4-6:最強の集金人
4-6:最強の集金人
翌日——
洛陽の街は、まるで嵐の前触れのような緊張に包まれていた。
人々は噂を耳にしていた。「あの呂布将軍が、街の豪商を次々に訪ね歩いている」と。
鎧兜に身を固め、太陽の光を反射して鈍く輝く方天画戟を肩に担ぎ、呂布は堂々と都の石畳を踏みしめていく。その歩みは重く、一歩ごとに地面が震えるかのようだった。
背後には張遼をはじめ、精鋭の兵たちが並ぶ。鎖帷子の擦れる音と、馬上の武器が打ち合う硬質な響きが、洛陽の昼の空気を切り裂く。
最初の訪問先は、都でも指折りの豪商の屋敷だった。
朱塗りの大門を前に立ち止まった呂布は、腹の底から響く声で吼えた。
「——相国府の呂布である! 主人に会わせろ!」
その声は門の板を震わせ、門番の顔から血の気を奪った。
門内では、召使いたちが蜘蛛の子を散らすように奥へ逃げ、主のもとに駆け込む。豪商の男は青ざめながらも門前に現れたが、呂布の視線を受けた瞬間、喉がひゅっと鳴って声が出ない。
呂布は一歩前へ進み、まるで儀礼のように、しかし威圧を込めて言葉を放った。
「王司徒様と、我が許嫁・貂蝉様が、戦乱で親を失った孤貧のための慈愛事業を行っておられる。聞けば、貴殿は都でも指折りの財産家だとか。この国の未来を担う子らのため、その有り余る財を少しばかり貸していただきたい……もちろん、これは“お願い”だ。強制ではない」
言葉は丁寧だった。だが、背後の兵たちの冷ややかな眼差しと、方天画戟の刃先が放つ光は、否応なしに「断ればどうなるか」を語っていた。
豪商の喉がごくりと動き、額から汗が一筋流れ落ちる。やがて、彼は深々と頭を下げ、蔵の扉を開け放った。
——その日を境に、洛陽のあちこちで同じ光景が繰り返された。
呂布は豪商や豪族の屋敷を巡り、穏やかな言葉と鬼神のごとき威圧をもって金銀財宝を集めていった。富商たちは震える手で金袋を差し出し、屋敷の奥からは女や子どものすすり泣く声が漏れた。
だが——不思議なことに、それを聞いた庶民は怯えるどころか喝采を送った。
「聞いたか! 呂布将軍が、あの悪どい商人どもから金を取り立ててくれたらしい!」
「しかも、その金は孤児や飢えた者たちに使われるんだと!」
「鬼神が聖女様に従い、悪を挫き、弱きを救う——これ以上に痛快な話があるか!」
街角の茶屋では、子どもたちが目を輝かせて「呂布将軍は聖女様の騎士だ!」と囁き合い、老婆たちは手を合わせて「ありがたや……」と呟いた。
私は屋敷の奥で、その報告を聞いていた。
全ては計算通りだった。民衆の感情は単純でいい。善と悪がはっきりしていれば、それを物語にしてしまえばいいのだ。
「暴虐の鬼神」が「聖女に従う守護者」に姿を変える——この変化こそ、人々の心を掴む。
もちろん、その裏では、私が直接恨みを買わぬよう、全ての「汚れ仕事」を呂布に任せていた。豪商たちの恨みの矛先が私に向くことはない。彼らにとって、私はあくまで慈悲深き聖女——一滴の汚れもない存在であり続ける。
呂布は今、自分が誰かを脅しているとは思っていないだろう。
「民を救う英雄」として行動していると、心の底から信じているはずだ。
その純粋さは、利用価値がある反面、どこか胸を締め付ける。
——最強の剣は、時として最強の集金人にもなる。
私は静かにそう呟き、机の上に広げた帳簿に視線を落とした。
呂布がもたらす金の額は、予想を遥かに上回っていた。
数字を追う私の手は冷静だったが、その裏で胸の奥がほんの少しだけ痛む。
彼は——私のために動いている。そう信じて疑わないのだから。
それでも私は、筆を止めなかった。
この金があれば、さらに大きな計略を動かせる。もっと多くの命を救える。
そして——そのためには、鬼神を英雄に仕立て上げる物語を、最後まで演じ切らねばならないのだ。




