4-4:『慈愛』という名の投資
4-4:『慈愛』という名の投資
少女を屋敷に連れ帰った私は、まず小蘭に命じて、その小さな身体にこびりついた泥と埃、血の跡を丹念に洗い落とさせた。冷えきった肌は湯の温かさに触れてもすぐには解けず、まるで長く凍りついていた心が、警戒と恐怖をまだ手放せずにいるようだった。
小蘭は柔らかな手つきで髪を梳き、ほつれた髪を絹糸のように整えた。薄汚れた古着は破れた布切れのようで、私はそれを脱がせ、新しい衣を纏わせた。淡い桃色の布地に、ほんのり香る白檀の匂い。それは戦火の中で奪われた「日常」の温もりを、かすかに呼び戻すものであった。
温かな食事が運ばれる。湯気を立てる白粥と、ほろりと崩れる鶏肉、甘く煮た瓜。最初、少女はその器を前にしても動こうとせず、まるでそれが罠であるかのようにじっと見つめていた。
だが、私が一匙、二匙と同じものを食べてみせると、彼女は恐る恐る手を伸ばし、一口を口に運んだ。その瞬間、わずかに大きく開かれた瞳に、確かな生の輝きが宿った。
それでも彼女は、まだ自分の名前を言えなかった。口を開こうとすれば、そこに刻まれた記憶の傷が疼き、言葉は引き裂かれた布のように形をなさず消えていく。私は焦らなかった。心が開かれるまで、私は何日でも待つ覚悟だった。
その夜――。
私は燃えるような使命感に突き動かされ、王允の書斎の扉を叩いた。月光が紙障子越しに淡く差し込み、墨の香が漂う室内。机の上には巻物と筆が整然と並び、父の鋭い眼光がその奥から私を迎えた。
「お父様、お願いがございます」
「またか、貂蝉。今度は何だ」
声音にはわずかな苛立ちが滲んでいた。孤児を連れ帰ったこと自体が、彼にとっては不要な出費でしかない。権力者にとって一人の命など、駒の一つに過ぎないのだ。
「今日保護したあの子のような、親を失った孤児たちを救うための施設をお作りいただきたいのです」
言い終えるや否や、王允は鼻で笑った。
「何を馬鹿な。都に孤児など掃いて捨てるほどおる。一人救ったところで何になる。それに、そのような施設を作る金がどこにある」
予想通りだった。情で彼を動かすことはできない。
私は深呼吸し、涙を武器にすることも、悲劇を訴えることもせず、冷徹な戦略家の面を取り出した。
「お父様、これは感傷ではございません。未来への『布石』にございます」
「布石…?」
その言葉に、彼の目がわずかに細められ、興味の光が宿った。
私は言葉を淀みなく紡いだ。
「今、我らには民の信望が集まりつつあります。ですが、炊き出しのような一過性の施しでは、やがて熱も冷めましょう。もっと盤石な支持基盤が必要です。――そこで、この『慈愛院』です」
私は机の上に置かれた碁盤を指でなぞるようにしながら話を続けた。
「戦で親を失った孤児を保護し、衣食住を与える。それだけではなく、文字、算術、人としての道を教え育てる。そうすれば、王司徒様は百年先を見据える人物として、民から絶対の尊敬と忠誠を得られるでしょう。私の『聖女』としての名も、動かぬものとなります。それはやがて董卓さえ無視できぬ力へと成長いたします」
父の視線が、侮りから探る色へと変わった。
「さらに――孤児を放置すれば、彼らは賊となり治安を乱します。保護し教育すれば、将来は役人や職人として都を支える者も現れましょう。これは未来の漢王朝という畑に、忠義の種を蒔く行為。最も確実な投資です」
胸の奥で自己嫌悪が芽吹くのを感じた。私は純粋な慈愛を、父が理解できるよう「利」の言葉に翻訳していた。それでも、この世界で何かを変えるには、この手段しかない。私は心を鬼にして話を続けた。
長い沈黙の後、父は低く言った。
「……面白い。だが、貂蝉。お前は動きすぎだ。儂の意にそぐわぬ方向へは決して進むな」
その声は釘を打つように冷たかった。
「……理屈は分かった。だが金はどうする。我が家の財産も無限ではない。そのような大事業、誰が実行する?」
私は静かに微笑んだ。
「その点につきましては、お考えがございます。……お父様ではなく、呂布将軍のお力をお借りするのです」
その瞬間、室内の空気がわずかに張り詰めた。私は、その緊張を楽しむ余裕すら覚えていた。これは慈愛という名の仮面を被った、私の新たな布石――そして、私がこの国の未来を握るための一手だった。




