4-2:瓦礫の中の泣き声
4-2:瓦礫の中の泣き声
伍孚の屋敷があったとされる場所は、都の中心から少し外れた、かつては高級官僚たちが誇らしげに住まいを構えていた静謐な一角であった。
石畳の通りは、つい数日前までは、絹の衣擦れと駕籠の軋む音、庭先からこぼれる琴の調べに彩られていたはずだ。
しかし今、その面影は一片たりとも残ってはいなかった。
目の前に広がるのは、焼け焦げて無残に折れ曲がった柱の残骸。
土壁は崩れ落ち、灰と化した瓦がそこかしこに山を成している。
あちこちで燻る白い煙が、まるでこの場所で命を落とした魂が天に昇れず、なおも地上を彷徨っているかのように立ちのぼっていた。
鼻腔を突くのは、焦げた木材の刺すような匂いだけではない。
それに混じるのは、嗅覚が本能的に拒絶する甘ったるい腐臭――肉が焼け、そして死が静かに腐りゆく匂いだった。
一陣の風が吹くたび、灰が舞い上がり、その匂いとともに私の肺を侵食してくる。
人の営みがあったはずの場所。
笑い声や、夕餉の香り、母が子を諭す声、夫婦の何気ない会話。
それらが、権力者の気まぐれという暴力により、一夜にして灰燼に帰した――その事実の重さに、私は息を飲んだ。
「……ひどい」
隣で、小蘭が小さく悲鳴を漏らし、私の袖をぎゅっと掴んだ。
その手は冷たく、震えている。
「お嬢様……もう、お戻りになった方が……。ここは、呪われております」
「いいえ」
私は彼女の手をそっと握り返し、踏みしめるように焼け跡へと足を進めた。
足元では、砕けた瓦がじゃり、と不吉な音を立てる。
熱で歪んだ青銅の器が、灰の中から無造作に顔を覗かせていた。
それら一つ一つが、ここで確かに営まれていた生活の証だった。
ふと、半ば焼け残った木簡が目に入った。
拾い上げてみると、それは幼い子供が文字を練習した跡――「父」「母」とたどたどしくも真剣に刻まれている。
持ち主は、もうこの世にいない。
その筆跡から滲む一途な幼心を思うと、胸が軋んだ。
さらに奥へ進むと、崩れた梁の下から、小さな下駄が片方だけ覗いていた。
鼻緒は焼け切れ、黒く炭化している。
傍らには、形を失った木の塊――かつては馬の形をした玩具だったのだろう。
私は想像してしまう。
この馬にまたがり、庭を駆け回る小さな足。
そして、その後を追いかける家族の笑顔――。
すべては灰と化し、二度と戻らない。
ここに、確かに「家族」が存在していたのだ。
笑い、泣き、そして生きていた命があった。
それを一瞬で奪い去ったのは、人ではなく、怪物と呼ぶべき暴力。
怒りが、熱となって胸の奥底からこみ上げてくる。
これは計略の駒ではない。
これは、現代日本で平和に生きてきた私という人間の良心を、根底から揺さぶる惨劇だった。
――その時だ。
微かに、風音とも聞き間違えるようなすすり泣きが耳に届いた。
最初は幻聴かと思った。
しかし、確かに今、瓦礫の向こうから小さな命の声が聞こえる。
「……今の、声は?」
小蘭も気づき、目を見開いた。
私たちは顔を見合わせ、息を潜めて音のする方へ進んだ。
まだ熱を帯びた梁を慎重に跨ぎ、崩れた壁の影へと手を伸ばす。
そこに――いた。
煤に覆われ、着ている服は裂け、ほつれ、ほとんど布切れと化した幼い少女。
年の頃は、五つか、六つ。
膝を抱え込み、声を殺し、身体を震わせている。
彼女は私たちの気配を察すると、びくりと硬直し、恐る恐る顔を上げた。
その瞳は、恐怖と絶望に飲み込まれ、光を完全に失っていた。
家族を奪った者と同じ存在――そう思ったのだろう。
怯えた獣のように、じりじりと後ずさる。
その小さな姿が、私の胸を締め付けた。
守らねば。
もう、二度と誰にも奪わせてはならない――そう強く誓わせるには、あまりに小さく、あまりに儚い命だった。




