↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌姫、鬼神を飼う。ー連環の計の駒?いいえ、鬼神の主は私です。未来知識で天下を操る。ー  作者: チャプタさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
113/116

12-6:再会と新たな策

12-6:再会と新たな策


私が、天幕の中へと、足を踏み入れた瞬間、それまで嵐のように荒れ狂っていた空気が、まるで氷のようにぴたりと止まった。

そこにいたのは、怒りと焦燥に燃えた一人の男――呂布。方天画戟に伸ばされた彼の右手は、私の姿を認めた瞬間、空中で固まっていた。


「……貂蝉……?」


低く押し殺した声が、震えているように聞こえた。

その目は、驚愕と安堵と、信じられないという思いが入り混じった、複雑な光を帯びていた。


「なぜ……お前がここに……王允の奴に、閉じ込められていたはずでは……」


「抜け出してまいりました」

私は、静かに、そして一歩一歩、彼へ近づきながら答えた。

「貴方が、一人で、苦しんでいるのではないかと……思いまして」


――その一言だった。

長く張り詰めていた弦が、ふっと切れる音が、私にははっきりと聞こえた気がした。

彼の瞳に宿っていた危険な、あの獣の光が、ゆっくりと、朝霧が消えていくように薄れていった。代わりに、胸の奥底からこみ上げる安堵、そして、己の激情を恥じる色が浮かび上がってくる。


カラン――。

重く鋭い金属音が、床に響いた。

呂布の手から、方天画戟が滑り落ちた音だった。


「……すまん」

その声は、戦場で雷鳴のごとく轟く豪勇の将のものではなく、迷い、傷つき、戸惑う一人の男の声だった。

「俺は……また……お前の前で、見苦しい姿を……」


「いいえ」

私は首を横に振り、彼のそばに歩み寄る。彼の背は大きく、そして今は、その広い背中がひどく心細そうに見えた。私はそっと手を置き、優しく撫でる。

「貴方の、お気持ちは、よく分かります。悔しかったでしょう。腹立たしかったでしょう」


その瞬間、呂布の肩がわずかに震えた。張遼も、天幕の隅で、何も言わずただその様子を見守っている。


「ですが――」私はゆっくりと言葉を紡ぐ。「力で対抗しては、相手の思う壺です」

呂布がはっと私を見た。

「王允お父様は、貴方が暴発するのを待っています。そして、『呂布はやはりただの獣であった』と国賊の烙印を押し、大義名分を掲げて我らを討つでしょう」


沈黙。

焚き火の音だけが、パチパチと小さく響く。

その音が、彼の胸の奥に渦巻く怒りの火花のようにも感じられた。


やがて、張遼が口を開いた。

「……確かに、司徒殿(王允)の狙いはそこにありましょう。将軍が一度でも剣を抜けば、全ての罪は我らにかぶさる」


「では、どうすればいいのだ」呂布の声は低く、しかし内にはまだ火がくすぶっている。「このまま黙って、兵を取り上げられろと?」


「もちろん、そんなことはさせません」

私の言葉は、焚き火の炎よりも強く、まっすぐだった。

「私に、お考えがあります」


その瞬間、呂布も張遼も、わずかに身を乗り出した。

私は二人を椅子に座らせ、天幕の中央に立った。

あの鳥籠のような部屋から脱出した昨夜以来、私の頭の中で練り上げ続けていた一手――その構図は、もう寸分の迷いもなく完成している。


「王允お父様を、完全に失脚させるための、最後の策です」

そう口にすると、二人の視線が、鋭く私を射抜く。

彼らの呼吸は浅く、しかしその目には、希望の火が灯っていた。


私は静かに言葉を続けた。

「王允が、最も頼りにし、そして最も軽んじている力――それこそが、彼を破滅させる、最強の武器になります」


焚き火の炎が揺らぎ、三人の影が、天幕の壁に伸びて揺れる。

その揺らぎの中で、私たちの運命が大きく動こうとしていた。

呂布の拳が、無意識に固く握られている。張遼の眉間には深い皺が刻まれている。

私は二人の瞳を順に見つめ、はっきりと告げた。


「この策は、一度きり。失敗すれば、全員が命を落とします。それでも――」


呂布が、私の言葉を遮った。

「やる」

その声音には、もう先ほどまでの衝動的な荒々しさはなく、鋼のような決意があった。

「お前が考えた策なら、俺は命を賭ける」


私は小さく微笑んだ。

そして心の中で、そっとつぶやく。

(これで、ようやく……獣ではなく、真の英雄へ――)


焚き火の炎が、また一度大きく揺らいだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。