……馬鹿な……」


帳簿を手に、陳宮は声を失った。

やがて、低く呟く。


「これは、ただの偽善ではない……完璧な内政だ。美貌で主君を操り、武威で金を集め、民の支持と未来の人材という金では買えぬ宝まで手に入れようとしている。その恐るべき計略と、その底に流れる本物の慈愛……そして、この計理の才……。一体、何者なのだ、あの女は……」


彼の胸に広がったのは、敗北感ではなかった。

それは、冷ややかな恐怖と、認めざるを得ない畏敬。

自らの浅はかさを恥じると同時に、貂蝉という女の底知れない器量に、心の奥底から震えた。


「俺は……あの女を完全に見誤っていた!」

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