3-12:鬼神との邂逅
3-12:鬼神との邂逅
夕暮れの洛陽は、血を流した獣のように息を荒げていた。
都を覆うのは、焦げた土の匂いと、焼け跡から漂う鉄の臭気。
その中を、陳宮は人混みを避けながら歩いていた。
その日も、貂蝉と呂布の動きを遠くから観察していた。
呂布は昼間、都の有力商人を訪ね、笑みを浮かべながらも退路を塞ぎ、「寄進」という名の財を引き出していた。
粗野で乱暴なやり口。しかし、奇妙なことに相手は後日、あからさまに恨み言を漏らすことはない。
「恐怖だけではない……何かがある」
陳宮の中で、呂布はただの武辺者ではなくなりつつあった。
その帰り道、運命は唐突に訪れた。
細い路地を曲がった瞬間、視界の先に人垣ができていた。
人々が慌てて避ける中心に──黒馬にまたがった巨躯の武将がいた。
鎧は血飛沫を浴びたまま、槍先には布切れのように敵兵の旗が垂れている。
周囲の空気が一瞬で張り詰め、喉が渇く。
「……呂奉先」
陳宮の心臓が一拍、強く打った。
武勇の噂は耳にしていたが、実物は別格だった。
視線ひとつで人を斬る──そう錯覚させる覇気。
呂布の眼が、ふいに陳宮を捉える。
その瞬間、獣と獣が互いの存在を認識したような沈黙が落ちた。
「お前……さっきから俺をつけていたな」
低く、しかし雷鳴のように響く声。
陳宮は息を整え、無表情を装った。
「つけるだと? ただの通りすがりだ」
呂布は馬を一歩進め、影が陳宮を覆う。
その圧に、背後の通行人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。
「ならば……この目をまっすぐ見られるか」
挑むような眼光。
陳宮は一瞬だけ逡巡したが、やがて真正面から見返した。
そこには恐怖ではなく、底知れぬ観察の光があった。
呂布はふっと口元を緩めた。
「面白い……大抵の連中は目を逸らすものだがな」
陳宮は肩をすくめた。
「武勇を誇るのは結構だが、それで何を得る? 奪った財か、それとも一時の名声か」
呂布の眉がわずかに動く。
「……お前、名は?」
「陳公台」
その名を聞いても、呂布は特に反応を示さなかった。
だが、次の瞬間、背後から足音が近づき、澄んだ声が響く。
「将軍、お探ししました」
振り返れば、そこに立っていたのは貂蝉だった。
彼女は呂布の側に歩み寄り、軽く会釈をしてから、陳宮に視線を向ける。
その瞳には、何かを見透かすような光が宿っていた。
「……この方は?」と貂蝉。
「ただの通りすがりだ」
呂布は短く答え、黒馬の腹を軽く蹴った。
馬蹄の音が遠ざかる中、陳宮はしばらくその背中を見送っていた。
貂蝉──そして呂布。
あの二人の間に流れる不可思議な信頼は何なのか。
胸の奥に、小さく、しかし確かな炎が灯る。
「……面白い。もう少し観てやろう」
その日、陳宮は初めて呂布の眼を見た。
後に己の運命を賭して仕えることになる男の──人の心と獣の本能が同居する、あの奇妙な瞳を。




